【内容】
2008年、長期にわたるムガベ政権の圧政によってジンバブエでは経済危機が起こっていた。国民は飢饉に苦しみ、生活水準は下がる一方だった。そんな中、ジョゼフ、ティナシェ、パードン、マールヴィンの4人は南アフリカ(以下、「南ア」)へ命からがら逃れてきた。多くの困難がありながらも、彼らの努力と幸運もあって4人は南アを代表するレストランでソムリエとしての職を得ることに成功した。やがて彼らのソムリエとしてのスキルは南アでも屈指のものとなり、国内のテースティング大会で上位を争うほどになっていた。
そして、2017年の南アフリカで開催されたワインのブラインドティスティング大会で、この大会の創設者でもあるジャン・ヴァンサンから4人にジンバブエ代表としてWorld Blind Tasting Championships(世界ブラインド・ティスティング選手権)に参加してみないかという誘いがあった。
国を代表して参加する。この栄誉に4人はすぐさま飛びついた。彼らの中で祖国の問題、そしてそこに生きる人々のことを伝えるのはとても重要なことだったからだ。その一方で解決すべき課題も沢山あった。世界大会への旅費等の資金、上位入賞のための指導者や世界大会当日のコーチの伝手、そのどれもが彼らは持ち合わせていなかった。それでも、彼らには誰にも負けないワインへの愛情があった。そして挫けない心も持ち合わせていた。
そして彼らは動き出す。現代ならではのSNSを使い、少しずつ知名度を上げ、そしてクラウドファンディングにも挑戦する。そんな彼らを支援する輪は徐々に広がりをみせる。
彼らは世界大会へ参加できるのか?そしてワイン業界と彼らの将来は好転するのか?この映画は2017年にワインとは縁も所縁もない国から始まったソムリエたちの挑戦の記録だ。
【感想(ネタバレを含みますのでご注意を)】
二つの国の問題とそれを克服しようとする主人公たち
登場人物4人は当時経済的に破綻したジンバブエから逃れて難民として南アフリカへやってきています。作中では各々のバックグラウンドについて当時のニュースや記録映像とともに、丁寧にインタビューがなされています。インタビューの際、彼らはいつもの陽気なふるまいとは異なる、何かにおびえたような様子を見せます。そして、その話してくれた内容は想像を超えるものでした。出国の際、多くの人が命を落とし、それでもわずかな希望にすがるように南アへと向かうそう。
ただ、そんな人たちが幸運にもいくつもの危ない状況を潜り抜けて、南アへ来ても必ずしもすぐに軌道に乗るとは限りません。難民キャンプは無秩序だし、食糧支援の数は圧倒的に足りていない。もしかしたら、ジンバブエの方がまだましかもしれないと思えるほどの環境に放り込まれるのです。状況が好転した今ですら、彼らが住む地域では窃盗や強盗に合うこともしばしばあります。
そんな南アの貧富の差について一目瞭然でわかってしまうシーンがあります。例えば、冒頭の空から道路を走る車を映したもの。本来であれば、気持ち良いドライブシーンのはずなのに、ここではそうはいきません。右側をみれば塀でぐるりと囲まれたとてもきれいな住宅街(プライベート・ディストリクト)。
一方、左側に目を向けると雑多なスラム街が景色一面続きます。道路一つ隔てただけなのに、どうしようもない格差が突きつけられています。他にもこの4人は間違いなく良い生活をしていますが、彼らが働くレストランのほとんどのお客さんは白人です。しかもサーブする側の人間に白人はいません。もちろん、彼らのレストランも多種多様な人種を受け入れているわけで、そういう日を象徴的にフィルムでは収めているんでしょうが、南アがいまだに抱える難しい状況を端的に示している映像だと思います。
そんな彼らがどのような日々を経て今のポジションを得たのかというところは一つの見どころでもあります。そこには四者四様の物語があり、共通のもの(例えば、宗教的なよりどころだったり、コミュニティとの付き合い方等)もあれば、その人固有のもの(ジンバブエからの脱出方法や連れてきた家族の有無等)もありました。一方で、当然同じ国からの難民なので多くの共通項があります、そのため一部繰り返しとも思えるような映像が流れることがあり、ともすれば少し間延びして感じられるところがあります。ただ、映画としてはそうかもしれませんが、この背景は知っておくべきなんだろうと思わせるほどには濃厚な情報ではあります。
