【本紹介・感想】本格的にコーヒーの味を知りたい人のための『スペシャルティコーヒーのテイスティング』

【内容】

この本は堀口珈琲創業者である堀口俊英氏が創業以来培ってきたコーヒーのティスティング(カッピング)ノウハウと堀口珈琲の現場を退いてから東京農大大学院に入りなおして学んだ理化学的な見識の融合を試みた挑戦的な作りとなっています。

前半は堀口珈琲を1990年代に創業してから2010年代に事業継承するまでの経験をまとめつつ、どのような想いで事業を拡大し、独自の仕入れルートを当時の同志と作り上げ、そして事業継承していったか、そして、これに繋がるところでもありますが、大学院にどのような課題をもって入りなおしたのかについて詳述されていて、さながら著者の堀口氏の人生録となっています。

そして、内容は堀口氏の人生録からうまくスライドするように既存テイスティングの物足りないところ、課題に対する一つの解決策としての理化学的な分析手法を既存ティスティングへ導入し、融合させることへの可能性について解説していきます。

もちろん、既存のテイスティングについても詳細な解説が本書ではなされています。堀口氏はかつてアメリカスペシャルティ協会(旧SCAA、現SCA)の公認カッパーでもあったため、その手続き(手順)や方式には熟知しています。自身の知識を余すことなく、本書で披露すると同時に巷で出回る多種多様で個性的なフレーバーコメントについて問題点を指摘し、本来のテイスティングはより簡潔で明確なフレーバーのみについて言及すべきと警鐘も鳴らします。

そのうえで自身が開発した評価方法について開陳、そのうえで2つの評価方法を併用しながら、各国のコーヒー豆を品種、精製方法と様々な角度から評価していき、各特色を解き明かしています。また、評価にあたってはテイスターのスコアと味覚センサーの数値等をはじめとする計数との相関を示しつつ、各評価の妥当性を示したり、逆に相関が低い場合はなぜそのようになるかの仮説も紹介しています。

本書は初心者に必ずしもお勧めできるものではありませんが、コーヒーのテイスターとして力をつけていきたいと考えた時にお勧めしたい最適な本となっています(コーヒー初心者として本書を買う場合は堀口氏のスタディ・オブ・コーヒーと一緒に購入することをお勧めします。より平易かつ全体感がわかる本でありながら、本書へのブリッジ的な記述も多くあります。)。

スペシャルティコーヒーのテイスティング

スペシャルティコーヒーのテイスティング

堀口俊英 旭屋出版 2024-09-19

【中身をざっくり紹介】

各章の要点を以下にまとめます。本書の肝は各コーヒーの個別具体的な数値だったり、表現だったりするので、少しでも興味を持たれた方は購入をお勧めします。

そして常に手元に置いて自分のテイスティングと逐次確認できるようにしておくと良いと思います(ちなみに本書は需要が沢山あるとは言い難いので、店頭からなくなったら二度と手に入らない可能性もありますので本当にお早めにお買い求めください・・・。増版あるんでしょうか・・・。わかりません。)

【第1章】

COFFEE FARMER
COFFEE FARMER CENTRAL AMERICA

自身が創業された90年代から2010年代までのコーヒー豆の流通についてまとめられています。当時の商社が仕掛けたブランドやコーヒー豆の個別具体的な名称にも触れながら書かれているので当時の様子がリアルに伝わってきます。

そして著者によれば当時は多くのブランドが品質の強化に努めていたものの、コーヒーの流通網が未整備で新鮮なコーヒー豆を手に入れることは至難の業だったそう。そして、当時の問題点を解決すべく、著者が中心となって同業の志と現地農園とパートナーシップ契約を結んでいく流れにも触れています。

この行動原理を支えていたのが著者のテイスティング能力です。どんな行動するにも、正しい味(もしくは自身が信じる味)を知っていないと駄目なはず。そのためにはコーヒーの正確な味わい方を知り、その味が何によってもたらされているのかについて熟知している必要があります。豊かな土壌、徹底した精製プロセス、完璧な保管および流通プロセス、これらをきちんと評価して関係者の努力に報いるためにも、どういったことをするとコーヒーの風味を損なうのか、そしてそれらはどのような味となってコーヒーに現れるのか、それぞれを紐づけます。

さらに適切なコーヒーの味の表現方法についても解説しています。コーヒーの味の表現は自分がいかに優れたテイスターかを見せつけるのではなく、(潜在的も含む)消費者や他の関係者とそれがどういうコーヒーかについて共有するためのもので、それが達成できなかったり、伝達ミスが起こってはいけないこと。仮にこれに失敗して、異なるコーヒーイメージになると購入した人が裏切られたと感じかねないとして、スペシャルティコーヒー協会(SCA)のフレーバーホイールやJIS規格等を用いながら利用者に意識や語彙の共通化を求めます。

