【本紹介・感想】沢山経験して人が集える場所をDIYで作ったお話『渋谷のすみっこでベジ食堂』

渋谷のすみっこでベジ食堂

内容

代官山駅からも渋谷駅からも少し歩くところ、東京都渋谷区鶯谷町、そこにこの本を書いた小田晶房さんのお店があります(小田さんの店というイメージをつけたくないと本文中で仰っているので、こういう紹介はよくないのかもしれませんが、ご容赦ください。ただ、小田さんがいてもいなくとも居心地のよいお店です)。

名前は「なぎ食堂」。東京ではそれなりに数が多くなったといえど、まだまだ珍しいヴィーガン(ビーガン)食のお店です。お店には近所の人も来れば、おしゃれな若者や仕事途中のサラリーマン、一風変わった風貌の人もやってきます。これだけ幅広い層を集められるヴィーガン食のお店はそれこそ珍しいのではないでしょうか。

そして、そんななぎ食堂を切り盛りする小田さんの人生もユニークなものです。この本にはそんな小田さんの半生が詰まっています。若くして音楽にはまり、NYでキッチンにもたち、そして、いつのまにか音楽雑誌の編集を行うようになり、さらには独自の音楽レーベルまで立ち上げるんです(改めて文字にするとすごい経歴・・・)。

そして、たどり着くなぎ食堂という空間。

でも、今まで飲食店経営の経験のない小田さんがいざやってみると多くに直面します。開店時のご近所さんとの信頼関係、答えが出ないメニューのこと、訪れる様々なお客さん、抗うすべなく訪れる景気の波、そして、すべてを吹き飛ばすかのように直面した3.11という出来事。そして落ち着く間もなく襲ってくる家族内での出来事。

人気ベジ食堂の店主小田さんが、店主として、夫として、父として、そして一人の人間としてどういう人生の選択をしてきたかが存分にわかる一冊です。

渋谷のすみっこでベジ食堂

渋谷のすみっこでベジ食堂小田晶房駒草出版2016-12-10

感想

魅力的と思った点を3つあげつつ、感想を(内容をまとめつつ、感想を書こうと思ったのですが、ストーリー仕立てだとネタバレになりかねないのでこの形式にしました)。

波乱万丈な半生

とある日のなぎ食堂でのランチ1

上の内容のところにも書きましたが、この本では小田さんの幼少期から知ることができます。それが何とも面白い、いや、これは失礼な表現でしょうか、であれば、興味深いんです。

親から昼食代として兄弟でもらっていた500円。それでお総菜パンなどを買っていたものの、それが続いてつらいという理由だったり、節約してお小遣いにしてしまおうという理由から、自ら料理を作ることに。そして、時は過ぎ、京都の学生時代に飲食店でアルバイトをした日々。そんなことを自身の料理のルーツとして紹介されるので、読者の私もこの流れで飲食やるのかなって思うんですよね。

ちなみに随所に書かれている音楽等についてはあまり知らなかったので、調べながら読みました。本の中で紹介されているバンドの音楽がどんなかんじかネットでわかってすごい時代ですよね(このあとも音楽関係に携わっていくことになる小田さんですが、びっくりするほどのビッグネームも関係者として登場します。この辺はぜひ読んでみてくださいね)。そんなことをしながらのんびり読み進めます。

しかし、そんな一直線に進みそうな物語は、小田さんの大学卒業とともにびっくりする方向に展開していくんです。

いきなり渡米してNYの日本食レストランのキッチンで働いたり(よく考えたら、ここまでは辛うじて飲食に関連していますね。。)、そして、帰国するや京都のライブハウスに出入りするようになったり、と思ったら、いつの間にか東京で音楽編集マンになっていたりと(音楽の話がいろんなところにちりばめられているのは、こういう背景かってかんじ!)。

もう、彼の人生の目まぐるしさたるや、圧巻です。これ、ノンフィクションだからすごいなと思うのですが、もしフィクションだったら、ストーリーが散らばっていると思っちゃいそう。内容は全く違うけど、ある意味フォレストガンプみたいなふり幅がありました。いつの間にかページをめくる手を止められなくなっちゃいます。

もちろん、どの経験も小田さんを形成しているし、また食堂の先にいるお客さんの行動様式をくむのに必要な感性を磨くのに必要なんだと思えます。ただ、読んでいるときは、そんなことを思えないくらい、小田さんはどっちに向かっているんだろうと思ってしまうんです。

