【本紹介・感想】誰が問題から逃げちゃいけないと決めた?逃げるのも悪くない『LESS(レス)』

"LESS" by Andrew Sean Greer

内容

この物語の主人公であるアーサー・レスは、30代で小説『Kalipso(カリプソ)』を書きあげ、まずまずの作家デビューを飾っていた。その後書いた小説の売れ行きや評価は必ずしも芳しくなかったが、それ多くの作家も似たような状況。しかし、そんなレスが執筆中の最新作にとうとうエージェントが色よい返事をしなくなってしまった。意気消沈のレスはもうすぐ50を迎えようとしていた。

とある日、レスのもとに長年共に過ごしたパートナーから結婚式への招待状が届く。レスはどんな顔をして結婚式に出ればいいのか考えあぐね、また、どんなふうに断ればいいのかも全く見当がつかないでいた。そこでそんな結婚式から遠く離れた地に逃げることに。そのためにレスは海外からのオファーを、公私問わずに片っ端から受けることにした。

結果、NYでは話題のSF作家への最新作に関するインタビューし、メキシコへ文芸イベントに登壇、その後イタリアのよくわからない文学賞の授賞式へ参加、ドイツでは文学講義を受け持ち、モロッコでサハラ砂漠を巡るツアーへ。そして、しばらく自身の作品と向き合うべくインドに滞在、最終的には日本で懐石料理のレビューをするという、何とも言えない、というかわけのわからないスケジュールが出来上がってしまった。しかも、レスはこれらを約半年かけて行うことになる。

この途方もない逃避行はレスに何をもたらすのか。それはレスにもわからない、けど、とりあえず結婚式の招待状には堂々と不参加の理由を書けるようになった。そして、レスはいま旅立つ。

Less (Winner of the Pulitzer Prize): A Novel (English Edition)

Less (Winner of the Pulitzer Prize): A Novel (English Edition)Greer, Andrew SeanLee Boudreaux Books2017-07-18

今回読んだのは上のペーパーバック版でしたが、翻訳本もありましたので、こちらもご紹介しておきます。

レス

レスアンドリュー ショーン グリア早川書房2019-08-20

感想(ネタバレ注意)

全体を通して

主人公レスが非常にチャーミングで愛らしいキャラクターに感じられました。そうなると作品の勝ちですよね。

紹介文にある通り、レスは49のいい年齢をしたおじさんです。にもかかわらず、自分の人生がいかに満たされていないかについてくどくどと悩んでいます。作家として、人間として、特にゲイとしての自分の先行きを不安に老いもい、そんな自分を悲劇の人物と捉えています。

著名な詩人でかつてはレスの庇護者だったロバートはレスのもとを去り、幼いころから苦楽を共にしたフレディも出て行ってしまい、誰かと結婚しようとしている。挙句の果てに、レスに来る仕事はいまだにデビュー作やロバートとのゴシップに関するものばかり。とうとう才能も枯渇してしまったのかもと。恋もキャリアも何も手に入れられなかったという想いを募らせます。

レスは確かにユニークな世代に属しています。これは著者が本に関するインタビュー時に語っていたものですが、レスより年上の多くのゲイたちはHIVやむちゃな行動等で亡くなり、レスはモデルを失っていると指摘しています。

そんなレスが世界を旅することで、自分以外の多くの人もその境遇に悩み、同様に年齢を重ね、さらにより真摯に恋と向き合っていることに気づかされます。それは自分よりマイノリティであったり、自分より年長者だったり、さらに自分より安定した恋を手に入れたと思えた人たちですら、そう簡単に生きているわけではないということを知ります。さらに多くの人たちがレスを、そしてレスの作品を愛してくれていることに気づかされます。

それらを教えてくれるのはかつての恋人であり、現地に生きる人々です。本作ではどのキャラクターも生き生きしていて、だからこそレスがどれが自分に合っているんだろうと、向き合っていくこともよりリアリティをもって感じられました。

そして最終的にレスは自身の人生がそれほど悪いものではなく、悪い作家でもないことに気づきます。そして自身が目を背けていたものに向き合いことにします。その後の物語の結末はとても心地よいものでした。

まぁ、本来こういう出会いは青春劇で描かれるものかもしれませんが、レスにとっては遅く来た春なんでしょう。レスは時に年齢通りに、大人の余裕があるように演じますが、たいてい失敗しています。そういう滑稽なところも本作の読者を飽きさせないようにしていると感じました。

本全体を通して街や風景に対する描写がとても鮮明で、旅行記としても魅力的なものでした。それらのシーンが30ページくらいで(各国にまつわるエピソードは概ねそのくらいなのです)、どんどん変わっていくのですから、飽きるわけがないですよね。

それと忘れてはならないのが本書を構成する語り口です。文章は冒頭から三人称で語られています。時折、語り手とレスの関係を披露してくれるのですが、最後の最後まで確定はしないんです。それがなんとも絶妙で、この人物は誰なんだろうと気になって章いつの間にか最後まで読んでしまいました。

著者はこの形式のブラッシュアップのために多くの本を読み、ヒントを得たと言っていました(下の方に参考にした図書の名前にも触れておきます)。

最後にその人物が明かされるとき、色んなものが融解するように一つになっていくんですが、その瞬間の気持ちは何ともさわやかなものでした。未読の方にはぜひ最後まで味わってほしいなと思うばかりです。

ということで、次ページから私が特に読み入った部分について紹介したいと思います。今まで以上のネタバレになるかもしれませんのでご留意ください。

"LESS" by Andrew Sean Greer
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