SCAJ2025期間中に開催された『コロンビアコーヒーの未来を支える科学とイノベーション』に出席しました。今回のスピーカーは国立コーヒー研究所(CENICAFE)の所長を務めるAlvaro Gaitán博士。Gaitán博士はコーヒーの研究を長年にわたり従事し、コロンビアのコーヒー産業の発展に尽力してきた方です。セミナーの中で博士が語った内容をまとめましたので、会場の雰囲気を味わってみてください。個人的にはコロンビアのコーヒー産業が抱えている課題に対してスマート農法等を使いつつ、積極的に課題と対峙しようとしている姿勢に感銘を受けました。

コロンビアコーヒーの地域的特徴について

まずはコロンビアの地理的特徴について。コロンビアは熱帯収束帯(Intertropical convergence zone (ITCZ))に位置して、暖かい風の流れが南北へ少しずれる中で、若干の気候の移り変わりが発生します。ただし、基本的には安定した気候の地域です。この熱帯収束帯の帯の上下したタイミングでコーヒーの花が開花し、後に果実をつけることとなります。

この気候特性のせいでコロンビアには大きく分けると3つのコーヒー産地が存在します。
カウカ・ウィラ・ナリーニャ等の南部地域(資料では青色)、この辺りは年初に雨季を迎え、年の前半に収穫期を迎えます。
セサール・サンタンデール・シエラネバダ等の北部地域(資料では緑色)、この辺りは年の後半に雨季を迎え、収穫期もそれ以降の時期となります。
そして、この間に位置する中部地域(資料では赤色)では、収穫が年に2回あります。
この気候特性のメリットは年中、国のどこかで新豆と出会えることにあります。一方、デメリットとしては湿度が高く、病害虫への対応が必要となること、そして収穫期が分散するため収穫にかかるコストが高くなりがちということ。

加えて、コロンビアコーヒーのもう一つの特徴として比較的高地で栽培が行われていることが挙げられます。1500m~2000mに61.3%の生産が集中し、次いで1000m~1500mに34%を占めています(合計で約95%)。これはコロンビアが赤道近くに位置して生産適地が1600m近くという背景とも関係します。一方で高地に栽培地が集中する結果、気候変動の影響が土砂崩れ等を通じて受けやすい環境ともいえます。
なお、コロンビア全体としては835千haの耕作地を持ち、ha当たりの20.21 60kg/bagsの生産量を有しています。かつては1000千haを誇っていたので、当時と比べると減少しています。

グラフは1956年以降のコロンビアの生産量についてまとめたもの。1960~70年代にかけてはティピカやブルボン等の伝統的な栽培品種が中心でした。当時の生産量は7百万 60kg-bags程度。やがて1980年ごろにカツーラが導入されると生産量が飛躍的に伸びました。2008~2010年ごろに大きな減少が記録されているのはラニーニャのせい。この時の農園は古木が多かったり、肥料が十分ではなかった結果、大きなダメージを受けました。直近もラニーニャが発生しましたが、その後、政府の支援のもとコーヒーノキの入れ替えや十分な肥料を与えた結果、今回は8%の生産量減少で済んでいます。結果として直近の年間平均収穫量は13.5百万 60kg-bagsとなっています。
コロンビアの品種別割合はカスティージョが最も多く61%を占め、次いで1982年に導入されたコロンビア種が23%、10年前に導入されたCenicafe1が4%、カツーラが7%、ティピカが1%、ゲシャやSL等を含むその他品種が4%程度。
コロンビアコーヒーが直面する課題






