このサイトでもたびたび取り上げているQグレーダー周りの情報ですが、今回の記事ではQグレーダーシステムの運営権の譲渡(正確には事業譲渡ではなく、運営者の変更として公表されていますが、ここでは便宜的に譲渡という言葉を使います。)に関する公開情報、巷での噂等を整理しつつ、私自身のもやもやしている気持ちをまとめました。なお、本記事の前提知識として必要に応じて以下記事を参考にしてください。
過去記事:一部Qグレーダー資格の運営がCQIからSCAへ, Qグレーダーはこの期間の更新がお得
事業譲渡は限られた人たちで行われた
Specialty Coffee Association(SCA)がCoffee Quality Institute(CQI)からQグレーダーの運営権を引き継ぐことについて事前に知っていた人は非常に少数でした。
これは事業譲渡や会社の買収等に関わったことがある人なら容易に推測できるはずです。関与者を多くした場合、意見の収拾がつかなくなり、時間がかかってしまうことがあります。それを回避するために少数の関係者で意思決定をすることが多くあります1。ただ、そうはいってもSCAもCQIも大きな事業再編に当たるため、意思決定機関にはきちんと諮っているはずです。それが直前で、きちんと情報管理が行われいたため、外に漏れることはなかったんでしょう。
実際、SCAからQグレーダー事業の事業譲受について発表された際、少なくないQインストラクターが驚きとその事実に対する怒りともいえる意見を表明していました。中にはこの乱暴な事業譲渡に対して否定的なポジションから明確に非難を表明している人もいました。それらは末端のQグレーダーである私にとっても衝撃的でした。
この出来事について、以下では両組織の特徴を確認し、今回行われた事業譲渡に際してどのような背景があったのかを推察・整理します。上にも書きましたが、歴史の変動期に外野からはこういう風にみえたということを意識しつつ、まとめましたので、気軽に読んでいただければ幸いです。
Coffee Quality Institute(CQI)の運営規模
会計年度 | 2020 | 2021 | 2022 | 2023 |
総収入 | $1,463,751 | $2,196,123 | $2,622,774 | $2,631,192 |
Q関連収入 | $861,649 (58.9%) | $1,521,996 (69.3%) | $2,059,863 (78.6%) | $2,129,459 (80.9%) |
純損益 | -$31,661 | $648,920 | $454,954 | $369,646 |
総資産 | $542,763 | $1,305,500 | $1,725,069 | $2,068,175 |
純資産 | $504,235 | $1,153,155 | $1,608,109 | $1,977,755 |
Coffee Quality Institute(CQI)はコーヒーの品質の向上を通じて、コーヒー生産者の生活向上を目的に設立された機関です。もともとはSpecialty Coffee Association(SCA)の科学的なアプローチを用いてバリスタトレーニング等を行っていた部門が独立してSpecialty Coffee Institute(SCI)となり、後にCQIと改名した経緯があります。そして、このコーヒーの品質向上を促すための(コミュニケーション)ツールとして用いられたのが当時統合前のアメリカスペシャルティコーヒー協会(SCAA)が作った評価基準とカッピングフォームでした。
そのため、CQIの前身だったSCIはSCAAとともにこれらのツールの普及に努めるとともに、カッピングフォームに精通した人材を育成することとなります。この人材育成について、当初はSCAが認定する形をとっていましたが、CQIの名称変更したころにQグレーダーという枠組みを作り、CQIが教育と資格制度の普及を行うようになりました。
ここで想定外だったのはそもそもQグレーダーのシステム自体は生産国で品質評価ができる人材を育てるという目的があったのですが、ふたを開けてみると消費国でのニーズが上回ったのです。そしてスペシャルティコーヒーの普及とともにその何たるかを語ることのできるQグレーダーは消費国でよりその品質評価能力を発揮するようになりました。一方の消費国では、教育機関へのアクセスが限定的であること、教育費用が高いこと等から普及がなかなか進みませんでした。近年では生産国向けにファンドを組成し、そこから資金援助を行い、一定の成果が出始めたところでした。
さて、このCQIですが、年間売上2.5百万ドル程度の事業規模となっていて、そのほとんどがQグレーダー関連(教育、資格更新、Qグレード認定等)の収入になっています。また、CQIの専任の人員も非常に少なく、2023年12月の納税書類では15名が雇用され、10名がボランティアとして協力したと記載があります。
最近ではアメリカ政府を中心とした各国政府からの助成金事業にも力を入れて、より生産者支援を明確にしていますが、この分野への伸長が今回あだになった可能性があるとも思われます。
いずれせよ、コロナ期間中は対面での実技試験等を伴うQ資格関連の収入が激減したため、非常に厳しい局面を迎えていました。期間中にコロナ対応期間中のプロトコル等を作り、対応しましたが、非常に財務的な脆弱性を認識せざるを得なかったと思われます。
Specialty Coffee Association(SCA)の運営規模
会計年度 | 2020 | 2021 | 2022 | 2023 |
総収入 | $6,875,639 | $14,628,772 | $15,308,064 | $19,482,937 |
純損益 | -$1,203,650 | $3,354,355 | $4,009,430 | $5,362,385 |
総資産 | $5,211,605 | $12,863,204 | $18,879,785 | $24,147,527 |
純資産 | -$1,679,427 | $3,525,090 | $7,444,368 | $12,810,164 |
一方のスペシャルティコーヒー協会(SCA)は 2017年にアメリカ(SCAA)とヨーロッパ(SCAE)のスペシャルティコーヒー協会が統合されてできた組織です。主な収入は教育、イベント、出版物等となっていて、年間売上14百万ドルです。中でも教育とイベント関連の収入が多く、こちらもコロナ期間中に収入減を経験しましたが、現在、教育ではSCA Coffee Diplomaを、イベントではWorld of Coffee等を世界展開して大きな収益をあげています。なお、2023年の納税書類によれば、職員数は33名、ボランティアが750名と記載があります(ただし、750名はイベント等のスタッフと考えられます)。
そして直近ではスコアリングフォームを含めたコーヒーの評価方法を再構築すべく、大学や研究機関を巻き込みながら研究を進めて、昨年の秋に「Coffee Value Assessment (CVA)」を発表しました。
ただ、世間的にはQグレーダー体制が浸透しているので、新しい評価方法を発表しても業界標準になるのには時間がかかりそう、もしくは難しいのではないかと言われていました。
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