【第2章】

内容はより実践編なものへと移っていきます。スペシャルティコーヒーの普及に努めたSCAが作成したカッピング規約や評価手順を説明し、その他に一般的に使われているフォームについても説明しています。例えば、国際的な品評会であるCOE(カップ・オブ・エクセレンス)、そして日本スペシャルティコーヒー協会(SCAJ)のフォームについても解説したうえで、著者が感じる各々の課題だったり、日本ならではの個別事情を指摘しています。ちなみに最近SCAが導入し始めているCVA(Coffee Value Assessment (コーヒー価値評価))に関して著者がどう思うかについても書かれています。

そのうえで、コンピュータの解析能力を用いて官能評価を補完する、もしくはより精緻な分析ができる可能性について指摘。そのうえで、テイスターにとってより簡易にコーヒー豆を評価できる自身が作成した10点方式(50点満点)の採点方法の可能性について記しています。

なお、10点方式とSCA方式の採点は本書内でも高い相関性がある旨説明していますので、自分がSCA方式に慣れているのであれば、そのまま使い続ければよいと思います。一方で、カッピングスコアシートに何を使うか迷っている場合、もしくはアイディアを持っていない場合は使い比べてみて、使いやすいものを使えばよいのかなと思います。少なくとも最初のうちはそれで問題ないはずです。

【第3章】

P169 表08-25・2022コスタリカ San Roque-Keniaの評価を引用。同一品種、同一国内のコーヒー豆でもスコアは異なります。これらだけだとテイスターが主観的に決めているのではと疑念を持たれかねないので、理化学的データを用いて、それらとの相関や関係性を示ことによって多くの人から納得感が得られる可能性が高くなります。

ここでは品種毎の味の特徴が記されています。上の表のように同一国内での農園別比較をすることで、共通する品種特性を特定し、それが他の国でも通用するものなのか等、色んな検証がなされています。そのうえで、自身のスコアとジャッジのスコア、さらにはコーヒーに関するコメントを並べ、どのように評価しているのかを分かりやすく示しています。ちなみに上表のテイスターコメントは若干癖がありますし、全面的に取り入れるのは難しいかもしれませんが、自分がテイスティングする際に探すべき味や方向性のヒントになると思います。

【第4章】

Page 231エクアドル washed 2020-21 Crop n=16 を引用。エクアドルで栽培されている代表的な品種を検証。これに加えて、本書内では味覚センサーの分析結果が共有され、品種・製法毎の特徴を把握しやすくなっています。

ここでは国毎にコーヒー豆の特性をまとめています。その国で有名な品種を取り上げつつ、その他栽培されている品種を一覧でカッピングされています。パナマといえばゲイシャ、エチオピアは在来種、インドネシアはマンデリン(在来種・ティピカ系)、ハワイコナ(ティピカ)、ケニアはSLといった感じです。消費者も代表的な品種を思い浮かべるであろう品種を理解しつつ、それらの特性を他の品種と比較しつつ、点数、味覚センサーとの比較を第3章と同様に行っていきます。

もちろん、この年度のサンプルは手に入らないでしょうし、手に入ったとしても経験劣化は免れないでしょうから、直接的に参考にはならないかもしれませんが、大きな傾向はつかめるはずです。そうでなくともどのような表現を用いているかは大いに参考になります。

【第5章】

Page 376 表19-3 2022 コスタリカ ゲイシャ品種のハニープロセス n=16を引用。精製方法毎のティスティングコメントがわかります。また、これについても味覚センサーで拾えるもの拾えないものを解説。ここでも発酵感については少し前に同様のコメントを著者が使っていたら厳しいスコアになりそうだが、許容しうる範囲としてSCA見合いでも85点以上つけていることについても注目するところだと思えます。

ここではいわゆるテロワールがコーヒーの風味に与えるニュアンスだったり、精製方法に基づく味の特徴、出やすい欠点の香り等についてまとめられています。そして、それらが理化学的にどういう数値となって出てくるか、逆に言えば、どういう数値が出た場合、注意しなければならなかいか、それらの特徴も併せて記されています。

ちなみに発酵から生まれる香り(ウィスキー、ワイニー等)については著者の中でも時を追って許容度が変化している可能性もみられます。というのも発酵がもたらす香りについては過発酵/過完熟からくるディフェクトと紙一重だったりします(もちろんディフェクトの場合酸味がきつい/渋いということも確認できるはずですが…)。そのため、どこまでを許容するかはジャッジの経験則やその時のトレンドによって若干ずれが生じる可能性があります。そういうところも表から読み取れるのが本書の面白いところです。

なお、直近ではより解釈が先進的(過激?)になり、欠点の風味を一つの個性と解釈したり、評価したりするムーブメントもありますが、多くの生産者はこれらの風味が出ないように多大な努力をしています。それらに敬意を払う上でもどのような欠点が生産者にとっては好ましくないかについては理解しておいたほうが良いと思います。そのうえで、その風味を良しとするのであれば、それは嗜好品としてのコーヒーに許させた贅沢なのかもしれません。ただ、それらを何の情報もなく消費者に伝達するのも間違いだと思います(仮に消費者が情報なく、その風味に気づいてしまった場合、そのコーヒーショップに裏切られたと思う人もいるはず)。なので、そういう疑義のあるコーヒーを消費者へ提供する際は慎重にしてほしいなと個人的には思います。