そんな彼らは南アである程度成功を収めました。かつての難民キャンプに比べたら、比較にならないほど豊かな生活をしています。ただ、それでは充分ではないんです。彼らは多くを犠牲に今の生活を築きました。本当はすべてを捨てることなく、このような生活を実現できたらと思っているでしょう。でも、そういう選択をした以上、できる限りの成功を得ないといけないという使命感もあります。
今回のテイスティング大会への参加、そしてそれによる様々なキャリア・パスが偶然でもなんでもなく、彼らが直向きに努力した結果だということが彼らが真摯に行うテイスティングの様子やインタビューの回答からもよく伝わってきます。
ちなみに原題の『Blind Ambition』は当然、彼らの挑戦する”Blind” tastingにもかかっていますが、他にもあくなき成功への渇望的な意味があります。自分の現状を顧みず、無謀な挑戦をし続けるという意味も含まれ、必ずしもプラス表現ではありませんが、家族のため、親類のため、そして彼らの二つの祖国のため、常に向上しようとする彼らをよくあらわしているのかもしれません。
魅力的な脇役たち
4人のメイン登場人物以外にも、魅力的な人たちが登場します。まずは南アチームのコーチ役でもあるジャン・ヴァンサン。彼が世界ブラインドティスティング選手権の運営に対して4人がチーム・ジンバブエとして出場可能かどうかについて聞いてくれた人であり、いわばチーム誕生の立役者です。
そして、いつもジンバブエ代表に寄り添おうとした人でした。もちろん、究極的には南アチームのコーチなのでできることできないことはあるのですが、よきコーチとはこういう人じゃないかと思わせるシーンを沢山目撃できます。
そして、世界有数のワイン・ジャーナリストであるジャンシス・ロビンソン。彼女の後押しがきっかけとなって4人の挑戦に多くの資金が集まることになりました。彼女は彼女で閉鎖的なワイン業界に危機感を抱き、多様性こそが良いワイン業界の未来をもたらすというふうに考えていました。事実、今回のクラウドファンディングに対しても呼びかけだけでなく、多額の資金拠出を行っています。
これはジンバブエ人がどうやって南ア、そしてその境遇を示すものだから必要ではあるところなのだけど、4人の境遇がある程度似通っているために、ともすれば繰り返しの部分が生じてしまっている。また、彼らは恵まれていて多くの人が厳しい生活を余儀なくされているということを示す意味でも、それを示すシーンがいくつか出てきたりするが、少しばかり割合として多いかもしれないと思ったりする。
それは自身もワイン業界においてはマイノリティとしての見えない壁だったり、重圧を経験してきた背景もあります。登場時間は多くはありませんが、彼女のインタビューは映画にスパイスのような役割、つまり引き締まる役割を担っています。
最後に、フランスでのコーディネーター兼コーチとなったドゥニ・ガレ。過去の実績は充実していますが、徐々に一線からは遠ざかりつつある彼。そして、とてつもなくお調子者だったりもします。さらに、ジンバブエチームを指導することで自分ももう一花咲かせられないかと考えていたりする結構な曲者でもあります。まぁ、この映画では大会前と期間中に彼の頼りない仕事や少し我の強い進行方法が見られ、それが足を引っ張る悪役ポジションにみえてしまいますが、彼の風貌を見れば、、何となく諦めてしまう、そう、憎めない人でもあります。こんな人は社会に出ればいくらでもいますからね。。。
そんな個性あふれる人たちのやり取りは観ている人を飽きさせないと思います。
アイデンティティを形成する祖国とチャレンジ精神
4人のインタビュー中に、とある人物が”I was born in Zimbabwe, I live in South Africa, I will die as Zimbabwean”のようなことを言っていたのが印象的でした(ごめんなさい、最後のところが、特に定かじゃないですが、もしかしたらin Zimbabweだったかも。)。
今、彼らは南アで少なくともジンバブエに住んでいた頃よりは豊かに生きています。それでも、そういう言葉が自然と出てくる。それが彼らを形成しているアイデンティティなんです。どんな状況であっても、心にあるのは祖国のことであり、おいてきてしまった人々のことです。
そして、彼らは自分にできるのは後に続く人に対しての成功モデルだったり、何かあった時に支援をできる体制を構築すること、そういうことだとよく理解しているです。
