内容
アメリカに生まれ、日米を移住しながら日本文学を研究したリーベ英雄さんが、万葉集から約50首を選び、それらに対する英訳をあてたものです。
万葉集に書かれている詩歌は当然古語を学ばないと理解できません。そして日本人であれば、どこかしらの教育課程で何かしらは学んでいるはずです。
では、過去に古語を習った人が万葉集を理解できるか、というとなかなかできないのが現実ではないでしょうか。もちろん、そんなニーズを満たすために現代語訳されたものや解説本も多くあります。
この本は万葉集の詩歌を新たに英語で読んでみるというものです。同じ言語体系ではなく、英語を通して明確に示されるものもあります。そして比較することによって生じる言語の特徴。万葉集に書かれた当時の風景や心情はもちろん、日英(米)の言語的、また文化的特徴を垣間見ることができる一冊でもありました。
英語でよむ万葉集 (岩波新書)リービ 英雄岩波書店2004-11-19
感想
翻訳本の面白いところはいくつかあると思います。個人的に好きなのは、本来その言葉が持つニュアンスも含めて複数の意味から一つを選んで文章を作っていくというところでしょうか。
元の文にはシンプルなものもあれば、背景やニュアンスを汲まなければ理解できないものも多数あります。特に詩歌についてはニュアンスや空気を大切にしないといけないんだと思います。
ただ、ここで問題となってくるのが、それら雰囲気やニュアンスを伝えるためには前提となる社会風土や文化の差を理解しないといけないことではないでしょうか。
それらを全部包含しつつ、さらに筆者がその詩歌から見える風景を披露してくれる。これは解釈の余地が多く残っている詩歌ならではなのかなとも思いました。
具体的に著者の翻訳した詩歌を2つほど紹介させてください。
草枕 旅の宿りに 誰(た)が夫(つま)か 国忘れたる 家待たまくに Whose husband here
sought shelter on his journey,
grass for pillow,
his homeland forgottern,
though his family waits there?
リービ英雄『英語でよむ万葉集』P94-95(ただし、本文では日本語は縦書き、grassの前にスペースあり。)
これは柿本人麻呂が香具山の死体をみて心情を詠ったもので、比較的に日本語の意味も比較的わかりやすいものだとおもいます。私自身、草枕が枕詞になっている詩として習ったと記憶しています。
さて、これを英語にするとさらにわかりやすくなります。一行目の嘆くように言葉としてもれる、(誰の夫であろうか)という文章。そして、彼の無念さを思う言葉が続きます。そして、最後に余韻を残す家族のことを偲ぶ言葉の後の疑問符。疑問であり、推定であり、嘆きであり、と様々な文意を感じられます。
この詩は疑問符がなくても成立します。ただ、その場合は意味が限定されてしまうし、断定になってしまうので余韻がなくなってしまいます。それを疑問符をいれて幅を持たせているのが、なんとも心地よいのかな、なんて思います。
詳しい本人の解説や次のページにあります。リーベさん曰く、意を汲みながら訳していたら、いずれの言葉も自然とでてきたと書いています。そして、宿についてはlodgingなどではなく、一時的なshelterを選んだと。
個人的には古語で書かれている詩はイメージとしてとらえがちなのですが、英語だと鮮明な絵としてとらえられる気がします。もちろん、どららも好きなのです。そして、これは自身の能力的な問題でもあるので、それはそれとして理解しています。
人によっては逆のだという人もいるでしょう。それはそれでいいのかなと。カメラのファンダーを調整することによって周りの風景の理解も対象物の理解も進む、そういった感覚で私自身はとらえています。
ではもう一つだけ詩を紹介させてください。
富人(とみひと)の 家の子供の 着る身なみ 腐(くた)し棄(す)つらむ 施綿(きぬわた)らはも
O cottons and silks of the rich,
more than can dress
their children’s bodies
that let rot and throw away!
リービ英雄『英語でよむ万葉集』P200-201
これも比較的わかりやすい歌だと思います。山上憶良が老身の身に、わが子を思い詠ったものとされているわけですが、冒頭が“O”からはじまっています。これによって心からの嘆きが伝わる気がします。
そして、最後の感嘆符。これによって嘆きとともに怒りやほんの少しのあきらめが伝わってきます。貧富の格差を詠った優れた詩は古語でも英語でも、時代を問わずに普遍性を持っているものだと感じられるものでした。
ここでは2つの詩歌を紹介しましたが、本書の中にはより踏み込んだ超訳(意訳)をしたもの、本当に直訳したようなもの、文化や建物の特徴を踏まえた翻訳など、様々な挑戦が見られます。少しでも興味が持ったらぜひ本屋さんで手に取ってみてください。また、ウェブ上(ebookやbooklive等)で試し読みができますのでご覧になってみください。
本の概要
- タイトル:英語でよむ万葉集
- 著者:リービ英雄
- 発行:岩波書店
- 印刷:半七印刷
- 製本 :中永製本
- 第1刷 :2004年11月19日(19刷2018年2月15日)
- ISBN4-00-430920-4 C0292
- 備考:岩波新書
関係サイト
- SNSサイトなし
ネット上にはリーベさんのエッセイやインタビューが残っていたりします。また、Youtube上には日本語と英語のスピーチ等もありますので興味のある方はチェックしてみてはいかがでしょうか。参考までにスタンフォード大学でのスピーチをはっておきます。
次の一冊
万葉集の世界を楽しめたのなら、百人一首の世界はどうでしょう。また、日本人が英訳した時の違いが果たしてあるのか確認するのも面白いかなと思います。
英語対訳で詠む日本の詩歌―飯田龍太と百人一首の世界―広江守俊創英社/三省堂書店2018-05-10
当サイト【Book and Cafe】では次の一冊に関する短い紹介文を募集しています。お返しは今のところ何もできませんが、ここにSNSアカウント等を記載した半署名記事をイメージしています。要は人の手によるアマゾンリコメンド機能みたいなものです。気になったかたはSNSや下のコメントもしくはお問い合わせ にご連絡頂けますと幸いです。
雑な閑話休題(雑感)
この本は長らく積んどく状態でした。令和の年号が決まる前に購入しているので、少しその部分に近い内容が本書にあるにもかかわらず、触れていないのはそんな理由からです。まぁ、そういうものを直に扱ったものなんてたくさんありますからね。
それがなぜ読むに至ったかというと温 又柔さんの本を読み、リーベさんとの関係が語られていたからです。もちろん、リーベさんの初めての本がこれってどうなのっていうコメントはありそうですが、すでに違う文脈から買っていた本が積んであったらそこから手を付けますよね?
まぁ、私はそうなんです。
だから、この本の紹介となりました。その後リーベさんの本を何冊か購入するに至ってるのでそれらをゆっくりと紹介していきたいと思います。
では、本日も最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。