世界全体のコーヒー需要は伸びています。そして、今後20百万60kg bagsの不足が生じると予想されてます。コロンビアはブラジル、ベトナムに次ぐ生産国として1ha当たりの生産量を増やす必要があると考えています。コロンビアは先物市場で取引されているマイルドウォッシュの代表的な生産国であり、品質は世界が認めるところです。しかし、他の生産国の品質も向上しているため、量のみでなく質的な担保も並行して行う必要もあります。
一方、消費者は環境に配慮した生産を志向する傾向にあり、それに沿った生産を実現する必要があるとも考えています。ただ、土壌を「健康的に保つ」だけでなく、修復・改善しながら自然環境の回復を目指す農業手法であるリジェネラティブ農業(環境再生型農業)等を取り組んだ結果、コーヒー生産者に負荷がかかり、資金回収できずにビジネスから退出してしまうのは本末転倒です。そもそも若者たちは都心へ出てしまう傾向にあり、後継者不足という状況です。
そういう観点からもより生産効率を高める必要があります。
環境に関するルール作りも求められます。一国で行うのではなく、国際的な合意が長期的なコーヒー産業には必要です。そして、それを達成するための新しい農法や技術支援を行うのがCENICAFEの使命とも考えています。
農園が収益をあげるシステムの構築サポート
コーヒービジネスは農園が稼げる状態にないといけません。これらの大きな変数とどして生産量、コスト(経費)、価値というものが考えられます。生産量を最大化することによって収入は向上します。また、経費を見直し、効率的な経営を実践することでもやはり収入は向上します。
一方でコーヒーの本来の価値をアグロノミー(Agronomy)を通じてより訴求できるとも考えています。具体的には品種改良、栽培計画、栽培密度、樹齢、更新計画、採光量、土壌分析・管理、肥料投与等の8つを通じて行えます。
具体的には、適切な品種改良を行えば今後20年間にわたって収穫量が良好になるはずです。コーヒーノキは平均で5~6年目が最大の生産量になるため、それにあわせた適切な生産計画を作る必要があり、また、樹齢を踏まえた生産量の最大化のために環境も整える必要があります。そのため、シェードツリーの形成や土壌管理、その結果として必要となる肥料も変わってきます。
これらが適切に行われていたならば、さび病やCoffee Baller Disease (CBD)への耐性もでき、またそれらを早期に発見することができます。
収穫量向上や付加価値に関する取組
認証苗(Castillo 2.0)を使用した農地では効果がでてきていて、200百万の新木を植え、80トンの収穫があり、結果として9百万米ドルの費用削減へつながっています。
品質向上にあたってはいくつかのものを農家には取り入れてもらっています。ただ、収穫量が増えると結果として未熟豆の混入が増える傾向にあり、これを防ぐためにMediVerde(使用例紹介@Youtube)という測定道具を使い、品質が低下しないように管理しています(スライド2枚目上の写真)。
精製(発酵)工程おいて、適切な発酵が行われるようFarmaestro(使用例紹介@Youtube)という発酵槽での発酵の進行具合がわかる器具を使用するよう指導しています(スライド2枚目中間の写真)。
さらにドライプロセスにおいてはGravimetという計測器を使い生豆の水分値がきちんと10~12%に収まるように継続的に計測をするようにしています(スライド2枚目下の写真)。
もちろん、コーヒー産地や品種の多様性や精製工程の改善の取り組みについても安全性や収穫量を担保しつつ積極的にサポートし、新しい市場も切り開こうとしています。
攻めばかりでなく守りにも対応
前述した通り、消費者からの声に応えるという点だけでなく、サステイナビリティの観点からも環境保全等にも力を入れています。さび病等への耐性を持った品種を普及させることによって、殺虫剤散布時に使う百万リットルの水やペットボトルを節約し、220百万米ドルの節約を実現し、それだけでなく、殺虫剤散布しないことで植物や昆虫の多様性に寄与し、560種の虫や260種の植物の保護となっています。また、従来のウォッシング工程では多くの水(40l)を使わなければなりませんでしたが、Ecomill等(参考動画)を活用することで、これを0.5lまで削減することができました。加えて、パルピングの工程に単なる比重選別だけでなく、果肉の硬さを基準とした選抜機器を導入し、未熟豆を90%除去しています。
他にもドローンを活用した殺虫剤や病害虫の早期発見等に取り組んでいます。
近年では農家にアプリを配布し、開花時期にいくつかの情報等をいれると適切な肥料や生育計画、また予想収穫量等が算出できるようにしています。このことによって適切な投資やファンディングができる環境整備を進めています。

そして今までは廃棄もしくはたい肥等の低付加価値産品として活用していたものを、違う名目で再利用できるようにしています。例えば、していたもの、例えば、アルコール、ペクチン、等に分別したり、キノコの苗木となるよう再利用することによって農園の収入源の多様化をサポートしています。

これらのノウハウや正しい科学的な知見に基づいた情報をAIエージェントを活用しながら農園に提供しています。現在は英・西・葡語に対応しているので興味ある方はDLしてほしいと思います。
私たちは様々な取り組みで課題を解決しようとしています。そして、最後に伝えたいのは皆さんが思う以上にコロンビアコーヒーの未来は明るいということです。
所感とGaitan博士との雑談
コロンビアの現状と未来に向けた取り組みがよくわかるプレゼンでした。個人的には味のベースとなることが多いコロンビアコーヒーがこのように多くの先進的な取り組みを実践していることに未来への希望を持ちましたし、心強くも感じました。
さて、プレゼンテーション後にGaitan博士と少し立ち話をすることができました。個人的にいくつか気になっていたトピックがあったのですが、時間が限られていたので聞いたのはコロンビアで多く行われているカルチャリングやインフュージョン等の新しい精製方法に対すること。現地レベルで規制等の動きがあるか、CENICAFEとしてどう考えているか、等少し聞いたところ、下のような回答でした。
『現地レベルでの規制は今のところない。また、政府や機関として規制する動きもない。多くの農園や企業が様々な取り組みを行っていてそれらを把握するのも難しいのが正直なところ。また、精製は農園の肝でもあって正確な情報公開に協力してくれないところもある。
個人的には主に3つの観点で非常に危惧している部分もある。1つ目は健康面への影響。現状は特段問題になっていないが、健康被害があってはよくないため、精製に関する科学的な情報は農園に提供するようにしている。2つ目に生産ロットを失う可能性。先進的な精製を行った結果、コーヒー豆から意図しない香りがして(もしくは全くしなくて)商品にならないリスクがあるということを農園には提言している。3つ目に再現性の問題。2つ目の問題にも通じるが、発酵を精緻に管理しても異なるタイミングで行ったものは異なるフレーバーとなりやすい。それでは大量のロットへ対応できない。市場からのニーズは認識しているものの、現状としてはこのようなリスクがあるということを農園に共有しているという状況。今後、どのような方向に向かうのかについてはCENICAFEとしても注目している。』
個人的な立場にせよ、比較的ニュートラルな立場だったのには驚きました。ただ消費者の立場としてはこういう風に現地でプラクティスを共有しながら取り組んでもらえると安心できるとも思います。現地の取り組みがどのような成果に結びつくのか、引き続き情報発信していきたいと思います。