エチオピアのコーヒーに何が起きているのか?

エチオピアについて感じること

参考:エチオピアにおけるコーヒーの生産エリア(Ethiopia: Coffee Annual May 19, 2023 | Attaché Report (GAIN) | ET2023-0014, USDA

エチオピア産のコーヒー、特にイルガチェフェ、シダモ、ハラー等で収穫されるものはその華やかでユニークなフレーバーゆえに日本にも多くのファンがいます。

しかし、エチオピアをめぐる状況は決して明るいものばかりではありません。主に北部で発生している民族対立や隣国であるエリトリアやソマリアからの難民の大量流入、そして遂には国の対外債務デフォルトが発生、貿易現場への混乱も発生しています。このように大きな枠組みで見ても混とんとした状況にあります。

では、コーヒーについてはどうでしょう。

最近参加したいくつかのエチオピア産コーヒーの試飲(カッピング)会で、参加者からは、「かつてのクオリティのコーヒー豆に出会うのが難しくなっている」、という発言をちらほら聞きました。

個人的にも確かに良いカップと出会うこともあるのですが、トップオブトップに出会うことが難しくなって、スペシャルティからギリギリスペシャルティ、もしくはハイコモディティのカップが多くなった印象を持っています。

また、かつて市場で一大勢力を誇っていたイルガチェフェ産コーヒーもかつてほどの勢いは感じられず、カッピング会やお店でも色んな地域の産地のものが確認されるようになった気がします。

各地域の品質を考えれば、イルガチェフェ産のコーヒー豆の価格が高くなって市場でみられなくなった、また他地域の生産品質が向上した、という簡単な問題だけではないと思います。

むしろ、イルガチェフェ産の品質の良いコーヒー豆の供給が減る一方、エチオピア産のコーヒー豆に対する需要があるためにほかの地域に割り振っているということではないでしょうか。

また、個人的に気になったのがタリーズコーヒーで時に、”本日のコーヒー”としても提供されていた「ウラガ・ナチュラル」の販売が終了し、後継の位置づけとしてエチオピア産のコーヒーではなく、タンザニア産のコーヒーが選ばれたと聞きました。価格、品質、量、いずれかの面で折り合いがつかなかったのでしょうが、非常に残念に思いました。

先に言った通り、エチオピア産のコーヒーは非常に華やかでフルーティーなキャラクターをもちます。過去、コーヒーが飲めなかった人もこれで印象が変わったなどのエピソードも多く聞くコーヒーです。だとしたら、現状認識のためにもエチオピアコーヒーに何が起こっているかについて整理してみることは重要だと考えました。

以下、最近特に話題になっているトピックをまとめていきます。気になった話題等ありましたら、下のコメント欄で教えて頂けると嬉しいです(場合によってはさらなるフォローアップも考えていきたいと思います)。

コーヒーの長期的な収穫を待てない農家

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By USAID Africa BureauFemale coffee farmer in EthiopiaUploaded by Elitre, Public Domain, Link

コーヒーはほかの作物と同様、もしくはそれ以上に長期的な生育(育苗から収穫まで最短でも約3年、一定量の収穫量を得るには5年から7年以上かかるともいわれます)が必要で、その後も土壌の維持・改良が必要です。

しかし、エチオピアでは度重なる経済低迷と世界規模のインフレにより、肥料等にお金をかけられず、多くの土地で土壌がやせていっているといわれています(エチオピアの輸入品目で肥料は常に上位にランクインしていますが、支払いに外貨が必要となり、肥料の輸入環境は厳しさを増しています)。

また、The Coffee Daily Podcast by Map It Forwardでエチオピアのコーヒー豆輸出会社のHeleanna Georgalis氏に対して行われたインタビューでは上述の事象以外にも、エチオピアの農家がより簡単な方法で収入を得ることができるユーカリを植え始めたと伝えています。ユーカリは紙パルプや建築資材の原料となると同時に、日々の料理のための火持ちの良い焚火として使えます(ユーカリは100年以上前にエチオピアに持ち込まれていますが、近年ユーカリが持つ水分を大量に吸収したり、ユーカリの葉っぱが落葉した際に他の植物の生育を妨げるといった性質が問題視されています)。

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By Elias Tesfaye (Shagiz Adonay)Own work, CC BY-SA 4.0, Link写真はチャット

また、ユーカリはコーヒーよりも特段の手入れを必要としないことから、農家の日銭稼ぎとして人気になっているとのこと。そして、これらの輸送のために働くトラック運転手や労働者が好んで摂取するものとして合法ハーブとして取引されるチャット(カート)も同様の地域で育てられるようになっていて、これらが複合的にコーヒーノキの栽培と競合しているというのです。

加えて、本来であれば土壌改良とともにコーヒーノキを植え替えしていかなければ、コーヒーノキが老齢化して収量が落ちてしまいます。しかし、上述のように農家に余裕がなく、また以前であれば自然と新しいコーヒーノキが生育したところにユーカリやチャットを栽培しているため、コーヒーノキが減ってしまって、コーヒーの生育環境にとって悪いスパイラルを起こしているとも述べています1