巧みな風景と人間描写

とある日のなぎ食堂のテイクアウトデリ3品

そんな小田さんの波乱万丈なストーリーを支えるのが、当時の当人の心境を通して見える風景と人間描写です。ストーリーが回りだすのは90年代。バブル崩壊の余韻で景気がよかったり、景気が悪かったり、そして色んな壁にぶつかりながら前へと進む小田さん。アーティストの道先案内人のようなことをしていたころ、海外から招へいしたアーティストと催した飲み会の様子だったり、他に誰もいないのなら、と音楽レーベルまで立ち上げてアーティストたちをサポートしたり、そして、そんな出来事が行われている横で、少しずつ開発が進む渋谷、学芸大学、中目黒の街並み。少しばかりのノスタルジーを抱えながらも生き生きとした文章で描かれています。ある意味、この本は青春グラフティー的な側面を持っているのかもしれません。

そして、本作の中でいくつもの大きな決断をくだす際に吐露される心情の数々。そのすべてが格好いいものじゃありません。でも、どの決断も投げやりにせず、そして人間味あふれる背景からくるものばかり。そして決断をくだす度に、本の中の小田さんがたくましく、そして頼もしくなっていくんです。その成長も読み応えがあります。人によってはこういうふうにいきたいな、なんて影響を受ける人もいらっしゃるのではないでしょうか

著者の懐の深い中庸的な考え方

とある日のなぎ食堂でのランチ1

この本は小説ではありません。だから、この本が面白いかどうかは、究極的には著者である小田さんの考えや決断してきた行動に共感できるか、もしくは著者自身を好きになれるかだと思います。

小田さんはこの本の中で食べ物だったり、世間だったり、社会の仕組みについて自身の意見を率直に書いています。ただ、その書き方はとても謙虚なものです。自身の意見を絶対とせず、でも、きちんと述べたうえで、想像しうる世間の意見や相手の意見についても触れています。それが故に自分の意見の中にもジレンマや歯切れの悪さが残っているきがします。それはより率直に話してほしい人やラディカルな意見を求める人には物足りないものかもしれません。でも、昨今の過激な意見にあふれている世の中にはこういう朴訥な意見が心に染み入るんです。

そして、その意見を述べたうえで自身が取り組んでいることについても言及しています。なぜそのような社会活動をするのか。なぜ特定の施設の存続を希望するのか等。それらは夢想家の語る理想論でもなく、井戸端会議で語られる愚痴とははるかに次元の異なるものです。そして、その多くは読者である私たちも日々取り組めることでもあるんです。そういうことに気づかせてもくれます。   

もちろん、それらの想いはなぎ食堂で提供される料理にも、精神として表れています。

なぎ食堂の根底に流れるアニマルライツという思想。だからこそ食材は必ずしもオーガニックのものにはこだわらない。塩味やスパイス、油だってそれが料理に適っているのなら、積極的に使っています。唯我独尊の精神にならず、押し付けもしない、毎日無理なく楽しめるヴィーガンフードを提供してくれるのがなぎ食堂なんです。自分の意見や信念をきちんと持っているから、何を守るべきで、何に拘らなくても良いかについての線引きが明確なんです(だからといって、お客の宗教やアレルギー等のニーズ対応にもおろそかにしていません。それは彼らのこだわるところだから)。

ヴィーガン向け飲食店をやるひとの背景はさまざまだと思います。もともと小田さんは本で書いてあるとおり、人が楽しく集まれる空間というコンセプトもとにスタートしています。その上で、自身の人生と照らし合わせてヴィーガン向けの食堂を作っています。だからこそ、こんな親しみやすいお店になっているのかもしれません。だからこそ、3.11がおこったとき、そしてそれ以降の対応もあのようなものになったのかなと思います。3.11当日、渋谷という場所もあって、積極的に帰宅難民を支援したなぎ食堂。そして、そのあとも仕入れや食堂の存在自体の意義を自問自答しながら、それでも被災1週間を除くと継続して営業したそう。それは、地元の人、そして遠方からよりどころを求めてやってくる大野人にとって必要なお店となっていたからでしょう。もちろん、多くのヴィーガンにとって欠かせないお店であることは言わずもがなです。

そして、この出来事の前後に小田さんには公私にわたってたくさんの試練が降りかかってきます。その際、小田さんがどうやって乗り越えてきたか、この本には書かれています。その一つ一つについて本書を手にとってぜひ読んでみてください。きっと何らかの形で自身にも役立つことがたくさんあると思いますよ。

