フレーバー・ホイールについて
取り扱っている食品が持つ風味を言語化して円状に並べたものをフレーバー・ホイール(Flavo(u)r Wheel)といいます。フレーバー・ホイールは対象となる食品のフレーバー(香味)を具体的な語彙で理解し、それらを系統だてて並べることによって利用者(専門家)間でのコミュニケーションに役立てるものです。これがあると食品が持つ風味特性の共通イメージを持ちやすくなります。
例えば、コーヒー豆の輸入業者が生産国でコーヒー豆を買い付ける際に、一つ予定にはないけど、ジャスミン、オレンジ、ハニー、ティーライクといった香味が感じられて、追加で買い付けたい場面があったとします。
追加の買い付け権限がその人にあればいいのですが、なかった場合、電話等で決裁者に判断を仰ぐ必要があります。本来であれば、フレーバー情報を余すことなく電子ファイル等で届けられれば良いのですが、残念ながら現在の科学はそこまで発達していません(できたとしても高額だし、そういうキットを持ち歩くことは現実的ではありません)。
この時に役立つのがフレーバー・ホイールに書かれている語彙です。自社で共有されているフレーバー・ホイールに、上にあげた語彙のがあれば判断がしやすいでしょう。
ちなみに上ではコーヒーを例に挙げましたが、日本語でフレーバー・ホイールを検索すると味噌や醤油といった極めて日本らしい食品のフレーバー・ホイールが出てきます。なお、英語だとワインやお茶を筆頭にオイスターなどが出てきます。様々な商品のフレーバー・ホイールと独特な語彙は眺めているだけでも自身のフィールドのヒントになりえると思いますので興味がある方は色々と調べてみてください。
さて、このようなフレーバー・ホイールは全世界に通用するものが一つだけあることが望ましいはずです。なぜなら、そうすることによって完全なる共通言語ができるからはずだからです。しかしながら、実際は異なります。コーヒー業界にも有名ないくつかのフレーバー・ホイールが存在します。この記事ではそれらのいくつかについて特性も含めて紹介していきます。
皆さんの普段使っているフレーバー・ホイールはどれでしょう。下のコメント欄で教えていただけると嬉しいです。また、この他にもこういうのがある、というアドバイスや指摘もウェルカムですのでコメントください。
業界標準であり続けるSCA版フレーバー・ホイール(1995, 2009)
1995年にスペシャルティコーヒー協会(SCA)の前身であるアメリカスペシャルティコーヒー協会(SCAA、SCAAは2017年にヨーロッパスペシャルティコーヒー協会(SCAE)と統合してSCAとなりました)によって業界標準となるコーヒー・テイスターズ・フレーバー・ホイール1995年版が発表されました。
この時のフレーバー・ホイールは二つに分かれています。上図右側が味と香りをあらわしたもので、中心が大まかな味や香り(酸味、塩味、有機酸、焙煎由来等)が表現されていて外側に行くほど特定の味や香り(コーヒーの花、レモン、トースト等)になっています。
左図には欠陥や劣化等から生じるフレーバー(脂質の劣化、有機物の消失等)が記載されています。これは欠点豆の混入が比較的多かった当時の状況に応じて、これらを厳格に減点しようという意思を反映したものです。
当時、このようなコーヒーの香りを一覧できるものはなかったため、このフレーバー・ホイールは発表とともに広く普及しました。しかし、コーヒー生産国の品質が向上していくにつれ、フレーバー・ホイールでは表現できない香りが多く出てくるようになります。また、感覚化学の発展により、一部の内容が現実に即していないとされるようになったこともあり、SCAはWorld Coffee Researchと共に2009年版から適当でないフレーバーを除外し、一覧性があるものとして現在に至るまで業界標準となるコーヒー・テイスターズ・フレーバー・ホイール2009年版が発表されました。
現在、基本的にはフレーバー・ホイール2009年版から語彙を選び、該当しない場合、もしくはより適切だと思われる語彙がある場合に1995年版のものを使うことが想定されます。
SCAで学ぶ人はもちろん、Qグレーダー(鑑定士)もこれらのフレーバー・ホイールを参照しています。日本のスペシャルティコーヒー協会も基本的にはこの語彙を使うことを推奨しています。
なお、フレーバー・ホイール2009年版が唯一無二なところとして、Sensory Lexicon(日本語翻訳バージョンもあります)というフレーバーに関する参照物があるということです。例えば、ラズベリーの場合はジェロラズベリーの粉末、ドライフルーツ(プルーン)の場合はサンスィーツプルーン等。何を用いれば、テイスターが言っている香りかがわかるようになっています。いくつかのものについては入手困難なものもありますが、ワールドワイドに手に入るものも多くありますので比較的学習がしやすいツールとなっています。
参考:The Coffee Cupper’s Handbook by Ted R. Lingle, Sensory Lexicon by World Coffee Research,