あらすじ
文筆業の師でもあり、良き友でもあった作家が突然の自殺でこの世を去った。世界的なベストセラー作家だった彼の死は周囲の人に多くの悲しみを与えた。ただ、彼と付き合いのあった人の中で私ほど彼の死について考える人はいないんではないだろうか。それは彼が付き合った多くの学生や元妻、そして現妻も。彼の妻たちの中で彼の本質を理解できた人はいるのだろうか。そう思えて仕方がない。
そんな折、彼の妻に会うと彼が残した犬、アポロを預けたいといってきた。彼女は犬がそこまで好きではなく、私が犬好きだからという理由で。でも私がいるのはニューヨークのど真ん中。彼が残したアポロを飼うのは賢明ではないし、非現実的だ。まして、それがグレート・デンで老犬なら、なおさらだ。
でも、私が引き取らないと一体その犬はどうなるんだろう。彼はどんな思いでアポロを残してこの世を去ったんだろう。いろんなことが走馬灯のように思い出される。ならば、この行き場のないアポロを引き取るのは運命なのかもしれない。
さて、私が住むアパートメントの約款は超大型犬について何か書いてあっただろうか。そこから確認しないと。
NYにいきる物書きのとりとめもない回想録と、その友人が残していった老犬とのお話が始まる。
The Friend: A Novel (English Edition)Nunez, SigridRiverhead Books2018-02-06 (アマゾンでは試し読みができます。購入するかは別として、冒頭の数ページだけでも雰囲気がわかると思うので覗いてみてください。念のため、邦訳バージョンも)
友だち (新潮クレスト・ブックス)ヌーネス,シーグリッド新潮社2020-01-30
感想(ネタバレ注意)
個人的に楽しめた点をつらつらと。
今を生きる作家と共に日常を過ごす日々
本書は主人公が、友人作家と最後に交わしたやりとり、そして、その友人作家とのかつての出会いのシーンに関する回想から始まります。
そのシーンに使われている単語の一つ一つは日常的に使われる単語でどれも難しいものではありませんでした。それなのに、とてもきれいなんです。一つ一つの単語を追えば、主人公の行動が目に浮かぶよう、そしてそんな鮮烈な文章の中、描かれる作家との出会いはとても印象的でした。それはとても美化されているのかもしれません。それでもその作家との関係がとてつもなく貴重なものとなったからきれいに描かれていたんでしょう。
そんな導入から始まる本作では、主人公である”私”と旧友との関係にまつわる事柄や回想をはさみつつ、現代を生きなければならない作家である”私”を描いた物語です。
ストーリーはあっちにいき、こっちにいきます。彼の回想から話がそれ、哲学の話が始まったと思ったら、いつの間にか教室の中で生徒と話し合っている状況になったりします。それはまるで忙しい、もしくは整理されていない人の頭の中に入り込んで、少し俯瞰しつつ、その人と共に日常を過ごすような感じです(通常は主人公になりきって物語を楽しみますが、この本ではその行為も許されていない気がします。)。
もちろん、このような小説はほかにもありますが、この小説はこの雑多な感覚が妙にリアリティを伴うんです。授業の引継ぎをしたり、レポートの採点をする一方で何てことはない日々こなさないといけない、家に帰れば家事だってある。外に行く際は近所の人とも会話するし、周りにいる人たちの(決して悪口ではないけど)品評だって自然としている。でも、ふとしたきっけで彼との想い出がフラッシュバックする感じです。
小説なのにエッセイのようで、全くストーリーが整理されていません。ただ、これが主人公の頭の中なんです。そして、これは大事だった旧友をなくしてしまったことが原因だということがなんとなくわかってくるんです。
いつも語りかけてしまうあなた(you)の存在の大きさ
主人公である私にとって大きな存在であった旧友。
そんな彼が亡くなって最初のうち、わたしはは心の中にいるあなた(you)に常に語りかけるようになってしまうんです。youとのかつての交流、youがくれたアドバイスの一つ一つ、youが語った文学論、それに対して自分がどう切り替えしたか等々(なんかジャニーさんが話しているみたいですね)。とりとめもない話ばかり、でも際限なくわいてくるんです。だって、私の人生は彼との素敵な思い出でいっぱいだから。
それでも彼はもうこの世にはいない人間で、私はこれからも生きていかなければいけない。なぜなら私は作家であり、先生であり、そして新たに一緒に暮らすことになった老犬アポロのパートナーだから。彼の思い出とすごす日は時間がたつにつれ、本当に少しずつその割合を減らしていきます。
そして、反比例するように新たなパートナーアポロとのことに時間をさかれていきます。最初は彼のアポロとして。そして、手のかかるアポロとして。そして思慮深い老犬アポロとして。
老犬アポロは手のかかる子でした。そう、長い間友であった作家と過ごしてきたのですから。それを途中で離され、違う生活を始めさせられたんだから。夜鳴きもすれば、新たに住む部屋は狭く、使い勝手だって悪い。それはしょうがないことなんです。でも、主人公である私はそんな彼の居場所を作ろうと努力をします。
その手間によってアポロのことをほんの少しだけ理解するようになります。すると、アポロも次第と寄り添うように落ち着いてくる。そして、それとともに、物語の描写は明るく、緩やかなものになっていきます。
今まで寂しげだった文体は少し茶目っ気のある、優しいものへとかわっていきます。そして、いつの間にかyouがさすのが、作家からアポロへと変わっているんです。その瞬間、あぁ、と少し感動すらしちゃいました。
