【本紹介・感想】物議をかもしたタイトル…、個人的には面白く感じただけに心境は複雑『My Brother’s name is Jessica』

My brother's name is Jessica by John Boyne

あらすじ

サム・ウェーバー(Sam Waver)は地味な男の子。友達の輪に入っていくのも苦手で、親からも何となく期待をされていないのがわかる感じ。

そんなサムにはあこがれのお兄ちゃんがいた。ジェイソン(Jason)だ。学校では常に中心人物で、サッカーのユースクラブからの誘いを受けるほど、サッカーが上手い。しかも、女の子にも絶大な人気を誇っている。サムにとっては自慢のお兄ちゃんだった。忙しい両親もジェイソンの話題となると目を輝かせる。一方、サムに対しては、、、。まぁ、それもわからないでもないと思うサム。

ある日、ジェイソンが家族を集めて心に留めていた秘密を告白する。それは家族にとって少なからずショッキングなもので、サムにとっては受け入れがたいものだった。その日からサムの日常は変わってしまう。

果たしてサムの家族はどうなってしまうのか。そしてサムはジェイソンの秘密を受け入れられるのだろうか。

My Brother's Name is Jessica

My Brother’s Name is Jessica [ペーパーバック]John BoynePuffin2019-04-18(私が購入したのはハードカバー版でしたが、ペーパーバックも出てて読むのには変わりないのでどちらでもよいと思います。)

感想(ネタバレ注意)

物議をかもした内容についてはしたの方をご覧ください。

誰もがサムになりかねない

Photo by Victoria Borodinova from Pexels

繰り返しになりますが、サムは地味で目立たない子。勉強も運動もそんなに得意なほうではない。学校で優秀だった兄ジェイソンと比べられては周りの人たちをがっかりさせていました。。この子が主人公です。だから以下も少しサム視点で感想を書きたいと思います。

そんなサムにとってジェイソンは嫉妬の対象ではなく、むしろ、あこがれの対象でした。優しくて、女の子にも男の子にももてて、クラスの人気者で、サッカーが上手い。良いところをあげていったらきりがない。そんなお兄ちゃんを持っていることはサムにとって大きな自慢だったのです。

この気持ちはとてもよくわかります。近くに輝いている人がいて、その人のことを自分のように誇りに思う。よくある光景です。

しかし、サムはいつの間にかジェイソンにあこがれの兄役をあてがうようになります。優しいお兄ちゃんなら、こうする。もてるお兄ちゃんはこうあるべきだと。自分勝手で過度な思いを寄せるようになるのです。

無邪気な子供がやりがちな行為ですが、大人もよくやるはず。事実、サムとジェイソンの両親もそうでした。サムの両親は一見進歩的な思想を持っていそうで理解もありそうにみえますが、実際は保守的で融通がきかない人たちだったりします。成績とサッカーが上手という、古典的な優等生であることをジェイソンに期待します。一方、不器用で次男のサムに対する思いはおざなりとなっています。

ジェイソンのカミングアウトとサムの苦悩

それがある日全てが覆ります。ジェイソンが自身の性別に違和感を覚えていることを告白します。家族はそのことに対して失望を隠しませんし、受け入れられない気持ちを口にしてしまいます。そしてその事実に対して一旦蓋をしようとします。

しかし、その日からサムの苦悩が始まります。あれだけ優しかったお兄ちゃんはもういない。そして少しずつ風貌が変わっていくジェイソンに対して、サムは告白をなかったことにできないかと考えるようになります。そして、かつてのジェイソンを取り戻そうとまでします。

これは非常に残酷な考えでした。自分が作り上げた兄を取り戻そうとするわけですから。そこには人格などありません。

でも、サムにとってはそれほどに頼れる年長者だったんです。そして、すがる思いで様々な行動をします。言葉で傷つけ、直接的な暴力的行為も。その結果、耐えきれなくなった兄は叔母の下に身を寄せることになります。

サムの葛藤は大くなる一方です。本当は相談に乗ってくれる大人がいればよかったのですが、残念ながら、サムの身近に頼れる大人はいませんでした。

母親は次期首相候補としてキャンペーンに忙しく、父親もそんな母を支える役割を第一に考え、家庭のことは置いてけぼりになります。もちろん母と父が国のため思ってささげてきた時間や想いを考えれば安易にサムと向き合ってとも言えない。それでも、本来はそういわないといけないんでしょう。だって、それが一番近くにいる人たちの役割だろうから。

サムは様々な行動を起こしながら八方塞がりな状況に陥ります。そして、自分の状況を理解してほしいあまり、好意を寄せていた女のこに勢いに任せて、また賛同してほしくて話してしまいます。