少し脱線しました。

本書では個人レベルでもコーヒー豆の品質の期待値を確認できるものについても触れています。例えば、焙煎の注意点、生豆の保管方法、流通経路のトレース等々。それらをコーヒーショップや取り扱い商社に確認すれば、少なくとも自分が関与するコーヒー豆の品質の底上げになります。

そういう即、実用的な側面もあります。

巻末にはテイスターとしてどのようなトレーニングをすれば、これらの能力が向上するかについて書かれています。例えば、ブラジルナチュラルとセミウォッシュドを比較することでクリーンがどういうことを意味するか分かる、ティピカとマンデリンやブルボンを比較することでボディがわかる、等。

これらのトレーニングは多くのコーヒープロフェッショナルも実践しているところだと思いますが、情報がないと何を指針にするかわからないことがあります。なので、こういうトレーニング方法をベースとして、少しずつアレンジしていけばより多くのテイスティングナレッジを得られます。

ということで、簡単に各章をまとめてみました。冒頭にも書きましたが、手許に置いといて損はない一冊だと思います。興味を持たれた方は少しでも早い入手をお勧めします。

本の概要

  • タイトル:スペシャルティコーヒーのテイスティング
  • 著者:堀口 俊英
  • 発行:旭屋出版
  • 印刷・製本:株式会社シナノ
  • 第1刷 :2024年9月24日
  • ISBN978‐4-7511-1527-5 C2077
  • 備考:残念ながら、誤字・脱字が非常に多いです(内容が濃いだけに勿体ない・・・。)

関係サイト

抽出した沢山のコーヒー
カッピングセミナー。確か初級編で濃度別に抽出したコーヒーを飲み比べた際のもの

堀口珈琲研究所セミナー予約:https://reserva.be/coffeeseminar

堀口珈琲研究所ではカッピング(テイスティング)を中心に、抽出や開業に関するセミナーが行われています。本書で何らかの疑問を抱えた場合は一度参加してみることをお勧めします。堀口先生は気さくで本書に関する質問がある旨伝えれば、具体的に答えてくれると思います(ちなみに誤字の指摘は何度も受けていると思うので、内容の質問に絞ったほうが良いと思います(笑))。

次の一冊

ワインテイスティング

ワインテイスティング

佐藤陽一、アム・プロモーション、2014-08-01

本書の著者である堀口先生は2025年にもいくつかの本を出したいとおっしゃっていました。なので、秋頃にはそれらが刊行されているでしょうが、それまでには時間がありますので、テイスティングに興味を持った方は本書の冒頭でも紹介されている佐藤陽一さんの『ワインテイスティング』はいかがでしょうか。ワインテイスティングのノウハウが詰まった一冊です。

ただ、本書はあくまでワインに関するテイスティング本です。コーヒーに用いられない果物や表現があります。また、色合いに基づく情報のインプットはコーヒーにおいて行われません。もちろん、コーヒーの焙煎度は色合いからわかってしまいますが、テイスティングは同一焙煎で行われるのが前提となっていますので、そういう推定は働かないのが前提となっています。その他にもコーヒーとワインの製造工程の違いによる際はあるのですが、ノウハウという意味では非常に参考になると思われます。そもそも、コーヒーのフレーバーホイールの導入はワインのそれを参考にして作られたとされていますので、源流から学ぶことは非常に多いと思います。

雑な閑話休題(雑感)

テイスティング(カッピング)は身近になものになりつつありますが、きちんと教えてくれるセミナーはまだまだ少ない印象があります。本書は真摯にテイスティングと向き合った数少ない市販本だと思います。

この本は決して安い本ではありません。お値段3800円+税です。一見高く感じられる本書(事実、良いお値段なのですが・・・・)、内容を考えるとそれくらいかかるかなと思います。

評価するために使っているコーヒー豆の質と量、味覚センサー等の実験機器、テイスティングをした人たちの時間等、そして何よりそれらのデータをまとめ上げた著者の時間、、、それらすべてを合わせるといったいいくらなんだろうと思ってしまいます。

もちろん、この本を読んだからといってテイスティングの全てがわかるわけではいません。隣に教えてくれる人がいて、逐次疑問を投げかられるのが一番良いと思います。でも、すべての人がそんな環境にいるわけではありません。しかも、隣にいる人が心底信じられる人なら良いですが、少しでも疑問を抱えるなら自分でも解決の糸口を探さなければなりません。そうでなくとも孤独なテイスティングとの戦いは一生続くものです。その際にこの本はほんの少し解決の糸口をくれるかもしれません。

さらに、もしあなたがスペシャルティコーヒーのお店を開業しようとしていたり、本格的にQグレーダー(コーヒー豆鑑定士)を目指そうとしているなら、なおさらその目的をサポートしてくれる本だと思います。もちろん、これを基礎としながら多くのことをインプットする必要はありますし、時には本書の情報のリセットを求められることになるでしょうが、それでも基礎的な力を身に着けるには良い本です。

この本との出会いがあなたのコーヒーライフの向上に役立つことを著者でもないのに願ってしまう、そう思いました(笑)。

では次の記事でお会いできることを願っています。

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