SCAJ2024セミナー出席報告『コーヒーのテロワールについて』

コーヒー生豆輸入商社であるボルカフェ株式会社 広池 正道社長によるセミナー(10/9(水) 10:30~ 東京ビッグサイト 西3・4ホール ステージA)へ参加してきましたので概要をシェアします。現地の雰囲気を伝えるため、なるべくスピーカーの口調にならって文章を書きますが、一部内容をわかりやすく、再構成している部分がありますのでご留意ください。

テロワールとは

今日お話しする内容は2016年にボルカフェ主催で行ったセミナーの内容を踏襲したものです。まず最初に『テロワール』という言葉について。語源はラテン語のTerra。この言葉は土地、土、陸地、地球を意味します。

それがフランスで、地方、国柄、適合生産地域等を含む『テロワール』という概念でワインに用いられるようになりました。この『テロワール』という言葉は他の言語に完璧に当てはまるものがなかったため、各国でもフランス語のまま使われるようになりました。そして『テロワール』という概念はワインの特性を語るうえで非常に有効に働き、その土地ならではのテロワールを引き出そうと努力した結果、各生産者のブランド化に寄与するとともにワイン産業は大きく成長しました。

ちなみにワインの世界においても『テロワールはテロワール』というふうなけむに巻くような表現があるように非常に定義が難しい一方、フランスでは広く受け入れられている言葉です。

一般的にはスライド(2枚目)にあるように、土地柄、農業風土、地味といったことを主に指します。

スペシャルティコーヒーにおけるテロワールの概念

SCAJが定めるスペシャルティコーヒーの定義
SCAJのホームページから該当箇所を抜粋

この『テロワール』の概念を取り組んで成長してきたのがスペシャルティコーヒーでもあります。では、日本スペシャルティコーヒー協会(SCAJ)はどのようにこの『テロワール』に触れているのでしょうか。

SCAJの定義によれば、上のスライド、赤字部分(生産地の特徴的な素晴らしい風味特性)が該当箇所です。個人的には触れている箇所が少なく、若干寂しいですが、きちんと触れています。

ただカップ・オブ・エクセレンスという品評会の設立等を通じてスペシャルティコーヒーの発展に大きく寄与したGeorge Howell氏はTerroir Coffeeという会社をかつて起業しており、テロワールの概念はスペシャルティコーヒーにとって非常に重要な要素だと私は考えています。

コーヒーテロワールの概念を図示

狭義のテロワール

改めてコーヒー・テロワールについて整理すると図のような狭義(コア)なものと広義(ブロード)なものに分かれます。

まず『テロワール』の狭義な要素の一つとして土壌が挙げられます。コーヒー豆が生産される土地の土が、例えばピート質、腐葉土、粘土質、黒土なのかというもの。ケニアでは近隣の火山の影響で赤土が多かったり、ドミニカではサンゴの母岩が含まれている関係で白く見える土壌が多かったりします。

コーヒーの魅力を消費者に伝えるうえで、コーヒー豆の土壌について酸性やアルカリ性といった化学的な情報をお伝えするのも意味はありますが、コーヒー生産地の風景をイメージしやすくなるような色彩情報をお伝えするのも意味があると思います。

気候、いわゆる微細気候(マイクロクライメイト)も構成要素の一つです。パプアニューギニアでは豊富な雨が年間を通じて降りますが、ブラジルは冬場に雨が著しく減ります。これがブラジルらしい味につながるはずです。イエメンでは水分を含んだドライチェリーをそのままの状態で保管しても乾燥した気候のおかげでカビが発生しづらいです。また、インド北部で生産されるモンスーンコーヒーはこの土地に吹く偏西風が重要な役割を果たしています。

さらにコーヒーが育つ位置も要素の一つです。コーヒーベルト(南北緯25度の範囲)の恵まれた環境で育ったコーヒーとそれ以外の地域のコーヒーでは味が異なります。また、高標高で育ったコーヒーは成熟に時間を要し、より品質の良いものになりやすいともいわれています。もちろん、同じ標高だったとしても地域によって味は違うはずです。

例えば、グアテマラで有名なエルインヘルト農園は渓谷の両谷に畑があって、かつてNo.1とNo.2という風に分けて管理していました。それは一方がとても優れた個性を持つコーヒー豆だったのに対して、もう一方はその水準に達していなかったからです。その後、味は向上し、La Maravillaの名前を冠して販売されていますが、このように同じ渓谷にあっても畑の位置によって生産されるコーヒー豆の風味は著しく違うということです。

広義のテロワール

広義のテロワールは主に人的要素と社会的要素に分けられます。

例えば、パプアニューギニアで生産されるコーヒーは8~9割がティピカ種とされています。これは生産効率を追わず、他品種との交配や植え替えを行わなかったのんびりした住民の性格が招いた結果とされています。そして、これは人間がテロワールに大きく関与した例と言えます。

さらに、環境先進国であるコスタリカではかつてウェットミル(精製所)で水利用の節約が求められるようになってフルウォッシュド(水洗式)精製が行いにくくなりました。結果として、先進的なハニー精製が発展した経緯があります。

一方で、どこの国化への言及は避けますが、ハイブリッドへの植え替えや生産効率を徹底的に行った国では山が大きく変貌してしまったところもあります(上スライドの写真参照)。

