内容
1976年から2016年まで週間少年ジャンプで連載が続いた『こちら葛飾区亀有公園前派出所(こち亀)』。今もたまに色んな媒体に顔を出してはその時々でファンの注目を集めています。
そんなまんがの一つの楽しみとなっていたのが扉絵ページに描かれる主人公両津勘吉こと両さんと下町の風景でした。隅田川にかかる白鬚橋だったり、浅草の仲見世裏通りだったり、東京スカイツリーだったりと。両さんが生きた時代の風景が時代を問わずに描かれるのです。
両さんの年齢と共に変わる下町の風景に、時にノスタルジーを、時に時代の移り変、そして時には少し先の未来さえも感じられました。
本書では『こち亀』の著者秋本治先生が扉絵として描いた風景に関連したエピソードや創作秘話を交えながら、東京の下町の魅力を伝えてくれます。
『こち亀』ファンにも下町での街歩きが大好きな人にもお勧めの一冊となっています。
両さんと歩く下町 ―「こち亀」の扉絵で綴る東京情景 (集英社新書)秋本 治集英社2004-11-17
感想
下町との出会い
私にとっての東京の下町との初めての出会いは『こち亀』を通じてでした。東京の西側に生まれた私にとって東側にある下町は未知の土地だったんです。それが年齢を重ねるにつれ、西側方面を訪れることが多くなりました。その時、不思議にもふと見たなと思う風景と出会うことがしばしばありました。それはたいてい『こち亀』によるものだったんです。
両さんが暴れまくって壊した建築物、両さんが遊びに行く際の集合場所、実際にその場所を訪れると両さんのマンガ絵と共に記憶の奥底へと眠っていた関連エピソードが蘇ってきたんです(大学生のころは結構な単行本が実家にあったので帰ったらそれらを読み返すのも楽しいものでした)。
その後、行動範囲が広がるごとにその風景を意識することも多くなった気がします。もちろん、それは街歩きが好きだったからかもしれません。でも、その根底にはもしかしたら、両さんの痕跡をたどる、いわゆる聖地巡礼的な側面があったのかもしれません。特に東京の東側の街を巡るときはその側面が強いかも、なんて改めて思っています。
一冊で3つ楽しめる
この本は街歩き本であり、『こち亀』の創作秘話が書かれた本でもあり、そして秋本先生自身に関する本でもあるんです。
秋本先生はもともと亀有の出身。そして、幼少期みた光景が『こち亀』の後期によくみられた両さんの幼少期のエピソードにちりばめられています。ただ、両さんの出身は浅草。では、両さんは秋本先生と同じ亀有出身でなく、浅草生まれになったのか。これについても秋元先生は本書の中で語っています。
いわく、幼少期から浅草に良く遊びに行ったりして多くの思い入れがあること、そして週刊連載に際して、知名度や後に連なるエピソードを考えたとき、亀有より浅草のほうがいいと考えた、と(P72)。実際、亀有のエピソードよりは浅草、神田、上野といった周辺のものが、両さんの子供のころから現在に至るまで多く見られます。
この他にも多くの創作秘話が、たとえば両さんの同僚である中川巡査の利根川水系の支流である中川が由来だったとか、両さんが入り浸ることになるお寿司屋さん(超神田寿司)がなぜ神田に登場することになったのか?等、かつて『こち亀』を読んでいた読者にはうれしい創作こぼれ話がいっぱいなんです。
そして、楽しめる街歩きの視点。タイトルに下町とあるだけに非常に限られた地域を対象としています。亀有、千住、浅草、そして、その間を流れる隅田川周辺。少し上って上野、神田。どの地域も両さんファンなら、すぐにいくつものエピソードが浮かんでくる地域ばかりです。もちろん、知らない人も扉絵と一緒に読み進めることで想像が進む仕組みになっています。そして、その想像力を刺激するように、それら地域の歴史的な変遷を亀有出身の秋本先生が解説をしてくれるんです。その解説は歴史学者や地理学者、ましては文学関連の人たちのどのものとも違った『こち亀』スタイルなのです。
さらに秋本先生がこれら東京の下町エリアでどのように過ごし、どう育ってきたかについても知ることができます。そして、変わり行く町並みに対する想いについても触れています。それは下町に昔から住む住民の明るさと柔軟さを信じ、訪れる未来に対して楽観的な意見を語ったものです。詳細は本書をぜひ手にとって確認してみてください。
寅さんと両さんを創った二人の対談
巻末には寅さんを生んだ山田洋次監督との対談があります。二人が生んだ両さんと寅さん、二人とも葛飾区を舞台にどたばたを繰り広げられ、その破天荒な生き方は広く浸透し受け入れられると、いつの間にか国民的なスターとなりました。
秋本先生は亀有出身ですが、山田監督は満州出身です。でも、似たように愛されるキャラクターを生み出しました。何かしらの共通点を求め、幼少期の思い出、創作風景、葛飾区に対する思いなどについて話しています(詳細は本書でお楽しください)。
