【本紹介・感想】アメリカの出版事情と出版人たちを知ることができる『ベストセラーはもういらない ニューヨーク生まれ 返本ゼロの出版社』

  • 2019年5月9日
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ベストセラーはもういらない

内容

帯には本書のPVのQRコードがついています。他にも著者のインタビューではよりざっくばらんにジョン・オークス氏や業界に対する感想を語ってくれています。

 本作は、ニューヨークに拠点を構え、90年代に日本向けに洋書紹介しながらアメリカの現状を伝える雑誌『アメリカン ブックジャム』を創刊する一方、日本の出版物をアメリカの出版関係者に紹介して、日米出版界の橋渡し役を担ってきた秦隆司さんが、アメリカ出版業界についてまとめたもの。

 日本の出版業界に対する本は、就活生のための業界誌から始まり、関係者の著作や会社が編纂した社史まで幅広いものがあるが、どういうわけか、アメリカに関するそれは少ないように思われる(英語のものは多く存在しているが、日本語訳されているものは限定的)。

 この本はそんな数少ない分野に挑んでいる。 アメリカの出版ルーツともいえる新聞、そしてその関係者にまでさかのぼり丁寧に読者の理解を深めてくれる。その後発生した出版人と政府の間での発禁本に関する戦いを興味深く紐解いたかと思えば、時代は下って、現代のアメリカ出版業界が抱える問題点を指摘、それに対する独立系出版社の新たな取り組みについて説明している。

 そんな意欲的な本書はアメリカ出版界の大まかな流れを理解するのに有用な一冊といえる。

リンクは単行本になっていますが、電子で本を読まれる方にはそちらのほうがおすすめです(結構な価格の差があります。。。だとしたら、なぜ私はハードをもっているんでしょうね・・・。まぁ、ハードで出会ってしまったからです。)。

感想

安売りになっている本たち、 Books For Sale by Peter Griffin
ジョン・オークス氏の仕事を追う

ORブックスを経営するジョン・オークス(John Oakes)氏の日常的な仕事風景を描くことから始まった本書。ここで読者は、なぜ彼の仕事風景なんだろうと思うはず。

 ジョン・オークス氏は長らく出版業界で働き、そして今返品ゼロを目標としたORブックス経営しています。そんな彼のキャリアを追うことで、著者はアメリカの出版業界の移り変わりと現代抱えている問題を描き、届けようとしていたのだと思います。

 描かれているジョン・オークス氏の仕事風景は著者といわゆる取次、書店等との間に入って調整をするエージェント業が主なもの。ニューヨークにある狭いオフィスからメールを駆使しながら、数か国語を駆使しながら、関係者とやり取りをする風景は現代ならではのエージェント業を反映しているように思えました。

そして、本はしばしそんなジョン・オーク氏から離れて、アメリカの伝統的な出版界について説明していくことに。そこについては日本の業界とあまり変わらないのだなと感じました(正直、この辺は川崎昌平さん等の著作でしか知らない分野なわけですが、、)。

アメリカの出版業界について

ジョン・オークス氏の講演会の一部。アメリカの出版業界についてざっと知るにはこの動画が有効だと思います。パワポで著者から読者に至るまでのフローも交えて説明がなされています。また、ボイジャーのHPには議事録も。

 まず、①出版社は企画会議を開き、1年ほどのリードタイムを引き出版を目指す、②著者と出版物に対する諸条件を決め、出版部数に対するアドバンスドペイメント(前払い)がなされる、③合意した販売見込みの冊数を刷り上げ、各書店に届ける、④書店は2週間店頭に置き、初動売り上げの動向を確認。その後返品(率)が決まり、出版社も増刷するか否かを決めるというもの(Page23~に利益配分の数字も含めた詳細な記述があります。なお、書店のビジネスモデルについてはP167~参照)。

 当然有名人で売り上げが見込めるものについては、出版社も大きな予算を組んで、著者に対する前払いも多くなる。そのため、中堅出版社の入り込む余地はなくなる。一方で、大手出版社にとっても前払いの負担は大きく、また売り上げが確実でないため、どうしてもばくちのような状況になってしまう。書店からの支払いサイトも長く、キャッシュの回転も厳しいという。しかも書店から出版社に対する返品率は40%にも上り、また書店での値引きを実現するために出版社からすさまじい値引きを提供しないといけないという(だからと言って書店が儲けているわけではありません。)。

 このように業界のビジネスモデルが疲弊していることを指摘しつつ、話題は再びジョン・オーク氏へと戻っていきます。

ジョン・オークス氏のルーツ

ジョン・オークス氏が取材対象として選ばれた一つの理由がここにもあるといえるでしょう。彼の家系図をたどっていくとニューヨークタイムズを買収したアドルフ・オークス氏の名前を見つけることができるのです。

アドルフ・オークス氏はニューヨークタイムズの紙面改革やブランド化に貢献した人物で、同誌が現代に続く礎を築いた人といえます。同誌の発展に際して、他社のゴシップやフェイクニュースと闘った様は現代の状況にも似ています。そんなチャレンジスピリットが、子孫に脈々と受け継がれていることを想像するのは容易です。