これらは社会的背景に基づいて精製方法や品種が変化した結果できたテロワールとも言えます。

上のスライドはいくつかの特徴的なテロワールが確認できる地域をまとめたものです。

ケニアでは火山によって鉄分が多く含まれた真っ赤な土壌によって複雑な香味を持つコーヒーが生まれます。

ブラジルのテラローシャ(terra roxa「赤紫色の土」)とメリハリのある季節はチョコレートやナッツといったコーヒーに寄与しているでしょう。

海や湖の近くにあるコーヒー豆も特徴的な味がでます。インドネシア、スマトラ島北部にあるトバ湖周辺で採られるコーヒー豆はマンデリンとして売られますが、その中でもリントン地域のコーヒー豆は特殊なフレーバーがあり、これはこの地域のコーヒー豆でしか味わえません。

同様にイエメンのイエメニアに代表されるフルーティーな味、中央アフリカのルワンダ、ブルンジ、コンゴにも昔ながらのブルボンの香りがあり、各々独特なテロワールを確認できます。

先ほど話した通り、パプアニューギニアはティピカにとって最後の楽園です。グアテマラも火山とともにあります。イルガチェフェの名前の意味は『沼のある場所』です。その名の通り、沼沢地です。

海に近いコーヒー産地、例えばドミニカやメキシコ(オハカエリア)ではマイルドで軽やかなコーヒーができる印象です。

このような社会的な要素を背景とするテロワールもあります。このように社会的、人的要素もテロワールの概念に入れるとよりコーヒーを楽しめるようになります。一方で長らくコーヒー業界で働言えていると残念ながらなくなってしまうテロワールもあります。そのため、一つ一つのコーヒーとの出会いを大切にしてほしいとも思います。

改めてこれらのコーヒーテロワールはコーヒーのどこの部分で生成されるのでしょう。コアな『テロワール』は種に宿ると考えています。そして周辺『テロワール』は実に宿ります。この実(果肉)を除去する際に使われる菌や微生物は土地によって変わります。これによって多様な味にもなりますが、人間が手を加えやすいものでもあります。そのため、個人的にはフルウォッシュドのコーヒーが最も伝統的な『テロワール』を確認しやすいと考えています。

一方で、現状のカッピングでは『テロワール』を反映したスコアリングは難しいのも事実です。例えば、先に挙げたインドのモンスーンコーヒーはエスプレッソによく使われますが、SCA基準のスコアでは80点に満たないことが多いかもしれません。また、時間的な要素も評価に反映しにくくもあります。例えば、エイジド(熟成した)マンデリンやブラジルのパストクロップ(過年度の豆)の中にも時間の経過により素晴らしくなるものもあります。これらはスコアでは表しにくいものだと思います。

このようにスコアだけでなく、『テロワール』を意識すれば、より多くのコーヒーの魅力にも出会えると思います。これらを踏まえて、多様なコーヒーの魅力をさらに伝えていただければと思います。

スピーカー企業:ボルカフェ株式会社(facebook, Instagram) 全てのプレゼン資料はボルカフェ株式会社に帰属します。

参照サイト: George Howell CoffeeGeoge Howell Coffee:Back to the Grind by Boston MagazineEntrepreneur George Howell’s Third Act Focuses On Farms, Terroir, Education As Coffee’s Future by ForbesInterview with George Howell by CoffeeGeek

所感

本セミナーはSCAJ主催のコーヒーマイスターによるコーヒー利き選手権の前に行われ、主にコーヒー関係者に向けたプレゼンテーションでしたが、コーヒーテロワールについて簡潔にまとめられていて、すぐにも消費者へ伝えられる内容になっていました。

コーヒーのカッピングの現場でテロワールという言葉を聞くことはありますが、使う人によって定義が異なったり、実際にはテロワールの概念から外れることを言っていたりして、ミスコミュニケーションが発生することが往々にあります。

今日のプレゼンでは、テロワールの概念についてうまく言語化と視覚化していたので、これをベースにすればそのようなミスコミュニケーションはなくなるのではないかとも思えます。もちろん、テロワールの定義は各社が持っていいものですので、このセミナーに倣って一度整理してみるのも面白いのかなとも思えました。そういう意味でも非常に有意義な気づきが多くありました。

また、本セミナーの精神はSCA(アメリカと欧州のスペシャルティコーヒー協会)が導入しようとしているCVA(コーヒー価値評価)とも似ていると感じられました。SCAのそれは多様性を受け入れ、その土地のコーヒーを最大限測定・評価し、それらを評価してくれる地域に提供する、そのことによってバリューチェーン全体の価値を大きくしていくといったものですが、これに通じるものを感じました。

いずれの場合も各社がこの概念をきちんと消化すれば、消費者との新たなコミュニケーションツールになると考えられます。また、個人にとっても色んな構成要素を意識できれば、華やかな花の香りがするコーヒーも、力強い大地の香りがするコーヒーも、その要因に想いを馳せながら至福のひと時を楽しめるようになるのではないかと思います。

私自身もこのプレゼンの意味を咀嚼して自分なりにコーヒーの魅力を一人でも多くの人に伝えられたらと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。また、次の記事でお会いできることを楽しみにしています。

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