【本紹介・感想】新しい生き方がある『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』

田舎のパン屋が見つけた腐る経済
修業時代に学んだパン製造のあれこれ

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渡邊さんはパン製造に携わる中で当時の指導係に様々な疑問をぶつけていきます。天然酵母とイーストの違い。どうしてパン製造にイーストが有利なのか。そしてイーストが一部の人々から敬遠される理由とは。

他にも添加物を加えているのに特段書かなくてよい理由とか、消費者が思う天然酵母と今使われている天然酵母にずれがあるのではないかとか、パン作りを継続して表れるアレルギー症状とか、パン作りを知れば知るほど、関わっていけば関わるほどに渡邊さんはこのままでいいのかと思い始めます。

この辺はトレビア的に見ればいいのかなと。にわか知識で誰かに語ろうものなら、焼けどする箇所だと思います。もし、パンに使われる酵母であれ、添加物であれ、知りたいのであればもう少し詳しい本を読んだほうがいいのかなと思います。

そのうえで、物語の本筋に欠かせないことは、イーストがパン作りの現場に革命的な「技術革新」をもたらしたということ。それまでは主にパン職人がパンの発酵具合を時間をかけて確認しながら作っていました。それがイーストの登場によって、温度・湿度・時間等をコントローすれば一定の品質のパンが短い時間で作れるようになったのです。もちろん、それを実行するために技術は必要ですが、以前の比ではありません。また、製造場所の管理やマニュアル化によってさまざまなことが平準化可能で、もはや人間は作業の主体ではなく付属物となりかねないと指摘しています。

もちろん、「技術革新」は製造時間の短縮化をもたらすので、資本家が同じ利益を確保するための作業時間は減ります。そのため、労働者が今までと同じ時間だけ働けば、多くの物が作られるようになり、パン一個あたりの単価は下がります。つまり、「食」の価格は下がり、消費者としては助かるはずです。しかしながら、平準化された作業はやがて誰にでも代替できるようになり、資本家はより安価な労働力を確保するようになり、長期的には「職」に支払われる「価格」も低下します。結果、労働者の暮らしは豊かにはならないのです。ここに資本家による安い原材料の調達が始まると、地域の衰退が進み、さらなる下方圧力が加わります。

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そんな歪な経済システムの原因が渡邊さんは”腐らない”ことにあるといいます。以前、パン作りは腐敗と隣り合わせでした。それがイーストの登場によって”腐る”心配をする必要がなくなったのです。そして、それは貨幣経済も同様だというのです。”貨幣”は腐ることなく、どんどん増殖します。

ここで渡邊さんはミヒャエル・エンデの世界の見方についても紹介します。それは金本位制から管理通貨制度によってタガが外れ、危機的な状況にあるという指摘。だからこそ再び「腐敗」というキーワードを導入してみてはどうだろうと渡邊さんはいうのです。

自然界に菌が存在するから物はやがて土に還る。そんな循環システムがあります。一方で経済はどうでしょう?そういうシステムはあるのでしょうか。経済も増殖するばかりではなく、時がたてば貨幣があたかも”腐る”システムが必要ではないかと。バブルのようにどうしようもなくなって一気に破裂するのではなく、要所要所で自然界のように循環するシステムが必要ではないかというものです。

そして、渡邊さんにとってそんな新しい循環型社会を表現する場所が自身のパン屋「タルマーリー」となったのです。ちなみにお店の名前は渡邊ご夫婦のお名前からだそうです(最初は東洋のどこかの言葉だったんだろうなと思っていた自分が恥ずかしい限り)。

では、渡邊さんはどんなことをタルマーリーで行っているのでしょう

できる範囲で挑戦していくタルマーリー

渡邊さんが資本家-労働者の枠組みから少しでも抜け出そうと心がけたことが4つあります。

  • 「発酵」
  • 「循環」
  • 「利潤を生まない」
  • 「パンと人を育てる」

一つ目の「発酵」についてはもうすでに渡邊さんのこだわりを語ってきた通り。渡邊さんはイーストに頼らないパン作りをしています。天然酵母を探す際にははじから口にしたことも。

イーストを使うとすぐ代替可能となってしまいますが、真の天然酵母でパンを作ることは職人技が必要となります。その技は代替可能ではないのです。だからこそ、タルマーリーはイーストを捨てるのです。

