【本紹介・感想】人類は酩酊しながら、失敗と進歩を繰り返した『酔っぱらいの歴史』

酔っぱらいの歴史 装幀

ドライなオーストラリアを目指して

Thomas Watling View of Sydney.jpg
By Unknown (after Thomas Watling) – Art Gallery of South Australia, Public Domain, Link

オーストラリアへの入植を推進したシドニー卿は、新大陸をドライな(禁酒のこと)植民地にしようとしましたが、上手くはいきませんでした。入植者は先に触れた通り囚人で、一部は軍人だったりもしました。前者はいち早く自由を得て、蒸留作業をさっさと始めてしまったそう。

現地を監督するはずの総督らも、この行為をみてみぬふりをするどころか、積極的にコントロールしたそう。専制君主のように酒を分配し、現地の開墾を進めました。

とにもかくにも蒸留酒の取り締まりは失敗、その後に赴任したマッコーリ総督はうまい具合にこれらを許しつつ、統治する方法を思いつき、結局その後これらから得られる収益でオーストラリアの病院やインフラが築かれることとなります。

それを正そうとしたのが、「バウンティ号の反乱」で知られるウィリアム・ブライ船長だった。もともと彼は選民思想と自身が正しいと思う偏った性格の持ち主で、それをこの新大陸への着任と同時に発揮してしまったそう。現地ではすでに飲酒は欠くことのできないものだったため、住民らが暴動を起こし、結果としてブライ船長は1年ほど幽閉されることになります。この過程はまるでパイレーツオブカリビアンのよう。あちらはカリブが舞台だけど、アルコールの用い方とかはよく似ている気がします。

ここまで読んで、人間、過酷な環境におかれるほどにアルコールと切り離せなくなるのかもなんて思わざるを得ません。また、飲酒とは関係はないのですが、現代に続く都市や銀行グループ名をきくと、何か嬉しいものですね(本当に関係ない感想)。

西部の酔っぱらいに対抗するための婦人運動

TemperancePropaganda.jpg
By Library of Congress (Life time: 1871) – Original publication: Library of Congress Prints and Photographs Division Immediate source: http://www.pbs.org/kenburns/prohibition/photos/#page=3, Public Domain, Link

もうひとつの新大陸アメリカで、1797年に最大量の蒸留酒を生産していたのは初代大統領ジョージ・ワシントンでした。ちなみに彼が議会議員に選出される際には、投票権を持つ多くの人に酒をふるまったそう。そして軍隊に所属しているときには、かつてふるまわれた以上のラム酒を部下に配って信頼を集めたらしい。そしてこれに対して当時目くじらを立てる人はいなかったらしい。何ともおおらかな時代です。

いずれにせよ、彼はその後ウィスキー作りに相当入れ込んだらしく、蒸留回数やフレーバー付け、等々に挑戦した記録が残っているという。ちなみに、北米の植民地は先ずビールが普及したそう。ただ、ビールは輸送に向かない。そのため、海岸沿いではビール文化は花開くものの、内陸に行くと人気がないのはこのため。また、ラム酒は輸送には向いたが、海岸沿いから運ぶため、結局コストがかかってしまう構造となった。結果、内陸で作ることのできるウィスキーに人気を奪われていくこととになります。

アメリカは新しい土地と富を求めて西へ西へと邁進します。西部はそれだけ豊かで、開発が進むと労働力が流入してきました。

そして、労働力の流入はバーテンダーも引き連れてきました。そして、ウィスキーを飲む場所として誕生したのがサルーンでした。当初のサルーンはテントのしたで、樽に一枚板をのせ、バーテンが酒を振る舞うというものでした。なぜなら、彼らは東部から来たため、荷物を絞る必要があったから。

残念ながら、西部映画でよくみる街の中央にあってスイングドアから入ってカウンターに向かうというものではなく、街にはいくつもあって悪者と会って即座に決闘となることはなかったらしい。

もちろん当時の西部では誰もが銃を持っていたのだから、それは使われ、実際に死人も出たらしい。ただ、それ以上に当時のサルーンは開拓者を孤独から救う社交の場でした。

しかし、時代が下り、開拓者が家族と共に定住するようになると厄介な男たちも出てきました。仕事場からサルーンへ一直線で向かい、そのまま入り浸るという。その結果、家族、とくに女性は家で貧困に喘ぐことになりました。さらにひどいことに、たまに家に戻ってきた男は家で暴力を振るったのです。もちろん、すべての家庭がそうではなかったはず。ただ、彼らの家庭は偲び耐えるにはあまりにひどかった。

この状況に虐げられた女性たちは団結して立ち上がりました。家庭内暴力と貧困に対抗するため、その原因と考えられた反サルーン連盟を作ります。この活動は、先進的な西部の活動家や過激なアクティビスト等を巻き込みつつ、アメリカの憲法を修正するに至ります。それが憲法修正18条。ただ、この過程で当初の反サルーンという理念を大幅に超えて、アルコール全体を悪者にしてしまい、出来上がったのはサルーン禁止法ではなく、禁酒法でした。