そして、ジョン・オークス氏の幼少期や学生時代のエピソードを振り返りつつ、彼がAP通信で記事を書くようになることが紹介されています(ここまででまだ出版社で働いていないのはアメリカ的かも)。

グローブ・プレスの政府に対する挑戦


Grove Pressの現在のHP。名前はAtlantic Monthly Pressと合併してGrove Atlanticとなっている。

 そんなジョン・オークス氏が運命に導かれるように、出版業界へたどり着くこととなります。グローブ・プレスの創業者バーニー・ロセット氏に同社へ誘われたのです。で、なじみのない読者のために再び傍流へと話題がそれます(笑)。この本、こういうのばっかですが、それが良い味を出していました。

 グローブ・プレスはアメリカの出版史上でも非常にシンボリックな会社でした。D・H・ローレンスの『チャタレイ夫人の恋人』やヘンリー・ミラーの『北回帰線』を出版するにあたって、時の政府機関と法廷闘争を行い、出版権を勝ち取った会社です。ただ、この本では単なる表現の自由の闘争にとどまらず、当時どのような流通事情があり、また版権についての関係者を描きつつ、どのような潜在的な問題を抱えていたかを指摘しています。

 栄光あるグローブ・プレスで働くことになったジョン・オークス氏。彼はここで編集者として働き、多くのノウハウを得ます。しかし、そのグローブ・プレスもやはり経営には課題を抱えていました。老舗で硬派な出版社だからこそレガシーを抱えてしまっていたのです。

 結果、会社は買収され、しばらくしてバーニーは会社を去ることとなり、ジョン・オークス氏も職を辞すこととなります。そして、新たな職を見つけ、そこで副業のように仕事を始めるものの、上司から利益相反といわれ、今度こそ、自身でフォーウォールエイトウィンドーズ(4W8W)社を立ち上げ、出版経営へ足を踏み出すこととなります。

 

“返本ゼロを目指す”ORブックス創業へ

 ジョン・オークス氏が経営したフォー・ウォール・エイト・ウィンドーズの経営は順調に拡大していったものの、やがて、上述したばくちのような既存の出版ビジネスモデルに疑問を抱くようになっていく。

その後、会社を売却、その後エージェント業に携わるも順調とは言えない結果の中で、コリン・ロビンソンと共同でOR ブックスを立ち上げることとなります。

そして、彼はOR ブックスで「返本のない」、そして「読者に直接本を売る」ことを軸に経営することを決めます。それは、書店への買い取り販売制を行うとともに、読者へ直販を行ったり、電子書籍にも力をいれるというもので、また一つ一つの出版する本について責任をもって様々なマーケティングをするという、原点に戻るものでした。

2018年9月時点でORブックスには6人のフルタイム社員(P189)がいるとのこと。まだまだ小さい会社ではあるものの、twitterのフォロワー数や同社の出版物に対する感想のやり取りを見ていると読者は彼らの今後を楽しみにしてるのではないか、と思えました。

この本はジョン・オークス氏の自伝のようでもあり、壮大なアメリカ出版誌のようでもありました。一つ一つのストーリーはあまり関係ないように見えるのですが、振り返ってみるとどれもかけてはならないストーリーだったように思えます。正直、たまに面倒くさいエピソードトークもあったように感じますが(笑)、それもニューヨークの雰囲気を感じさせるのには必要な文章だったのでしょう。

ということで、アメリカ出版誌を簡単に学べ、独立系出版社OR ブックスが何を考えているのかを知ることができる、本書、もし出版、コンテンツ界隈に興味があるようだったら読んでみてはいかがでしょうか。読みごたえがあり、色んなヒントが得られる一冊だと思います。

本の概要

  • 著者:秦隆司
  • 編集:鎌田純子(株式会社ボイジャー)
  • デザイン:吉川進(株式会社 POWER NEWS)
  • 校正:十文字美枝
  • 発行:株式会社ボイジャー
  • 印刷・製本:丸井工文社
  • 初版:2018年12月18日
  • 備考: https://www.voyager.co.jp/home.html

関係サイト

次の一冊

 感想のところで書いた川崎昌平さんの本を紹介しておきます。日本の中堅出版社に勤める社員の日常を素朴な絵と共に垣間見ることができます(もちろん、フィクションですが)。

重版未定
川崎昌平
河出書房新社
2016-11-26


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雑な閑話休題(雑感)

少し驚いたのはアメリカの中小出版社を立ち上げた人たちが、exitを意識していたこと。いつかのタイミングで自身の会社を大手に売りぬくか、誰かに譲るかを非常に意識している様は極めてアメリカ的だと思いました。本書内で記されている経営状況から、出版人の給与が必ずしも高くないことはわかりますが、彼らもまた出版に携わりながらもアメリカンドリームも追い求めていたりするんでしょうか。

あと、アメリカで起こる動きは必ず日本でも広がるんだな、と再認識させられました。今や多くの零細、小規模出版社ができました。本書で紹介された動き同様、直版のみできちんと読者に届けるような出版社です。多種多様な出版社があることで、あまり見向きもされなかった出版物が世に出るようになったことは一読者として感謝しても感謝しきれないな、なんておもったりしたのでした。

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