【本紹介・感想】簡単に飛びついてはいけないストーリー『人はなぜ物語を求めるのか』

人はなぜ物語を求めるのか 装丁

長らく本をバッグの中にいれていたせいで多少くたびれ感のある本てしまいました。クラフト・エヴィング商會が担当しているとってもきれいな装丁なのに申し訳ない限りです。ブックカバーは西荻にある今野書店創業50周年記念の東海林さだおさん限定ブックカバー「夏」です。積読状況がばれるものでした。。

内容

本書は「webちくま」で連載された「人生につける薬 人間は物語る動物である」に加筆・修正したものです。

人は自分の身に起こったことについて、意味や背景のある『物語』にしてよく語りがちです。その実しやかに語られる『物語』は実態を表しているのでしょうか?そして、なぜ人はものごとを単一、もしくは独立の事象として処理せずに、連続性のある『物語』として語りたがるのでしょうか。

「物語」は、時に人を救い、安寧をもたらします。一方で、「物語」はその人の足かせになったり行動範囲を狭める枠組みともなります。メリットもデメリットもある「物語」。であれば、「物語」を理解すれば人はより生きやすくなるはずです。

本書ではどうして人が「物語」を作ってしまうのかについてのメカニズムを解明していっています。そして、その仕組みを理解してどのように「物語」と付き合っていけばよいかについて著者なりの考えをまとめています。

自身も周りの事象についても自分が理解しやすいストーリーに飛びついて足をすくわれかねない状況が続く昨今だからこそじっくり読んでほしいなと思った一冊です。

人はなぜ物語を求めるのか (ちくまプリマー新書)

人はなぜ物語を求めるのか (ちくまプリマー新書)帽子, 千野筑摩書房2017-03-06

内容を振り返りながら感想

物語化する行為には何の意味があるのか?
Photo by Suzy Hazelwood from Pexels

本書で千野さんは、ストーリーは人間の認知に組み込まれたひとつのフォーマット(認知形式)だといいます。あるできごと(本の中では千野さんの履歴書を例に用いています)を理解しやすくするために、その前後を説明します。その前後をともなった説明は時間の概念がなければ成立しません。その結果、できごとの説明は時間経過を伴うものとなり、自然と「物語」性を帯びるのです。ちなみに千野さんは本書において「ストーリー」という言葉を、世界を時間と個別性のなかで理解するための枠組み、として使っています。

一般的に文を作ることや口頭での伝達を「発話」といい、その「発話」の内容に上述の「ストーリー」があるとき、語り(ナレーション)となります。一方、いくつかの事実のみが書かれている場合でも、順番に読むことによって無意識のうちにストーリーを構築してしまいがちです。これはまさに人が理解しやすくするための行為と言えるでしょう。

この際、書かれていない情報について自身の経験を踏まえてわかりやすい、もしくは腑に落ちるものを補いつつ、「ストーリー」を完成させてしまうことがあります。結果、書かれていない事実を知って裏切られたと思うこともあるでしょう。ただし、この場合書かれていなかった事実を勝手に補ってストーリーを作っているのは自分自身でその人でないことには注意しなければなりません。

一方で、伝え手も、できごとのすべてを「ストーリー」として語りません。語る対象となるできごとはあくまで情報の伝え手が「報告する価値があるもの」と考えたものに限られるのです。そのため大元の発信者が「物語」として発信しても、受け手が再発信する場合に「物語」の一部が消えてしまう場合もあります。

正直に言えば、この振り返りながらの感想もそうです(そもそもすべてを伝えることは意図していませんが、そう思う人もいるかも知れませんからね)。

あくまで自身の中で大事、もしくは必要だなと思ったところをまとめているのですから。そしてそれは先にふれたように人によって異なるはずです。そういう意味でこの本はほかの本よりも個々人で読む必要があるのかもしれませんね。

このようについつい過不足ある「ストーリー」をもって、できごとを理解しようとするわけです。では、人が話すものはすべて「ストーリー」なのでしょうか。

一章の最後で千野さんはロシア文学を例に挙げながら、人が発話するのは必ずしも「ストーリー」を伝えたいからではないと言います。

例えば、時候のあいさつや商談に入る前の雑談等、それは「ストーリー」を構成しない会話です。それらを「交話機能」と呼び、話者と受け手とが「接触(コンタクト)」自体に意味を見出しているために生じるものと解説しています。それは社会で生きていく中で非常に基礎的な行為で、鳥のさえずりあいや動物同士のグルーミングから発展したのではないかとする学者がいることを指摘します。