そのとき、彼女は過去に生きるんじゃなくて、今を生きるんだって思えたんです。
物書きとしての日常と名言の数々
主人公はライター講座の先生でもあります。そこでは先生に対して生徒からなかなか辛らつな質疑がふってきます。
それはベストセラー作家ではない身だからしょうがないのかもしれません。もしくは電子化が進み、誰もがものを書いて発表する世の中になってしまったからかも。もしくは単行本が短い期間で文庫化され、それすらも廃刊になってしまう時代だからこそかもしれません。
みんなが答えを求めますが、その答えを知っている人はいません。それでも主人公は彼とのやり取りだったり、今まで自分が歩んできた道を裏切らないように作家であり続けようとする自分。そのやりとり一つ一つも見所だと思います。
また、この本では多くの作家たちの言葉を引用するシーンがあります。引用されるのはバージニア・ウルフだったり、フラナリー・オコナーだったり。そうかと思うとボードレールの芸術論やウィティゲンシュタインの発言 と。
分野は多岐にわたるので読者の中にはそれらの引用の言葉をすでに知っている言葉も出てくるかもしれません。知っていれば用語の意図をすぐ理解できて、にやりとしてしまう場面もあるかもしれません。一方で知らなくても、ウェブで調べればその断片はわかるので何ら問題ないと思います。それすら新たな発見を伴うもので楽しいはずです。これまたこの本の魅力だと思います。
全体を通して
最初はやや読みにくいかなと思いながら読み進めました。ただ、個々のエピソードは面白く、読みやすいものが多かった気がします。また、現代や過去に対する風刺や皮肉も面白く、結構肩肘張らずに読めると思います。
そして、何より11章以降の語り口の転換に前向きな気持ちになれると思います。最後にはこの一人と一匹はどんなふうに物語の先を過ごしていくんだろうとさえ思えるほど。それほどによい余韻を残して終わる作品でした。
時間が少しまとまってあるときに読んでみてはいかがでしょうか。
本について
本の概要
- タイトル(原題): THE FRIEND
- 著者:シークリッド・ヌーネス(Sigrid NUNEZ)
- 発行:Riverhead Books
- 印刷・製本:-
- カバーデザイン:Alison Klapthor
- 第1刷 :2018年2月6日
- ISBN0735219451 (ISBN13: 9780735219458)
- 備考(受賞): National Book Award for Fiction (2018) 、A New York Public Library Best Book of 2018 他 多数の賞を獲得した作品
関係サイト
著者オフィシャルHP: https://sigridnunez.com/
HPにはこの本に関するインタビューやスピーチ映像等もあります。そこでは彼女がどのように作家になったかや、どのような幼少期を過ごしたかについても語っています。もちろん、本作を捜索するにあたって大事にしたことやインスピレーションの源等についても語っています。
現在、日本語に翻訳されたものが新潮社から出されています。こちらの装幀デザインもいいですね。
友だち (新潮クレスト・ブックス)ヌーネス,シーグリッド新潮社2020-01-30
次の一冊
中学、、もしくは高校のころに名言集を少しだけ読んだ記憶があります。さらっといえると何か格好いいですよね(苦笑)。結局、まったく身につかず、そんなこことは言えない大人になっているわけです。ただ、今回紹介した本を読むと教養として知っておいてよいフレーズはたくさんあるんじゃないかと思いました。
政治家、実業家、スポーツ選手、多くの人たちが名言を残しているわけですが、そこまで広げてしまうとやや薄い本になってしまいがちなので、今回紹介するのは世界の文学に関連するものです。『世界文学の名言』は、基本的に本からの引用が中心となっています。そのため、その次のステップとして原文にあたることもでき、楽しめるものといえると思います。
世界文学の名言 Quotes from Literature【日英対訳】クリストファー・ベルトンIBCパブリッシング2014-05-21
雑な閑話休題(雑感)
月に一冊程度は洋書の読書記録もつけていきたいと思っているのですが、なかなかうまくいっていません。あっ、読んでいないわけではなく、記録のほうをさぼったりしています。まぁ、それは洋書に限らずなのですが。。
さらに洋書に関して日本にいると何を読むのかが難しいですよね入手するかが難しいですよね。基本的には英語の出版物に絞っているのですが、それでも数多の作品があって出版社やアマゾン、それにgoodreadsなどのサイトを覗いたりするのですが、あれもいいな、これもいいなと思っているばかりでなかなか手が伸びません。かといって洋書が多くそろっている実店舗もなかなか少ないですし、そろえている本も話題本が中心になってしまっていますもんね。
まぁ、そんな愚痴ばかりをこぼしていてもしょうがないので、これからもこつこつと読み散らかしていきたいと思います。何か面白そうな本があったらぜひ教えてください。格式あふれる感想とはいきませんが、私なりの感想をかいてみたいと思います。
ということで今日も最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。また、どこかの記事で再開できることを楽しみにしています。