そして、二人のキャラクターについて込められた、いろんな生き方があったっていいじゃない、そして人生って捨てたもんじゃないよっていうことについて、明かしてくれているです。
確かにこの二人の生き方をみていると自分の生き方がちっぽけな気もしてきます。そして空を見上げてもう少し頑張ろうかなとも思える気がします。
全体を通して
街歩きが好きな人、そしてマンガが好きな人にとっては間違いなくお勧めの一冊です。ただ、街歩きがすきな入り口は様々なので全員にはとは言いません。また、マンガ好きな方も理由は様々だし、両さんが好きでないと何ともいえないんですよね(もちろん、各々に地図や扉絵というきっかけはふんだんに盛り込まれているんですが、まぁ、絵タッチの好みもありますからね・・・。)。
でも、散歩好きとマンガ好きの両者が、クロスするかもしれない、新しい可能性を秘めている一冊だと思います。
多くの人に愛された両さん。そしてそんなキャラクターを生み出した秋本先生の人柄や博学さ、さらには集英社の扱う題材の幅広さ、色んなことが重なってできた一冊のような気もします。
こういう本が増えていくといいなと、改めて思ったりしながら、気持ちが高ぶった状態でキーボードを打つのをやめたいと思います(実際、下の情報や雑感は先に書いていたりするので、本当にそうなんです(笑))。
では、今日もお付き合いありがとうございました。あっ、今回はぜひ一番下にある雑感も読んでいってください。わたしのこの本に対する思い入れを少しばかり追加しています!
本の概要
- タイトル:両さんと歩く下町 ―「こち亀」の扉絵で綴る東京情景
- 著者:秋本 治(あきもと おさむ)
- 発行:集英社
- 印刷:大日本印刷/凸版印刷
- 製本 :加藤製本
- 初版第1刷 :2004年11月22日(本書:3刷2006年5月29日)
- ISBN4-08-720265-8 C0279
- 備考:
関係サイト
- 集英社新書HP:https://shinsho.shueisha.co.jp/
- 集英社新書twitter:@Shueishashinsho
秋本先生名でのSNS等の運営はなされていません。集英社新書のHPでは直近にリリースされた本が確認できます。twitterでは各本に関するrtもしていますので、読者のtwを通して興味がわく本ともであえるかもしれませんよ。
次の一冊
二つの切り口で。まずは『こち亀』作者の秋本先生関連。秋本先生は『こち亀』連載時に一度も休載なく連載し続けたのは有名かもしれません。そしてその秘訣について語った本があります。
秋本治の仕事術 『こち亀』作者が40年間休まず週刊連載を続けられた理由秋本 治集英社2019-08-05
割と最近の本なのですが、どの仕事にも通じる内容となっていると思いますので何かに長続きしない人や、仕事のスケジュール管理に悩んでいる方は一度お読みになってはいかがでしょうか。
写真で愉しむ 東京「水流」地形散歩 (集英社新書)小林 紀晴集英社2018-11-16
そしてもう一冊。やはり街歩きについて。色んな街歩きがあると思います。最近の流行は神社めぐりや暗渠を追うものでしょうか。どちらも味があっていいと思いますし、どれも先人の皆さんがSNS等で情報発信しているので楽しいですよね。今日ご紹介する本もわかりやすい街歩きの一つだと思います。まぁ、そういってもたどるのは水流です。都内には多くの水流があります。その歴史だったり、地形的特色について写真も交えながら楽しめるのが『写真で楽しむ東京「水流」地形散歩』です。紹介される川は、23区を流れる川なので明日からでもこの本を片手に散歩を楽しめます。散歩のお供にお勧めの一冊です。
当サイト【Book and Cafe】では次の一冊に関する短い紹介文を募集しています。お返しは今のところ何もできませんが、ここにSNSアカウント等を記載した半署名記事をイメージしています。要は人の手によるアマゾンリコメンド機能みたいなものです。気になったかたはSNSや下のコメントもしくはお問い合わせ にご連絡頂けますと幸いです。
雑な閑話休題(雑感)
週間少年ジャンプで『こち亀』が終了した前後で亀有駅を訪れていたことを思い出しました。たしか、この本もその際に亀有駅近くにあるTSUTAYAで購入したものだと思います。その当時すぐにこの本を読み、その後、両さんの面影が残るような場所に立ち寄ったとき、この本を取り上げ、該当の扉絵がないかな?なんて思ったりします(単行本は実家においてあるので、確認するにはなかなかの手間だし、あまりに母数が多いので難しいんですよね。扉絵を集めた画集があったら買うんですけどね・・・。)。
この時の様子を以前のブログにまとめようと思ったのですが、前後でどたばたしてしまい、この期間に一度しか訪問できなかったので自身がまとめるのもおこがましく重い、断念しちゃいました。
その後も何度かr亀有には訪れていますが、最近はご無沙汰です。昨今の状況が落ち着いたら、この本を片手に、そしてもう片方に吉田パンを持ちながら散策したいと思います。