つまり、人は言葉をものごとを理解するための「ストーリー」を伝えるためだけでなく、社会生活を維持するための「コンタクト」という機能としても活用していることとなります。そして、人間はこれらを行き来する中で社会の中で生きています。

前後関係と因果関係を混同してはいけない

Photo by Andrew Neel from Pexels

さて、本書では再び人間の「ストーリー」構築について深堀していきます。特に人間が起こす「ストーリー」づくりの間違いについてです。

人間は「退職を勧告します」や「別れよう」というメッセージを伝えられると「ストーリー」を探して、その非常事態、もしくは発生した非日常について理解しようとします。ここではなぜ、つまり、この発言を受けるに至った理由です。ただし、前後関係は必ずしも因果関係ではありませんし、逆もしかりです。

作中ではわかりやすい具体例として「祈祷師が雨ごいをした」、「雨がふった」という二つの事実があったとして、その因果関係が正しいかという話がなされます。この場合、本来は単なる前後関係のはずなのですが、信仰や文化が絡むと因果関係として扱われてしまうと。

しかも、一度因果関係が成立すると思った場合、それが当てはまらなかった場合、当てはまらなかった理由を探してしまうほどです。例えば、「祈祷手順が間違った」や「祈祷時間が足りない」といった。

たとえが雨ごいだから、現代に生きる私たちは間違いを指摘できますが、これがより微妙なものだったらどうでしょう。そうでなくともジンクスや都市伝説、民間療法は一定の条件の下で信じてしまいがちですよね。

では、なぜそうしてしまうのか。

千野さんは小説家エドワード・フォスターの指摘を紹介します。フォスターは時間順に叙述するストーリーのほかに、因果関係を説明するプロットだと講義録『小説の諸相(1928)』で説明しているとのこと。このプロットがあると人間は理解しやすいのだといいます。

そして、認知神経科学者マイケル・ガザニガのいう、左脳で行われるインタープリターのプロセスの背景には、起こったことの説明や原因を知りたいという衝動がある、という指摘を紹介して論理補強しています。この原因は科学的でなくとも納得感があれば、嘘でもよいそうです。そうすれば、人間は「わかった」状態となり、安心するのです。

さらに、人間は一つ一つの事例を積み上げて一般論を帰納し、それらの一般論から新たに演繹を行い、身の回りで起こった出来事を説明したがるそう。

ちなみに、先ほど挙げた「退職を勧告します」や「別れよう」のように、人々が理由を求めるとき、それは困難を伴っているときであって、その状況を打破して再び平穏を求めるものがストーリーだと指摘しています。上司がミスを自分に押し付けているとか、悪徳商法に引っかかってわかれなければいけないとか、事実はどうあれ、その人が腑に落ちればそれでいいのです。それで自身は納得し、次の行動を行うことができるのです(もちろん、次の行動に移れればいいのですが、固執してしまうと犯罪にもつながりかねないことは想像がつきますよね)。

また、この時人によっては過度な一般化等を行ったりもします。それは自身の「わかった」を助け、次の行動へとうつるためです。本書では小説や事実を使って様々な事例を紹介しています。 ただし、これらの例を読めば読むほど、人々は恣意的な解釈をしているんだと、気づかされます。そして、世の中はそれほど因果律的にできてなく、理由のないことなどいくらでもあると認識して、ありのままを受け入れることも必要だと思うようになります。

社会で行われている物語化の弊害と隠れてしまう真実

三章ではそのことを現実のものへと当てはめていきます。このとき例として用いたのが「黒子のバスケ」事件です。犯人の陳述の変遷と視聴者と犯人のきめつけに関する指摘は興味深いものでした。また、それらに類似する「実話」と「ほんとうらしい話」を人が混合してしまう点についても注意しなければならない点だと認識できます。

さらに四章では「物語」による一般論が社会に広く広まり、共通観念になったとき、それは義務や道徳となり、他人にも求める「べき論」にもなりやすいということ。しかもこの「べき論」を支える「物語」は非常に感情的で恣意性を帯びていることにも注意が必要なんです。

とくに世界を公正であるべきだと考えると自身を含めた当事者を攻めがちとのこと。ただ、ほかの章でも散々いわれているように世界はそんな厳格ではなく、そして、感情に駆られて行動すると選択肢を狭めることになり、「自由」を失ってしまうことになります。

