【本紹介・感想】ずっと刺激的であり続けた『本屋はサイコー! (新潮OH!文庫)』

安藤哲也著『本屋はサイコー!』装幀

内容

本書は本屋界隈では知らない人はいらないであろう千駄木と根津のちょうどあいだにある往来堂書店を立ち上げた安藤哲也さんによるものです。

安藤さんは新卒で出版社に入り、以来、出版営業の道を歩むようになります。実用書系出版社、音楽系出版社、そして新卒採用を得意とする広告代理店が抱えていた出版部門、いずれも営業としてキャリアを積みます。その中で書店を巡り、自分なりのノウハウや嗅覚を養っていきます。

そんな安藤さんも、もともとは編集志望だったそう。しかし、新卒で入ると営業部に回されます。安藤さんはこれを前向きに営業であれば、出版流通がわかるようになる、そう前向きにとらえます。結果として彼はこの方面で大化けすることとなります。

数度の転職を経て安藤さんはひょんなことがきっかけとなって大塚駅前にあった田村書店で働くこととなります。最初はレジで本を読むなどそこまで真剣ではなかったものの、お客さんの行動を眺めているうちにやがて陳列棚をいじるようになります。そして、その変化に反応するお客さんたちを眺めているうちに本屋さんの魅力に改めて気づいたといいます。

このことをきっかけに安藤さんは自分が書店員に向いていると考えるようになります。やがていくつかの理由が重なって安藤さんは出版社を辞め、縁もあって田村書店に転職することとなります。田村書店では水を得た魚のように売り場改革を断行。着々と実績を作り、かねてから挑戦したい新たな店づくりとして千駄木に往来堂書店を開くこととなります。

この本には安藤さんがどんなふうに下積み時代を経験してきたか、仕事のいろはの覚え方、そして理想と考える上司像、一緒に棚づくりに取り組んだ同僚たちとの思いでなど、彼の人生前半のキャリアに関するエピソードが詰まっています。

本屋さん好きな人はもちろん、自分のキャリアに悩んでいる人にも一種の可能性をみせてくれる、そんな本だと思います。

本屋はサイコー! (新潮OH!文庫)

本屋はサイコー! (新潮OH!文庫)哲也, 安藤新潮社2001-12T

感想

個人的に楽しめた点をいくつか。前提として著者の文章には勢いがあって、こういうエッセイならいつまでも読めると思います。また、安藤さんなら書店ネタに限らず、自身の日常を楽しく語れるんだろうなって思えます。もし、かれの文章にまず接してみたいと思った方は彼のブログやメルマガを購読し見てるものいいかも(ただし、安藤さんはもう書店員ではないので日常に関するネタが中心です)。

仮にこの本に弱点があるとしたら、世に出てからもうすぐ20年の年月がたっているということでしょうか。その当時の最先端ネタはどうしても色あせてしまいます。特にこういったエッセイならなおさらでしょう。ただ、それもメリットにかえる読み方も当然あるわけで、そんな雰囲気を以下でお伝えできればと思います。

往来堂書店、オープンまでの道のりが明かされる

往来堂書店 外観
一箱古本市でにぎわうとある年の往来堂書店

根津駅と千駄木駅のちょうど間にある往来堂書店は独立系書店の旗手として挙げられる本屋さんだと思います。私はこの本を読むまで昔からある書店の後継ぎさんが新しいDNAを持ち込んだのかな、なんて勝手に思っていました。しかし、この本でそうでなかったことが明かされます。往来堂書店がオープンしたのは1993年、大塚にあった田村書店の2号店としてでした。

この本屋は新刊をメインにした本屋ではありません。昔からの名著もあれば、一見地味な風な小説があったり、谷根千地域に関する歴地や地域に関する本が並んでいます。ただ、この本屋さんに入ると不思議と色んな本を手に取って長居したくなっちゃう、そういうところなんです。驚くのはこのスタイルが長年の蓄積を経てできたのではなく、大枠はオープン当時にすでに決まっていたということ。これは田村書店での経験をもとにしたものであり、またかつて出版営業をやっていたころに金太郎あめ的な書店の棚に疑問を持ったからと解説していました。

