【本紹介・感想】戦争でも人物でもなく、飲み物から見た歴史『歴史を変えた6つの飲物 ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、茶、コーラが語る もうひとつの世界史』

内容

本で紹介されている様々な飲み物は現在も私たちの食卓に欠かせない。

古代から現代にいたるまで、人類の発展には飲み物の確保が常について回った。狩猟をしていた頃も、その後、定住して土地を耕すようになってからも安全な飲み物の確保は重要だった。

人類は、常に入手可能で衛生状態も問題ない、もしくは保存可能な飲み物を手に入れることによって生存圏を拡大していった。

飲み物を安定的に確保できるよう水源近くに拠点をつくり、人々は大きな集団社会を形成するようになる。やがて、支配者は人々が安全で楽しめる飲み物を確保することに尽力し、それを人々にふるまうことにより権勢を誇り、より味がよく、質の高いものを求めるようになった。

社会が複雑化していくと、飲み物やその原料は交易品目にもなり、労働を効率化するためのもにもなった。そして今や世界のどんな場所にいても、我々は飲み物を入手できるようになった。

この本では、人類史に影響を与えた、もしくは時代の転換期に大きな役割を果たした6つの飲み物を取り上げ、それぞれにまつわる大きな歴史のうねりを説いている。

また、大きな流れとは別に、各飲み物のトレビアも沢山収録されていて、読者の様々な知的好奇心を満足させてくれる、一冊に仕上がっている。

歴史を変えた6つの飲物 ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、茶、コーラが語る もうひとつの世界史

歴史を変えた6つの飲物 ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、茶、コーラが語る もうひとつの世界史 [単行本]

トム スタンデージ

楽工社, 2017-05-26

本書を振り返りながら

内容を簡単にまとめながら振り返ってみたいと思います。簡単に感想を書くだけに留めようかと思ったのですが、本の凄さを伝えきることができないと思ったので、このようなまとめる形にしてみました。

本書は後に続く文章とは比較にならないくらい濃く、情報に富んでいます。また、どこかで使いたくなるようなトレビアや深追いしたくなるような文献リストもついています。

文章を読んで、少しでも興味を持っていただけたら、ぜひ書店でお求めください。よろしくお願いします(ご安心ください、別に洗脳もされていませんし、回しもんでもありません)。

古来より飲まれていた安心な飲み物、それはビール

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By E. Michael Smith ChiefioOwn work, CC BY 2.5, Link

ビールの発見は偶然のものだったといわれている。各地域に残る神話や寓話でも神々が偶然発見したという逸話もあるほどに。そのため、早くから神々への供物と結びついていた。

人類はこの比較的、安全な飲み物であるビールを安定的に生産する必要があったため、ビールの原料となる穀物を生産する必要に駆られ、定住するようになった(もちろん、著者はこの説を論拠とするのは危なく、一つの理由であろうと控えめな主張をしており、その点で読者を安心させてくれる)。 当初、食べるものをみなで確保していたが、一部がこの管理をするようになった。 それが神官だったり、醸造師だったりする。彼らはいち早く生産活動から解放され、工芸や大規模建設へもつながる。一方で、職業の分化は身分制度も生んだともされている。

さらにエジプトでは食料の支配者による配給・管理が進み、ビールやパンは灌漑事業への参加の対価として支払われるようになった。なお、紀元前2000~1000頃には、ビール製法も確立していることが確認できる文献もあり、それは古代文明が栄えた時期とも符合しており、ビールは文明の進歩に一定の功績があると言えよう。

上流階級から普及し、ブランド導入したワイン

Banquet Louvre Kylix G133 by Cage Painter.jpg
By Cage Painter – Jastrow (2008), Public Domain, Link


紀元前870年、中東地域でアッシリアが新しい首都を完成させ、宴席を開いたが、この時に王が飲んでいたものはビールではなく、当時まだ珍しかったワインだった。来客にもビールと同量のワインをふるまい、アッシリアの富と権力を誇ったという。

ワインは当時特定の地域で少量しか採れず、そのことを指し示すように、当時の絵画において権力者は富の象徴であるワインと共に描かれていた。

一方、ワインそのものは新しいものではなかったという。紀元前9000ー4000年の間アルメニア及びイラン北部で普及していたという。ただし、その後ひろく普及するには、①海運業の発展による取引増大、②農業技術の進歩によるぶどう生産量の拡大、③支配している国の規模拡大による取り引きコスト (税金と交通料)等 の低減が必要だったという。

ワインの普及に成功したのは領土が大きくなったギリシアとローマの時だった。
ワインは文化の発展にも貢献する。ギリシア人はシュンポシオン(シンポジウムの語源)でワインを飲みながら、議論を大いに交わした。その際、ワインが下を滑らかにしたのはいうまでもないだろう。歴史家エウリデウスは『バッコスの信女』で「地中海沿岸の人々はオリーブとブドウの栽培をしったときに未開状態を脱した」と記した。それくらいにワインは文化の象徴だった。

しかし、棚栽培の導入によるワインの商業生産の成功は、当時地中海一帯を支配していたローマに穀物不足をもたらし、富の格差も拡大した。そして、それは帝国崩壊へと続く、多くの反乱等を招く原因ともなった。

ちなみにワイン生産の拡大は、品種や地域へのこだわりに及ぶようになる。当時の料理本『ガストロノミア』ではワインを地域毎に分類してその味によって詳しく格付けもなされていたという。ワインのブランドはこの当時から始まっていたことを考えると今のように関連書籍が出てくるのも納得できよう。

そして、ここでもワインは宗教と結びつき、キリスト教の象徴的な飲み物となった。最後の晩餐で食べたパンは宗派によって解釈が異なるが、ワインを飲んだことは共通している。

次のページではついに大航海時代に船員や移民の開拓を支えた飲み物・蒸留酒の章へ

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