実際、彼らの大会後の現状について最後の部分で触れるシーンがありましたが、彼らなりの方法でそれらを行っていました。冒頭でも述べた彼らの成功への飽くなき欲望(Blind Ambition)は、こういう想いが背景にあると考えると、浅ましいとか、求めすぎだなんて思うことはできません。むしろ、自分も彼らに負けないくらいに挑戦し続けなければいけないと気づかせてくれるはずです。
厳しい状況にあった人たちがこんなにも明るい今日を迎えている映画はまぶしく、また情熱とあきらめない気持ちがあるといろんなことができるかもしれない、そう感じられる映画でした。
そして、映画全体を通して、ドキュメンタリー作品としても、エンターテイメント作品としてもかなり面白い作品に仕上がっているのではないかと思います。日本公開からもう少しで1か月がたちますが、まだまだ上映している映画館はあるので、ワイン好きの方はもちろん、飲食業界に身を置く方、またはモチベーションをあげていきたい方、ご覧になってみてはいかがでしょうか。
映画の概要
- タイトル:チーム・ジンバブエのソムリエたち(Blind ambition)
- リリース:2021年6月10日(Tribeca film festival)
- 時間:96分
- 監督:Robert Coe, Warwick Ross
- 制作:オーストラリア
- 制作会社:Third Man Films
- 配給:アルバトロス・フィルム
次の一本と一冊
Netflixにマスターソムリエを目指す映画があります。こちらはドキュメンタリーではないので、エンターテイメント作品として非常に見やすくなっています。
主人公はバーベキューレストランのオーナーの息子で、公私にわたって悩んでいます。家業を継ぐのか、恋人をどうするのか、そして運命的に出会ってしまったワイン。その道を究めたいという想いもある。でも、家族の誰も理解をしてくれない。さらに、果たしてワインの道を進んで食べていくことができるのか。様々な葛藤を繰り広げます。全てができればよかったけど、あいにく主人公はスーパーマンじゃありません、不器用な人間だから悩みに悩んで各々に対して自分なりの回答をだしていく、そういった映画です。予告編だけなら無料で見られますので、ぜひご覧になってみてください。そして、いつか見るリストに加えていただければ幸いです。
そして、この作品も読みごたえがありました。
ビアンカ・ボスカー、光文社、2018-09-13
この本はジャーナリストの視点でソムリエたちを追うというものですが、出てくるソムリエたちの常軌を逸したといっても差し支えないようなその熱量は読者に驚きと発見を与えてくれるはずです。
こういう人たちが沢山いるからワイン業界は安泰なんだなとも思えるし、こういう気持ちで色んなことにチャレンジしてみたいと気持ちを若返らせてくれる本でもありました。この映画の紹介をきっかけにもう一度読み直そうと思っているのでそのうちこのブログでも紹介したいと思います。
【映画を観た場所】
映画を観たのは新宿シネマカリテです。この場所を訪れるのはすごい久しぶりでした。コロナが落ち着いてから少しずつ映画館通いは再開していたのですが、なかなか以前のようにはいけず、この映画館からも遠ざかっていたんです。
コロナになる前は武蔵野館とともに新宿でよく訪れる映画館だったのですが。。。。訪れて思ったのは何となく昔の香りがする落ち着く場所だなというもの。そして帰ってきたぞーという感じ。自分にとっての映画館はいつもホーム感が満載です。
それにしても、毎回思うのですが、こういう映画館って商売っ気がないですよね。大手シネコンに行くと必ずポップコーンと飲み物を買ってしまう私ですが、この映画館だとポップコーンもジュースもとてもリーズナブル価格、つまりめっちゃ安いです。もっととってもいいんじゃないかと思ったりします。
そんなことを思いながら、チームジンバブエのソムリエ関連のオブジェがあったので写真を撮り、何となく満足。こういうのあると記念になりますよね。あっ、でもSNSにあげるのをいつもどおり忘れていたので何となく申し訳なく思いながら、この記事を書き上げました。
一人でも多くの人の目に留まると嬉しい映画だなとおもいつつ、次回は何をみようかと思索しています。ちなみに少し先にはなりますが、黒澤明監督『生きる』のリメイクでビル・ナイ主演の『生きる LIVING』(2023年3月31日公開予定)は映画館で観たいなと思っています。他にもやっぱりフレデリック・ワイズマン監督の作品が映画館でかかることないかなぁーと思ったりしています。
皆さんからも何かおすすめの映画がありましたら、教えてくれると嬉しいです。