さらに今でも決していい場所とは言えないところに出店した理由、これも安藤さんが散歩しててたまたまみつけた場所だったとのこと。もちろん、千駄木のあの場所にテナント募集の張り紙を見つけてからの安藤さんフィールドワークはきちんとされています。

物件が丁字路で人が足を止める場所にあること、近くの病院の見込み客、他の下町同様人口は密集しているのに周りに大型書店がないこと、駅前の書店からも客を引っ張ってこれること、様々なことを勘案した結果であることが田村書店の社長と話している様からよくわかります。理想論での開業ではなく、きちんとした根拠を持った出店でした。

今ではこの辺にも新刊書店や古書店の数は増えました。また、下町全体を見ても、こんなところにまで書店が進出しているんだと驚くこともしばしば。往来堂書店の出店戦略は後に続く独立系の本屋さんに大きな影響を与えたんだろうなと思えます。

ちなみに脱線しますが、店名は「往来堂書店」ではなく、「田村書店千駄木店」や「藍染書房」になる可能性があったことも明かされていたりします。結果論ですが、往来堂書店という名前でよかったなと思うばかりです。

この本の前半ではこれ以外にも往来堂書店の出店に至るまでの苦労話や労務管理の話、そして経営していくなかっででてくるエピソードが明かされていて、本屋好きならもちろん、そうでない人でも楽しめる構成になっていると思います。

街の書店の復興と取次の配本システム

安藤さんは大塚にあった田村書店に勤務するころから、そして、往来堂書店をオープンしてからも「町の本屋の復権」をテーマに仕事に励みました。

全国どこの書店でもベストセラーや流行本が手に入るシステム。それは多くの読者にとってとても便利なものでした。このシステムを支えたのが出版社と書店を仲介する取次という出版を専門とした商社でした。

取次は日々多くの出版物が世に出るなか、自社の独自のデータからその店舗に適していると思われる新刊やベストセラー、そして雑誌等を何も言わずとも配本してくれます。また、出版業界独特の委託販売制があるために書店は自社の在庫リスクをほとんど気にすることなく経営することができます。そのため、高度経済成長期、書店は手堅い商売といわれていました。

しかし、バブル崩壊後、90年代半ばをすぎるとだんだんと厳しくなっていきます。多くの利益をもたらしてくれていた雑誌の販売が低迷、その他の書籍はいうまでもありません。一方、大手書店は効率化や目新しさのため、大型店舗の出店を加速。そして、代り映えのしない街の中小零細書店は次第に追い込まれていきます。

そんな中、安藤さんは取次からの配本に頼らない、独自に選書した本を仕入れるようになります。このことを取次は快くも思いませんが、そんなことにもめげずに安藤さんは選書を続けます。

安藤さんのこだわりはそれだけにとどまりませんでした。選書した本の陳列方法もユニークなものだったのです。今までの出版社別陳列とは異なる「文脈棚」の展開です。安藤さんが「文脈棚」と呼ぶ陳列方法は、ジャンルの大枠は維持しつつも、出版社別の陳列はせず、隣接する本との相性や本の配列に伴ってできる文脈を大事にするというもの。著者の師弟関係、影響を受けた本や、世界観が似ているもの、これを読んだら次はこういうものはいかが?というふうに、様々な方法で棚に文脈を作る。それは安藤さんが本屋さんのバイトで最初に経験した販売方法をすべての棚に展開したものでした。

この手法は今では多くの独立系書店が採用していて珍しくなくなっています。もちろん、各本屋で独自の本棚の編集が行われていて、「文脈棚」という言葉は使われていないかもしれませんが、コンセプトは一緒だと思います。