その結果、一部の地域(都市部)を中心にギャングの台頭とウィスキー職人の絶滅によるウィスキーの味の退化を招くことになりますが、それでもこの法律は、弱者が法律の枠組みで救済されるということを示した大きなものと考えられています。・・・まぁ、単なる悪法だったという見方もありますが。。。

全体を通して

一部の章を割愛しながら、本書を振り返ってみました。いかがでしょう。

冒頭で筆者は本書のことを酔っぱらいに関する小史といいながら、飲酒の分化に関して幅広く取り扱った社会史だったような気がします。

この他にロシアとイスラム圏に関する記述も面白く、人間にとってお酒、そしてその先にある酔っぱらうという行為が、時にはよく、時には惨憺たる結果を生むことがよくわかります。

著者も言っていますが、人間とお酒はこの先も切っても切れない仲でいることになるんでしょう。だとしたら、私たちは酒や酔いの悪い面を認識しながらも、その良い面を活用しながら、明日も酩酊すればいいのかな、なんてのんきに思ってしまいました。なぜなら、それがお酒との付き合い方だと思うから。

この本を読んだ今、そんな前向きで陽気な気分になることができました。

本について

本の概要

  • タイトル:酔っぱらいの歴史(原題:A Short History of Drunkenness)
  • 著者:マーク・フォーサイズ(Mark Forsyth)
  • 訳者:篠儀直子(しのぎなおこ)
  • 装幀:村松道代
  • 発行:青土社
  • 印刷・製本:シナノ印刷
  • 初版:2018年12月25日 第1刷印刷、2019年1月15日第1刷発行
  • ISBN978-4-7917-7127-1 C0020
  • 備考: Japanese translation rights arranged with PENGUIN BOOKS LTD, LONDON through UNI Agency, Inc., Tokyo

関係サイト

インドで行われたイベントに本書の紹介もかねて登壇した著者

YouTube上では本書の内容について詳しく語ったものもあります。本書の内容の一部とそれを書くに至った動機について詳しく語られていますので、気になった方はチェックしてみるといいかも。

次の一冊

この本の巻末に参考文献一覧があります。そこには以前このブログで紹介した『歴史を変えた6つの飲物 ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、茶、コーラが語る もうひとつの世界史(リンク)』もありました。もしタイトルから興味を持たれた方はそちらをチェックしてもらうとして、アメリカの禁酒法時代も深堀するのは面白いかもとおもっています。

酒が語るアメリカ裏面史

酒が語るアメリカ裏面史 [単行本(ソフトカバー)]

グレン・サリバン, 洋泉社, 2015-06-11

もしくはジンやラムについて掘るのもいいかも。最近はブームとも言いますし。そこで登場するのが原書房の『「食」の図書館シリーズ』。こちらにはジンやラムに関する一冊があります。

ジンの歴史 (「食」の図書館)

ジンの歴史 (「食」の図書館) [単行本]

レスリー・ジェイコブズ ソルモンソン, 原書房, 2018-05-28

もちろん、その他の酔いどれの歴史を追うのもありかなと思います。それらに関してはぜひご自身で。そして、もし面白そうなのをご存知だったりしたら、教えてくださいませ。

当サイト【Book and Cafe】では次の一冊に関する短い紹介文を募集しています。お返しは今のところ何もできませんが、ここにSNSアカウント等を記載した半署名記事をイメージしています。要は人の手によるアマゾンリコメンド機能みたいなものです。気になったかたはSNSや下のコメントもしくはお問い合わせ にご連絡頂けますと幸いです。

雑な閑話休題(雑感)

マーク・フォーサイズ氏の講演はTEDのものに限らず、youtubeにもいくつか掲載されています。ただ、TED並みの日本語解説はなされていませんが(じゃ、TEDのリンクを貼れよと言われるかもしれませんが、リンクを貼るとサイズが崩れてあまりにも美しくないので、Youtubeページにしています。ごめんなさい)。。。

いずれの講演もユーモラスを交えながら観客にテーマを語り掛け、いつの間にか人心を魅了しているような気がします。しかも、用いるたとえや引用が誰にでもわかるようなもので、思わず自分の経験を振り返りながら講演にのめりこむことができるんですよね。本当、面白い作家であり、良いプレゼンターだと思います(まぁ、一部の映像では若干身振りが多い気もしないではありませんが。。。)。

TEDをザッピングしていると、時たま、コメディ番組かと思うようなひと煮であることがあります。個人的に今更は待っているのがJames Veitch 氏。彼の『返信してみた』シリーズはあまりにもくだらなく、でも何となく想像した通りの展開となっていって面白いものがありました。ネイティブでなくとも楽しめる内容というのもいいのかもしれませんね。ちなみに彼はYouTubeページも持っていて暇なときに適当に流していると英語の勉強に・・・なるかどうかはわかりませんが、まぁ、良い気分転換になるような気がします。

酔っぱらいの歴史 装幀
最新情報をチェックしよう!