内容
本書ではコーヒーに情熱を注ぐ6人のプロフェッショナルが各々の視点から自身の経営するカフェやコーヒーショップに対する想い、そしてコーヒーそのものについて語っています。
世代もキャリアも違う6人、熱量いっぱいの若々しいインタビューもあれば、自身の歩みを振り返る、自省録のような文章もあります。同じコーヒーを扱うカフェやコーヒーショップなのに、これでもかという幅がある6人。読み進めていくうちに見えてくる各々の価値観、そこには共通するものもあれば、著しく違うものもあって、でも、それがコーヒーやカフェという共通項でくくられていてとても心地よいものとなっています。
コーヒー好きだけなく、自身の生き方に悩む人たちにお勧めしたい一冊です。
コーヒーの人、加藤健宏、フィルムアート社、2015-12-18
内容を振り返りながらの感想
この本ではインタビューアーが対象となるショップオーナーの価値観やそのショップが体現しようとしているものが何かを明らかにしようとしています。その結果、それらが色濃く投影された文章に読者があうあわないというものがあるかもしれません。
個人的にはいずれも楽しく読めたので、ざっと内容に触れつつ、感想を述べたいと思います。もしいずれかのお店に興味を持てたら、実際に現地を訪れることをお勧めします。きっとより高い解像度でお店を見ることができると思います。
ベア・ポンド・エスプレッソのオーナーである田中勝幸さんの章は自身とコーヒー、特にエスプレッソとの関係について、インタビュー形式というよりは読者に語り掛ける、もしくは自身のたどってきた道を確認しながら、述べるような文章で書かれています。そこにはバブル期を過ごした人ならではの人生観だったり、その中で世間との価値観とのギャップに埋める自分との向き合い方、そして自身が選んでいく道についての苦悩等、いろいろな葛藤が垣間見られました。
KOFFEE MAMEYAのオーナーである國友さんの章ではレストラン出身者ならではの感性がそのコーヒーに反映されていくさまを知ることができます。コーヒー一辺倒ではない、だからこそ磨かれたコーヒーやカフェスペースとの向き合い方、いろんなヒントが随所に見られます。そして、舞台を日本に限定せず、海外へと目を向けるさまはどこか内に秘める熱いものを文章の端々から感じられる内容となっていました。
リトルナップコーヒースタンドのオーナーである濱田さんの章では世界を旅する中で出会ったイタリアのエスプレッソ文化、そして縁があってコーヒーマシンの輸入会社に就職して育んでいくキャリアを体験できるとともに、その中で感じていたコーヒー文化に対する向き合い方、そして3.11の震災を通じて感じた店の空間としての在り方について知ることができました。
松島さんと加藤さんの章ではコーヒーというツールを使いながら、どういう空気をもったお店を作りたいかについて知ることができます。どういうことに気を使いながら、そしてどういうことを大事にすれば彼らの営むパドラーズコーヒーという空間ができるか、ここではそのすべてではありませんが、一端を、もしくはエッセンスを感じられました。
そして、最後のインタビューはいわずと知れたコーヒー界のレジェンド大坊さんが務めています。他の方々がカフェやコーヒーショップの第一線で活躍されているのに対して、大坊さんはインタビュー当時、すでにお店をやめられていました(それでもイベント等で自身の焙煎したコーヒーを淹れることはありましたが・・・)。だからこそ、一歩引いた目線で自身の店を語っていました。
今なお多くの人が慕う大坊さんがどのようなことに気をかけ、どのようなことをしながら、店の空気を作り上げたか、存分に知ることのできる章になっていました。
6人のインタビュー記事の後には、Fuglen Tokyoの小島さんがコーヒーの抽出レシピを披露してくれています。その文章からはお店で行われるセミナーのような居心地の良さが感じられます。さらに巻末には日本コーヒーカルチャー年表(これ、丁寧にまとめられていて非常に有用だと思います)。最後に編者のあとがきで締めくくられるのですが、このあとがきがまた極上の余韻を残してくれます。コーヒーのお供に最適な本でした。
本の概要
- タイトル:コーヒーの人 仕事と人生
- 著者:大坊勝次(大坊珈琲店), 田中勝幸 (Bear Pond Espresso), 國友栄一 (OMOTESANDO KOFFEE), 濱田大介 (Little Nap COFFEE STAND), 松島大介, 加藤健宏 (Paddlers Coffee)
- 取材・構成:柴邦典(P9-48)、森田真規(P49-85)、久加すみれ(P87-123)、前田隆弘(P125-158)、小林英治(P159-194)
- ハンドドリップ指導:小島賢治(Fuglen Tokyo)
- 写真:高橋宗政(HP)
- イラスト:森本将平’(HP)
- 取材協力:松下加奈(mejiro films)
- 編者:numabooks
- 発行:株式会社 フィルムアート社
- 印刷・製本:シナノ印刷株式会社
- 第1刷 :2015年12月20日(2刷 2016年4月10日)
- ISBN978-4-8459-1586‐6 C0095
- 備考:シリーズとして『パンの人』もフィルムアート社から出版されています。
関係サイト
numabooks出版部:http://numabooks.com/pub.html
上にリンクも既にありますが、今回はフィルムアート社として本が出されていますが、編者として参加しているnumabooksもセンスの良い、面白い本を出しています。
次の一冊
コーヒーを仕事にする人のインタビュー記事はそれこそコーヒー関連の雑誌を読むと出会うことができます。一方でそれらが本になることは必ずしも多くはありません。『コーヒーの人』は丁寧に編纂された稀有な一冊だと思います。それはそれとして、ここでは次につながる一冊を紹介しているので、本書を気になった人にお勧めなのが『大坊珈琲店のマニュアル』です。本書で納められている大坊さんが営んできた店に対するスタンスや生き方についてより詳細にまとめられています。
大坊 勝次、誠文堂新光社、2019-05-14
雑な閑話休題
私はコーヒーが好きです。もともとは勉強や読書のお供として飲んでいたのがきっかけ。ある日、スターバックスのフレンチロースト(たぶん)を飲んだのがきっかけで銘柄(というか味かな・・・)が気になるようになって以来、その沼にどっぷりつかっています。
さて、そんな感じなのでコーヒーショップやカフェスペースが発信する情報は読み物として常に興味を持っています。今回のような本のように丁寧に編集されて情報発信するといつまでもその店の武器になると思います。そうでなくとも、店主さんたちはもっとどんなお店にしたいかを発信したほうがいいのではないかなと思います。昨今ではSNSでのイメージ戦略は欠かせませんが、それと同じくらいHPで、冊子で想いを訴えてほしいと思っています。まぁ、その結果の宣伝効果はあるのかといえば微妙ですし、そこに熱量をかけることがコスパ良いとも正直思わないのですが。。。でも、それでも、その文章に共感する人が現れたなら、きっとその人は派手なお客さんにはならないかもしれませんが、いつまでも贔屓にしている馴染みのお客さんになってくれるんではないかな、なんてことを考えてしまいます。
ということで、今日も今日とてお店の発信する文章に惹かれてカフェを訪れるのでした。
今日も最後までお読みいただきありがとうございました。また次の記事でお会いできるのを楽しみにしております。