さらに衝撃的なことですが、2023年ある地域ではコーヒーの収量が芳しくなかった結果、ウォッシングステーションは稼働日数が減り、いくつかのウォッシングステーションは稼働すらしていないものもあったとのことです2(Podcastの出演者が現地を訪れた際の出来事で現地の人とも話したと言っていますが、より詳細な事実確認は必要かもしれません。ここでは衝撃的な内容だったため、一応話題に挙げています)。

これらの出来事が一過性かどうかは不明ですが、エチオピアのコーヒーにとって決してプラスとなるとは言えないと思います。

EUDRの影響

EUDR top page
EU CommissionのEUDRに関するページ

これはエチオピアならず、ヨーロッパ向けの輸出産品を抱える国にとって喫緊の課題となっています。

EUDRとは欧州森林破壊防止規則(EU Deforestation Regulation=EUDR)の略称で、ヨーロッパ向けに特定産品(パーム油、牛肉、木材、コーヒー、カカオ、ゴム、大豆の7品目の農林産品、及びこれらから派生する皮革、チョコレート、家具、印刷紙、ゴム製タイヤなどの加工品が対象。関連産品は非常に複雑でHS Codeでのきちんとした確認を推奨します)を輸出する場合、2020年以降に非合法に森林伐採された土地でこれらの産品が栽培されていないことを今後、証明する必要があるというものです。

この規則に違反した場合、最大で事業者の前会計年度のEU域内売上の4%以上が罰則金として課されることとなっています。この他にも違反者の名前の開示や公的機関への入札からの締め出し等、非常に重い罰則があります。

EUDRの適用は、大企業に対しては2024年12月30日から、中小企業に対しては2025年6月30日から開始されます。一方、詳細なシステム登録手続きやフォーマット等は現時点で調整中で事業者の準備が間に合わないというのではないかという話も一部あります。

ただ、EUDRの導入をにらんで、すでにヨーロッパの企業は社内の体制整備及びシステム投資等を始めています。もちろん、ヨーロッパ向けの産品を仲介や加工して輸出する日本の企業も対応せざるを得ないため、関連情報はヨーロッパの規則にもかかわらず日本語でも多く掲載されていますので、興味がある人は調べてみてください(ヨーロッパでは非常に大きなビジネスチャンスと捉えられていてYoutube上でも多くの解説動画があがっています)。

少し脱線したのでこの規則のコーヒーへの影響に話を戻しますと、ヨーロッパにある企業で域内で産品を販売する場合、調達先の企業が非合法に森林伐採等を行っていないことを証明する必要があります。コーヒー豆の場合、ヨーロッパのインポーターが現地のエクスポーターや仲介業者から生産者情報を吸い上げる(正確には衛星等による地図情報やポリゴン等の情報を含む書類作成をしてもらう)必要があります。

このサプライチェーンに関する情報を集めるのは非常に難しいものです。というのも、現地エクスポーターの先に何層もの関係者(例:エクスポーター→取引所or中規模農協や農家による共同団体(農協より小規模)→ウォッシングステーションや乾燥場所等のプロセッシング設備を持つ小規模農協or村単位の収集もしくは仲介業者→家族単位のコーヒー豆農家。これが各階層で複数いることもある)がいるからです3

そのため余裕のあるヨーロッパの会社は罰則金を恐れてエクスポーターやインポーターを選定することが想定されます(実際サプライチェーンの透明化を目的とした再構築のための業者選定は当初から欧州委員会レベルで想定されていました)。また、インポーターレベルでもこれらの書類作成能力のある農協や仲介業者が選んで、それ以外の業者を排除しかねません。

その結果、これらの規則にこたえられなかったコーヒー豆は売れず、零細仲介業者はもちろん、その大もとである農家まで収入を得られないことが発生するかもしれません。

これに対して、エチオピアのコーヒー取扱業者をはじめとする、多くの国の生産者が政府や関係団体を巻き込んで抗議の声をあげています。一部ではEUの新たな規制による帝国主義だという過激な発言まで出てきています。

ただ、EUとしてはEUの消費活動によって毎年多くの森林伐採が発生していることに危機感を抱いていて、そのような背景からこのEUDRの導入が決まっています。そのため、今後微修正等は行われるかもしれませんが、運用されていくのは間違いなく、関係者は対応するしかありません。ちなみに似たような制度はすでにイギリスやアメリカにもあり、また検討中の国も多いため、遠からず日本にもこのような規制が導入されるのはないかと思われます。

いずれにせよ、現在エチオピアからヨーロッパ向けに輸出されるコーヒー豆は、コーヒー豆の総輸出量のうち3割以上を占めています。仮にヨーロッパへの輸入基準に沿わなかったコーヒー豆が出てきたとして、ほかの国に割り振るといっても、割引なくさばくことはできないと現地のエクスポーターが言っており、EUDR対応への難しいハンドリングが求められています。最悪の場合、コーヒーのサプライチェーンに混乱をきたす可能性もあるかもしれません。

