内容
本書は大学院生の著者トーマス・トウェインツ氏が卒業制作として、トースターを「一人で」「完全に一から」作り上げる決意をするところから始まる。
ここでいう「完全に一から」というのはもちろん原材料を採るところから始まる。そう、学研がよく子供向けに作っているラジオ創作キットのようなものではなく、鉱物からパーツを作り始めないといけない。そんなあまりにも途方もないプロジェクトをトーマスはでっち上げてしまったのだ。
しかし、残念ながらトーマスは鉱物の専門家でも、錬金術師でもない。デザイン・アートが専攻の大学院生だ。しかも、トースターを作り上げる期間、つまり卒業制作の提出のタイムリミットはあと9ヶ月という。
果たしてトーマスはトースターを作り上げることができるのか?そして無事に大学院を卒業できるのか?著者の摩訶不思議なトースター作りがいま始まる。
内容を振り返りつつ、感想
著者って実はすごいエリート
著者はロイヤル・カレッジ・オブ・アートに在学中の大学院生トーマス・トウェインさん。この学校、アート・デザイン分野の学校としては超名門校で、映画監督のリドリー・スコットや驚くほどの吸引力で有名な(?)ダイソンの創業者ジェームズ・ダイソン等、数々の業界リーダーを輩出しています。しかし、それ故に変わり者も多いというのが一般的な見方です。
著者もご多聞に漏れず相当に変わり者なのでしょう。そうじゃなきゃ、こんなテーマを選ばないですもん。そんな著者らしい、というか翻訳もよくこんな軽妙な雰囲気を文章に落としこめたなというくらい、コミカルに、そしてユーモラスにストーリーが進行していきます。
リバースエンジニアリングで出口のない迷路へ
まず、トーマスは2枚焼きでタイマー機能を持つトースター「アルゴス・バリュー・レンジ」を購入します。これは非常に普及した廉価版で、トーマスもたった500円で購入しています。
そして、これを分解して、そのパーツパーツを理解し、自身で再現していくリバース・エンジニアリングを行うことでトースターを作ろうとしました。
しかし、分解していくと非常に多種多様なパーツがでてきます。さらには色違いや似たようなものも含めると400位上のパーツで構成されていることがわかります。しかも素材ベースだと1000を越えるという驚愕の事実。明らかに似ていても異なる物質もあるように思えるし、解析を進めると有害物質が途中に生成されてしまうものもあるという。しかも、代替物が何か、そしてそれらが本当に必要なのかわからない状態。早くもトースタープロジェクトに暗雲が立ち込めるわけです。
普通の人ならここで船を降りそうだけトーマスは違う。彼はとりあえずメールをうつことに。
そう、ここでとりあえず「一人で」は断念。
電話をかけた相手はインペリアルカレッジ(ロイヤルとかインペリアルとか、イギリス、すごいな、と思うわけですが。)のジャン・シリアーズ博士。彼はかの有名な鉱物メジャーRio Tinto高度鉱物局の局長も勤めている専門家。そんな大人にメールを打つわけです。
当然、無視されるかと思ったら、色よい返事が。そう、いつの時代も若者の無茶を助けてくれるのがスマートな大人です。
ということで彼が大よそ鉱物に必要であろう知識をトーマスに色々インプットしてくれます。その様子はまさに卒論の指導教授のよう。そして、トーマスは教授との会話の中で改めて「なぜ、トースターを作るか」について改めて説明を求められます」。
なぜトースターをゼロから作るのか?
トーマスいわく、電気トースターが近代の消費文化の象徴に見えたとのこと。要は、あれば便利だけど、なくてもそこまで困らない。それはエジソンが電気を発明してから、需要創造を求めて作られた取るに足らない家電製品の一つ。でも、そんなものが取るに足らなくない負荷を地球に及ぼしているんじゃないかと、思って一度自分で作ってみたくなったといいます。
そして、茶化すようにもうひとつの理由を明かしてくれます。それは彼が好きな小説家ダグラス・アダムズがトースターについて次のように記していたからとのこと。
自分の力でトースターを作ることはできなかった。せいぜいサンドイッチぐらいしか彼には作ることができなかったのだ。
ダグラス・アダムズ『銀河ヒッチハイク・ガイド』シリーズ『ほとんど無害』より
トーマス曰く、これらの一部については教授にはいっていないといっていますが、教授はやさしく、彼のいうことを理解し、さらにヒアリングを続けます。具体的な条件のおさらいです。