全体を通じて

私にとって、この本は日々の食べ物、そして飲食店とのかかわり方についてもう一度じっくり考えるきっかけとなりました。もちろん毎日とはいきませんが、少なくとも週末や時間のあいた夜には価値観を共有したいと思えるお店とともにすごしてみたいな、と思うのです。そういう方法を通して少しでもそういうお店を支援できたらいいなとも思うばかりです。

みなさんにとってはどんな本だったでしょうか。気軽に感想をコメントいただけると幸いです。

本の概要

関係サイト

2020年3月末時点でなぎ食堂のサイトにはつながりませんでした。一時的なものかどうかわからないのでとりあえずURLは残しておきたいと思います。なぎ食堂としての情報発信と小田さんご自身の情報発信を分けていらっしゃいます。なので、各々目的に応じたフォローをすればいいのかなと思います。

あと個人的な備忘メモサイト

イギリスグラスゴー モノカフェ:http://www.monocafebar.com/

次の一冊

田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」 タルマーリー発、新しい働き方と暮らし (講談社+α文庫)

田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」 タルマーリー発、新しい働き方と暮らし (講談社+α文庫)渡邉 格 講談社2017-03-17

この本の精神は今日ご紹介した本『渋谷のすみっこでベジ食堂』とも通じるものがあると思います。人々が集まることのできる居場所をつくり、そして、そこで楽しい時間をすごしてほしいとか。そういう思いがお二人の根底にはあるのかなと思っています。

ただ、私がこの本を『次の一冊』に取り上げたのは、そういうところではなく、3.11の時に取ったお二人の行動についてです。このテーマがあったために、この2冊の本は読んでからずーっとしこりのように残っているんです。

この2冊の本に書かれている苦悩や葛藤を通じて、飲食店に限らず、何かを人に届ける業種にとって3.11がどれだけのインパクトを持っていたのか、改めて知ることのできました。

もちろんどんな決断をくだしたにせよ、正解なんてありません。ましてやお二人の置かれた外的・内的環境は異なるわけですから、比較するなんて無意味です。でも、だからこそ、人がどのように行動したか本を通じて追体験することには意味があるのかなと思っています。そして、そのことによってわたしたちは3.11のことを風化させず、また起こりうる災害に備えることができるのではないかなとも思うのです。この2冊を通して、もしそのような状況が起こってしまったら、どういう行動をとるか、静かに考えてみるのもいいのではないでしょうか。

当サイト【Book and Cafe】では次の一冊に関する短い紹介文を募集しています。お返しは今のところ何もできませんが、ここにSNSアカウント等を記載した半署名記事をイメージしています。要は人の手によるアマゾンリコメンド機能みたいなものです。気になったかたはSNSや下のコメントもしくはお問い合わせ にご連絡頂けますと幸いです。

雑な閑話休題(雑感)

昔の写真をあさったらでてきた大田区にあったPhono kafeでの食事。なつかしい。

上にも書きましたが、ようやく一つの記事にできたという感じです(まぁ、誰に求められていないので、あれなのですが。。。)。個人的によくない癖だと認識しているのですが、時間が区切られていないと好きなものをリリースできないことなんですよね(笑)。

本だと読みなおしちゃうし、お店だと何度か通ってみちゃう。特にこの本の場合、いろんなお店が出てくるんです(あっ、そういう読み方もありだと思います。登場するお店や人物を追跡する、すると面白い発見や新たな出会いがあると思います!)。

CABEのテイクアウトランチ

中目黒のAlaska目黒のCABE蒲田のPhono kafe(現在は閉店、ご主人は高知に移住されています)等々。行ったことのある店も、近所の店もありました。でも、本を読むとそういう観点からも楽しんでみたくなる。だから、改めて訪れてみる。もちろん、どの店もそれなりに距離があるし、仕事で感想を書いているわけでもないので週末にこつこつ訪れるわけです。すると本を読んでから時間がたっていて感想が迷子になって、いつの間にかアップしにくくなるんですよね。結局、この感想を書くにあたって再度読み直す。そりゃ、遅くなりますよね。

いまもその傾向はあって、開店日近くに訪れたのに、あれもこれも書きたいと思ってアップできてない記事予備軍がたくさんあります。。。まぁ、時宜を失しても自分なりの視点できちんと上げていきたい思っている次第です。

そんなとほほなことを思いつつ、今日はおしまいです。最後までお付き合いありがとうございました。

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