温暖化とともに起こる天候不順と耕作適地の減少

キュー王立植物園発表レポートより抜粋(リンク)。グラフは1953年から2012年までの温度と雨量の変遷を示したもの

継続的に話題となっている温暖化についてはどうでしょう。少し古いレポートですが、イギリスの植物研究機関であるキュー王立植物園が2017年に発表した調査では1960年から2006年の間にエチオピアの平均気温は3℃あがっていて、これは10年で0.28℃の上昇となり、特にコーヒー生産地が多くある南部地域では0.3℃の上昇がみられたことを報告しています。

また1948年から2006年にかけてエチオピアの雨量は10%程度減少していて、場所や期間を限定するとより減少していると報告しています。

Representative Concentration Pathways(代表的濃度経路)という気候変動モデルの予測によれば、排出シナリオ次第という条件はあるものの、エチオピアの気温は2060年代にさらに1.1℃~3℃、2090年代には1.5℃~5.1℃の上昇し、コーヒーの耕作適地はより高地になってしまう可能性があります。また、現在朝昼の寒暖差によって実現できている華やかな酸は失われる可能性すらもあります。

この報告書ではコーヒー農園のリロケーションを中心に、抜本的に農法を近代化しなければいけないと指摘しています。ここでは表現をマイルドにしていますが、原文は相当危機感をあおるものとなっていました。

もちろん、上のシナリオに対して多くの機関が対策を練っています。品種や土壌の改良にも取り組もうとしています。しかし、それらを上回る形で経済や生育環境が厳しさを増しています。

USDAは引き続き堅調な生産を予測

Year2020/212021/222022/232023/24(予測)
生産高(000 tons)478489496501
耕作面積(1000 ha)542585590600
生産性(ton/ha)0.820.840.840.83
2023年5月発行のUSDA Ethiopia Coffee Annualによる予測によれば、生産量の低下は予測されていません。

上の表は2023年5月にアメリカ農務省(USDA)によって毎年発表されているEthiopia Coffee Anualによるものです。

このレポートによれば、上述のような困難な状況があるにもかかわらず、エチオピアのコーヒー生産量および生産性の低下は少なくともこのデータからは確認できません。

なお、この表は2020年以降のものですが、それ以前の記録をみても基本的には近年エチオピアのコーヒー生産は右肩上がりの状況です。ただし、いずれのデータも2023年5月以前のものであり、その点は注意する必要があります。

また、Cup of Excellence(コーヒー豆の品評会)で入札されたコーヒー豆の過去の入札金額を確認しても下がっている傾向はなく、むしろ徐々に高価格化しています(ただし、最高スコアは90.06~91.40で他の国のCOEスコアと似ているので、エチオピアにはもっと高くあってほしいという想いもあります)。

これらを考えると目先だけをみれば、そこまで危機的な状況ではないのかもしれません。ただ、近年エチオピアコーヒーにとっていくつかの側面で転換点を迎えつつあることは否定できないと思います。

もしこれを読んでいる方がエチオピアのコーヒーが好きならば、引き続きエチオピアのコーヒー産業を注視して自分なりのサポートを考えることが有用かもしれません。

それは一杯のコーヒーを消費することだったり、友人との話題にすることだったり、何でもいいと思います。

個人ができることを継続的に行い、結果としてエチオピアに注目を集めていれば、問題が顕在化した際に世間のサポートは得やすいでしょう。もしかしたら、何か問題が発生する前に防ぐこともできるかもしれないのです。

いずれにせよ、USDAからは近々エチオピアのCoffee Annualが発表されるでしょうし、COEも7/8-12で国際審査員によるカッピングがなされるようなので、これを以てより現地の状態がわかるかもしれません。当サイトでも引き続き情報をアップデートしていきたいと思います。

  1. The Daily Coffee Pro Podcast, Heleanna Georgalis, Managing Director of Moplaco Trading #1117, ↩︎
  2. The Daily Coffee Pro Podcast Matt Toogood, Raw Coffee CEO#1122 ↩︎
  3. VALUE CHAIN ACTORS & MARGINS ANALYSIS Figure 7: Coffee Value Chain Map (Page 9), Value Chain Analysis: COFFEE Feed the Future Ethiopia Value Chain Activity ↩︎

参考:‘We would not survive without coffee’: how rules made in Europe put Ethiopian farmers at risk (Guardian), Ethiopia: Coffee Annual May 19, 2023 (USDA) , The Daily Podcast by Map It Forward #1117~1113, ユーカリ植林と環境問題 ― ブラジルでの議論を中心にして, Eucalyptus in Ethiopia Risk or Opportunity?, Deforestation Regulation Implementation (European Commission), HOW THE RAINFOREST ALLIANCE SUPPORTS EUDR COMPLIANCE FROM FARM TO RETAILER (Rainforest Alliance) Navigating EUDR: An Introduction and Next Steps, Coffee Farming and Climate Change in Ethiopia Impacts, Forecasts, Resilience and Opportunities(Kew) Cup of Excellence

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