結局、選択可能なものはできごとに対する態度だと千野さんは結論付けています。

そして、五章ではそれを発展させます。つまり、人は限られた知識や経験から得た一般論を作り上げ、それらをもとにストーリーや世界の中で多くのことを決めつけながら生きていることになります。それは人によっては苦しいことにもなります。

さらにその世界の中で、自分のライフストーリーを作ってしまいがちです。こういう人生がよい、こうなりたいと。そしてそれから外れると苦しむ。そして、それからはずれようとする行為には抵抗すらしがちです。

ただ、実際にはこのライフストーリーからの離脱は個人の自由であり、切羽詰まればもちろん、そうでなくとも解き放たれることによって自身で作り上げた「物語」につぶされることを回避できると千野さんは指摘しています。今の時代は共通の価値観も形成しづらければ、もしかしたら一般論も共有しづらいのかも知れません。だからこそ、「物語」を自分だけで醸成してそれにこだわるのは危険なのかもしれません。

少しだけ全体感想

千野さんも本書の中で指摘していますが、納得しかけたら疑えというのは本当に大切にしていきたいと思えるようになりました。本書もそういう意味では気を付けながら一意見として学ぶべきなのですが、私にとっては非常に「納得感」のあるものでした(笑)。

いずれにせよ「物語」のはざまで今日も生きていることを考えながら、今後どうあるべきか、考えるうえで非常に面白い本だったと思います。

あと、これは書き方のことですが、各章の最後に簡単なまとめがあって本文を振り返ることができる構成になっています。本文中で様々なことに触れていて難しい部分も幾分かあったので、非常に助かりました。

そして、最後に書き添えられた読書案内はとても参考になると思います。この分野を学びたい人はもちろん、そうでない人でもバイアスを持たない考え方、また「物語」に過度に縛られない自分を演出していくのにも役に立つんではないかなと考えています。ということで次の本が決まった瞬間でした。

本の概要

  • タイトル:人はなぜ物語を求めるのか
  • 著者:千野 帽子(ちの ぼうし)
  • 発行:株式会社筑摩書房
  • カバーデザイン:クラフト・エヴィング商會
  • 印刷・製本 :中央製版印刷株式会社
  • 第1刷 :2017年3月10日(初版)
  • ISBN978-4-480-68979-5 C0295
  • 備考:本書はwebちくま「人生につける薬-人間は物語る動物-(リンク)」を加筆・修正したもの(ちくまプリマ―新書 273)

関係サイト

次の一冊

千野さんの文章はnoteや「webちくま」でも多数読むことができます。ただ、まとめて読むとしたら本として世に出ているもののほうが読みやすいのかなと思っています。ということでこの作品の続編ともいう「物語は人生を救うのか」なんてどうでしょうか。同じちくまプリマー新書から2019年に出版されています。

今回の本を読んで同意した人も同意できなかった人ももう少し「物語」と向き合ってみてもいいのではないでしょうか。

物語は人生を救うのか (ちくまプリマー新書)

物語は人生を救うのか (ちくまプリマー新書)帽子, 千野筑摩書房2019-05-07

当サイト【Book and Cafe】では次の一冊に関する短い紹介文を募集しています。お返しは今のところ何もできませんが、ここにSNSアカウント等を記載した半署名記事をイメージしています。要は人の手によるアマゾンリコメンド機能みたいなものです。気になったかたはSNSや下のコメントもしくはお問い合わせ にご連絡頂けますと幸いです。

雑な閑話休題(雑感)

「黒子のバスケ事件」について上の感想では少ししか触れていませんでしたが、本書の中で、ページ数的にもメッセージ的にも大きなウェイトを占めていると思います。

当時はメディアでも速報ベースの報道や検証が行われていた気がします。そして、しばらしくして事件の検証や解説をした本がぽつりぽつりと出てきました。私自身は速報ベースの報道でこの本に書かれているいわゆる「わかった」気になっていました。ただ、この本を読んで改めて興味を持ち、渡邉さんの『生ける屍の結末: 「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相』を少しずつ読んでいます。

生ける屍の結末: 「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相

生ける屍の結末: 「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相渡邉博史創出版2019-04-01

本の中身はまたいつか紹介したいと思いますが、その心理の変遷たるやすさまじいものがありました。そして、改めて「物語」化して自己の中で増幅させることの危険性を感じることができました。もちろん、この本や今私が抱いている考え方すら、危ういのかもしれませんが、できごとを知って色んなひとをまきこみながら検証していくってのはいいのではないかなと思ったりしています。

まぁ、そんなこんなで今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。また次の記事でお会いできることを楽しみにしています。

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