渡邊さんが千葉でお店をしているときに自然食品を専門に扱うナチュラルハーモニーの人々と出会い、その取り組みは加速していきます。麹菌からパンを作る、そんな取り組みを本格化させ、長い年月を経て、そして多くの失敗を繰り返しながら、パン用の麹酵母を手に入れます。それはイーストとも、他の天然酵母とも異なる、複雑な味を残しつつも、ふっくらととても食べやすいパンをもたらしました。それを手にしたことによってタルマーリーのパンはオンリーワンになり、独特の地位を築いたのです。

その際に使われる「借菌」をしない、「菌本位制」という考え方、言葉遊びではありますが、読み返して改めてうまくフィットした考え方だなと改めて思いました。

タルマーリーのHPより。きちんとした使用基準のもと情報公開を徹底しています

二つ目は「循環」。この本では特に地域の「循環」に対する取り組みを紹介しています。パンは日常的に消費するもの。だからこそ、地域のハブになれる可能性があるという。そして、そんな中から連帯が生まれ、価値観を共にする人々の協業も。これは上の必要以上の「借菌」しないという発想にも通じるものがあります。可能な限り地産地消してその土地の生産者の想いをパンにも乗っける。タルマーリーで提供するピザ等の場合、野菜を現地で取れるものにしたり、様々な協業を行っているそう。そして、エンデが掲げる地域通貨、特にアメリカで使われているイサカアワー(Ithaca hour)についても触れています。

三つ目は「利潤を生まない」という発想。ただし、企業であり、関与している人が人間で再生産や生活をしないといけない環境なので、正しくは必要以上のという枕詞がつきます。最初、渡邊さんは利益をファウンダーとして独占するのではなく、分け合うべく、従業員の資本参加についても考えたそうですが、それだとハードルが高くなるので透明性を高めた経営を従業員とともに行うことを目標にしているそう。そして、タルマーリーでは原価と従業員費を足すと売上の8割に達するとのこと。通常、飲食の場合はこれらをたして6割に収めることを目標にしますので、お客さんとも従業員にも優しくあろうという心構えが表れていると思います。これを支えているのが「小商い」という発想。規模拡大を目指さず、着実に収支をクリアしていこうというもの。それには固定費が抑えられる田舎がぴったりだとも。

四つ目は「パンと人を育てる」というもの。タルマーリーでは天然酵母で作ったパンを適正な値段で販売します。そして、その販売代金を従業員ともシェアする。そんなタルマーリーはがむしゃらに営業しているかというとそうではありません。天然酵母の扱いは難しく、また発酵に時間もかかるために仕込みやメンテはたくさん必要です。また、時間的な余裕がないといいものは必ずしもできません。そのためタルマーリーの営業は週四日、従業員には週休2日を徹底、年に一回の長期休暇もとってもらっていると言います。従業員を酷使するのではなく、自分できちんと考える・経験する時間を確保する。さらにタルマーリーでは従業員と寝食を供にする徒弟制度を導入しようとチャレンジしているそう。一見時代に逆行しているようであり、ワークライフバランスの次のステップに進んでいそうなタルマーリーならではの取り組みです。

そんなふうに様々なところでバランスを取りながら、そして無理をせずにわが道を行くタルマーリー。本の中では彼らの子どもが育ち、パン作りに興味を持っている様子がうかがえます。また彼らの事業は今やビール醸造にまで広がりました。一見、単純な企業活動の拡大のように見えますが、それらは上の原理原則を守ったうえでのものです。そう考えると彼らの行動をどんどん知りたくなりますよね(一部はHPにも情報公開されています。また、ツアー等で体験することもできるようです)。

そんな彼らがこれからどのように自分たちの世界を実現していくのか、また父が課題として残していったもの(価格や普及面)をどう乗り越えていくか。色んな事についてこれからも遠い東京の地から見守っていきたいと思います。

総括しながら少しだけおもったことを

ここでは本書のエッセンスだけを抜粋して紹介していますが、本には渡邊さんの歩んだジグザグな人生の様子が丁寧に描かれていました。噓偽りのない、だからこそ、迷った姿や格好良くない部分もたくさん書かれていました。それでも、自分の信じたことや考えたことをどうにか実現できないか、また家族をはじめ、周りにいる人たちと幸せにできないか、という真摯な思いが伝わってくる本でした。まだ読んでない人にはその辺も含めて読んでほしいな、なんて思いました。