この棚づくりも、店側が選書するシステム同様、取次が主体となった配本システムと相性がよくありません。ベストセラーや売り上げ傾向を踏まえたものでは文脈が作りにくかったり、軽いものになってしまいます。そのため、取次の送付してきた本は軒並み返却されることもあり、安藤さんが関与する二店からの返品率は高いものでした。結果、両者の関係は少しばかし緊張関係を伴うものとなりました。それでも安藤さんはこのスタイルを続け、また、読者も往来堂書店の在り方を支持したのです。

そんな取次ですが、最近は以前に比べれば柔軟な対応をするようになったと書かれています。もちろん、取次は自身の規模や経営効率を考えればすべての書店の要望には応えられないでしょう。でも、こういうお店が各地で増えてくることに思うところがあったのかな、なんて想像してしまいます。

安藤さんの取り組みは話題となり、多くのメディアにも取り上げられ、多くの本屋からも注目を集めるようになります。多くのメディアに答え、多くのコラボもやった。それは本屋さんの枠組みにとどまらない、イベンターやプランナーのそれのようです。そんな彼だったからこそ、次の挑戦へとつながったのかなと思わせます。

中盤では安藤さんのキャリアが花開く部分がテンポよく披露されていくのでページをめくる手をとめることができませんでした。

帳合変更の試みとオンライン書店挑戦

そんな彼が次に行ったことは小さな本屋さんを真剣に思ってくれる取次への変更です。大手取次にとっては安藤さんの本屋はいくら順調であったとしても、沢山ある規模の小さい書店の一つにしかすぎませんでした。扱いは変わらず、手数料や配本のシステムが変わることはありませんでした。

それではいけないと思った安藤さんは取次の変更を実行します。ちゃんんと向き合ってくれない大手取次から、きちんと二人三脚で本屋さん改革に取り組んでくれるであろう取次へと変える決意をします。書店にとって取次を変えるということは本当に大きなことです。システムも違えば、担当も変わる。今までの慣習も変わっていくでしょう。それでも一緒に取り組んでくれる仲間を彼は欲していたんだと思います。

ただ、安藤さんはこの計画が実現するところを見ることなく、次のチャレンジへと促されます。それがオンライン書店立ち上げへの参画です。2000年、少しずつですがインターネット書店が注目を浴び始めたころ、取次の図書流通センターの役員の方が安藤さんに誘いをかけました。

安藤さんはこの誘いに悩みはしたそうですが、そのやりがいやチャレンジングな内容に転職を決意します。この本ではそんな安藤さんがオンライン書店「bk1」の店長としてやりがいのある日々を送っているという文書でしめられています。その文書は本当に生き生きしたもので明るい未来を予感させるものでした。

さて、そんなふうに締めくくられた本書の20年後に私たちはいます。そして、私たちはオンライン書店の現状を知っています。マンガ系の電子書籍を扱うプラットフォーマーはまだ増えていっていますが、フルラインナップで品ぞろえを行っている書店はいくつかに絞られました。

現状、安藤さんが参加した「bk1」はありません。正確にはあるのですが、名称は残されませんでした。現在、「bk1」は大日本印刷が展開している「honto」に吸収されました。安藤さんも現在は異なるキャリアを歩んでいらっしゃいます。

では、安藤さんたちの夢だった温かみのあるオンライン書店はどうなったんでしょう。それは「honto」にきちんと継承されているような気がします。「honto」はグループ会社である丸善・ジュンク堂とたびたびコラボするようにそこに推薦書コーナーがあります。それはアマゾンとは違う、どことなく書店員さんが本のおすすめをしてくれているような、システムです。もしかしたらそれは安藤さんの意思や「bk1」のDNAを継いだものなのかもしれません。。

さて、著者が本作中に取り組んだもう一つが、帳合変更です。

田村書店と往来堂書店は、取次を大阪屋に変更します。大阪屋は当時からきめ細やかなケアと独自の取引基準や与信判断をもって売り上げサイトについても柔軟な対応をしていたといわれています。ただ、この柔軟な経営はもしかしたら自らの首を絞めたのかもしれません。業界三位だった大阪屋は業界4位の栗田出版販売との救済合併をしながら規模の拡大をめざしますが、経営環境が厳しさを増して、楽天グループ入りという決断をします。

その後、現在に至るまでどのような取り組みをしているのかは業界の外にいる私にはうかがい知ることはできません。ただ、往来堂書店は安藤さんのあとを継いだ笈入建志さんが相変わらず元気に今日も営業を続けています。また、以前にもまして書店の経営環境は厳しいかもしれませんが、それでも多くの書店が日々産声をあげていることを確認できるのは色んな改革が少しずつですが、うまくいっているからではないかなと思っています。

こんな風に昔の本を今の現状と比べながら読むのも面白いことだなと改めて思いました。そして、本を読みながら次の一手を考えてみるのもありなのかもしれません

ただ、この本で安藤さんがいっているように、もしかしたらこんな本を読んで昔を研究する必要はないのかもしれません。変に業界慣習にとらわれるのではなく、イノベーションは思いもよらぬところからくるかもしれないから。

そんな高揚感を胸に抱きながら、この本を読み終えました。

本の概要

  • タイトル:本屋はサイコー!
  • 著者:安藤 哲也
  • 発行:株式会社 新潮社
  • 印刷:株式会社光邦
  • 製本 :株式会社植木製本所
  • 第1刷 :2001年12月10日
  • ISBN4-10-290134-5 C0123
  • 備考:新潮OH!文庫

関係サイト

安藤さんと往来堂のHPから各SNSへ飛べます。往来堂のHPでは本書内でも話題になっていたオンラインショップに飛べますので遠方で実店舗に行けないという人もどんな本を推しているか少しだけ垣間見ることができると思います。

次の一冊

この本を読んだら本屋さん巡りしたくなりますよね。最近は多くの雑誌でも似たような特集がありますので適当に探して自分に合ったものをさがしてみるといいと思います。ここではそういう本屋さん本が多く出るようになったきっかけを作ってくれた本の東京版と全国版を紹介したいと思います。

東京 わざわざ行きたい街の本屋さん

東京 わざわざ行きたい街の本屋さん和氣正幸ジービー2017-06-20

全国 旅をしてでも行きたい街の本屋さん

全国 旅をしてでも行きたい街の本屋さんジー・ビー編集部G.B.2019-02-21

また、最近は新しい流れを汲んだ本屋さんがどんどんできています。そういうお店は当然本等にはまだ登場していませんのでSNSや街歩きで発見してみるのもいいのかな、なんておもいます。ぜひ本屋さんも街歩きも楽しんでみてください。

当サイト【Book and Cafe】では次の一冊に関する短い紹介文を募集しています。気になったかたはSNSや下のコメントもしくはお問い合わせ にご連絡頂けますと幸いです。

雑な閑話休題(雑感)

谷根千に目を付けた安藤さんは本当に先見の明がありましたよね。また、下町というのも本当によかったんだと思います。今はどこだろう。小さな本屋でかつ他との共同出店だったら住宅街などもいいのかもしれませんね。

それでもそんなに出店余地はないのかもしれません。かつて以上にアマゾンの存在感は増し、そして電子書籍界隈ではサブスクリプションも進んでいます。もちろん、これに対抗するように本屋さんもいろんな工夫を現場で行っています。イベントだったり、陳列棚に磨きをかけたり、他業種と組んでみたりと。昔に比べたら多様性がみられる業界になったと思います。

個人的にもっと進出してほしいのはオフィス街かも。オフィス街周りには意外と空白のスペースがあります。もちろん、それはデベロッパーが意図した快適空間なのかもしれませんが、本当に一区画だけなら本の展示もできるのかもしれないなと思うのです。一冊だけチョイスして、本の説明をしておくなんてのもいいのかな、なんて。

まぁ、こういうところで書いているものなんてすでに日の目を見ていたり、目下実現に向けて取り組んでいるものが多いので、いつかそういう現場をみて、にやにやしたいと思います。

そんな妄想をしながら今日は〆たいと思います。

今日も最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。

安藤哲也著『本屋はサイコー!』装幀
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