本の概要

関連サイト

タルマーリーのHPから渡邊ご夫婦のtwitter アカウントへ飛べます。また、instragramでの近況報告はよりビジュアルなものになっていますのでそちらも興味ある方は覗いてみることをお勧めします。

その他、話題に上った一部のお店などについてリンクを紹介しておきます。

次の一冊

以前紹介した小さなベジ食堂と比較しながら読んでほしいなと思います。消費者のことを思う気持ちは一緒です。けど、その方法や想いというのは少しずつ異なっています。どれが正解というのはない世界ですが、それでも色んな人たちが消費者のことを思って今日も食事を作ったり、パンを焼いたりしてくれていることをどちらも痛感する本だと思います。

渋谷のすみっこでベジ食堂

渋谷のすみっこでベジ食堂小田晶房駒草出版2016-12-10

また、この本に出てくるマルクスやエンデの作品も読みごたえがありますよね。でも、本書の流れで発酵に着目するのもいいと思いいます。近年、発酵ブームも手伝ってたくさんの面白い本が発表されていますから。そのなかから寺田本家の23代目当主寺田啓佐さんが書いた『発酵道』なんてどうでしょう。本書にも寺田本家さんは登場していますが、渡邊さん同様に発酵にかける並々ならない想いがある方です。その熱量がこの本でよくわかりますよ。 

発酵道―酒蔵の微生物が教えてくれた人間の生き方

発酵道―酒蔵の微生物が教えてくれた人間の生き方寺田 啓佐スタジオK2007-08-01

雑な閑話休題

この本も色んなことを教えてくれる本でした。解決すべき課題はたくさんあるかもしれませんが、それらに真摯に向き合っている様子がよく伝わってきました。いまは、彼らの取り組みを心から応援したいと思うと同時に、彼らの夢が地域や世代を超えて広がればいいなと願っています。

さて、でも、まぁ、このスペースでは肩ひじ張らずにやっていこうと思っているスペースです。では、何を書くのか。少しだけタルマーリーやクピドのパンについて触れたいと思います。タルマーリーのパンはネットで注文できます。もしあなたが東京に住んでいたら、不定期に鳥取のアンテナショップや奥沢にあるd&d apartmentでも購入することができました(あっ、今はどうだろう)。現在、確実に購入できるタイミングと場所はネットに記載ありますので確認ください(リンク

で、私も何度か購入しました。写真はとある日の購入物。ついうれしくてあれもこれも購入してしまったので一部はパン好きの友人ともシェアしました。その友人も知っていたらしく、喜んでいました。

そして、味について。正直な話、癖のある味だと思います。イーストに慣れるということはシンプルな小麦の味になれるということだというのを痛感しました。それが否定されるのです。麦芽やコメの香りがしつつ、甘みの他に酸味やわずかな苦みすら感じられるパン。最初は戸惑いました。でも、確かに味の豊かさは段違いです。そして、飽きがきません。たぶん、噛むほどに味が豊かになっていくから。少しずつ食べて、またしばらくすると食べたくなる。そういう意味では東京で定期的に手に入ってるとても幸せなことだなと思いました。

そして奥沢のクピド。こちらも同様に天然酵母を使ったパンです。パンは量り売りに対応しています。毎日のパンとして使ってもらいたいから。そして伝統的なパイやキッシュ、どれも素材の味にこだわっておいしかったです。そして、もちろんこちらのカンパーニュも豊かな味でした。小麦だけではなく、酵母のもつ酸味やフルーツの味。ジャムを付けずとも、それだけでおいしいんですよね。

ちなみに一時期特定のぶどう種(高級)のパンも作っていたとのことですが、お客さんの経済性や味の差がそこまでないことを考えてやめたという話を伺ったときは、本当にお客さんのことを考えているんだなと思いました。たぶん、クピドを訪れるお客さんは多少高くても買うと思うんです。それだけのブランドがあるから。それでも、きちんとお客さんのお財布を考え、地域に寄り添えるっていいなと思えました。

さて、とりとめもない『雑感』になりましたが(いつもですね・・)、みなさんのおすすめのパン屋さんがあったらぜひおしえてください。たぶん、この状況が落ち着いたら折に触れて訪れると思います。

本日も最後までおつきいいただきましありがとうございました。

田舎のパン屋が見つけた腐る経済
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