ジェシカの世間に対するカミングアウト

Photo by Brett Sayles from Pexels

この小説で一番のショッキングな出来事はサムや家族の無理解よりもジェシカの世間に対するカミングアウトが強制的になされたシーンでした。

結局サムが女の子に話したことをきっかけに、ジェシカの存在は世間の知るところになります。ただ、こういうプライベートなことを世間に公表するのは自身が決めるべきことだと感じました。そして、決して第三者によってなされるべきことではないというのが、この本を読んでいるとよくわかります。

残念ながら、ジェシカはそれを許されませんでした。さらに政治家の家族だったからこそ、ジェシカの存在はセンセーショナルなかたちでとりあげられてしまいました。

世間からは好機の目で見られ、マスコミも朝から家の周りを囲む。正しい情報はほぼなく、みな興味半分に根拠もなく適当なことを言います。もちろん、これは前時代的な反応かもしれません。ただ、前時代的であってもこういうことになりかねない環境はいくらでもある気がします。

両親は心を痛めるとともに、この状況を作ってしまったことを深く反省しはじめます。

一方、ジェシカもそれに対してすごい負い目を感じてしまい、元通りに戻ろうとする悲劇を生みます。その場面はとても痛々しく、読みすすめるのが苦しくなるほどでした。

ジェシカとローズは魅力的なヒロイン

この小説のジェシカは本当に魅力的に描かれています。年長者としてサムに優しくあり、サムのいうことに耳を貸します。そしてできる限り質問に答えてくれます。頼りがいのある姉です。

さらにすごいのは自分がどうなりたいかについてきちんと考えています。周りから情報を得て、それについて熟慮して親に自分の考えをきちんと説明します。そして、少しずつ自分の環境を整理していくんです。もちろんそのことがどれだけ難しいか、そしてその行為に対して冷淡にあたるひとがでてくることも承知の上で。それでも自分に正直にいようとします。

そんなジェシカに手を差し伸べたのが叔母のローズでした。家族の中で発生した問題がきっかけとなって、ローズの家に身を寄せることになるジェシカ。

そこで初めて彼女は生活をリセットすることができました。おばはあるがままのジェシカを受け入れた身内で最初の人。名前を付け、ジェシカを受け入れてくれるコミュニティを紹介します。家族からは彼女の過激な思想が嫌われていたけど、慈愛にあふれていた人でした。たぶん、こういう人が身近にいるといないとで人のその後は変わるんじゃないかと思います。

大人にはそういう存在であってほしいと思うし、私もそうなりたいと思う限りです。

個人を受け入れて

サムの考えは当初から独善的でした。それはジェシカの告白を受けて、会話を重ねても変わりませんでした。それが、周りの意見を聞いたり、自分の意見が否定されたりする中で少しずつ、ジェシカという存在について考えるようになります。サムが好きだったのは優秀でサッカーができたおにいちゃんなのか、それともジェシカ本人なのか。

そしてジェシカという存在を失いかけてその存在の大きさに気づきます。

さらにジェシカに対してこれ以上苦しんでほしくないと思うわけです。そのとき、はじめてジェシカの本当の姿をみるわけです。 大事なのは見た目や性別ではなく、その人自身だということに気づいたいわけです。

本書の最後は和やかな雰囲気のなか終わります。サムは結局おちゃらけているこですが、それでも成長した雰囲気が感じ取れ、これからの彼が楽しみになるような感じでした。

色んなとげとげしいシーンは多くありましたが、それでも本の中で色んなことを学べる気がします。色んな人に薦められる本ではないかもしれないけど、誰かが自発的に読んだのならば、それはいいのではないかなと思える本でした。そして、その内容について話し合いたくなるし、その子が小さい子だったらその理解をほんの少しだけサポートしたいな、とも思いました。

(おまけ)この家族は?

Photo by Vidal Balielo Jr. from Pexels

ジョン・ボイン氏がよく使う手法がこの部分にも使われていますよね。

お母さんは当初大臣として描かれます。そして後にチャンスを得てバリバリの首相となります。父親はそんな母を内外でサポートする政治家ということが描かれています。イギリスでこんな家族だとしたらすぐにピンとくるでしょう。しかも出版された時期も時期ですから(ちなみに下のyoutubeでこのことも語っていました)。

そう、ご存知の通り、この家族のモデルはイギリスのメイ首相ですね。進歩的な思想を持ちつつも、家全体は保守的な空気があります。そんなちょっぴり窮屈な空気感がよく伝わってきます。

残念ながら私がこの本を取り寄せたころにはすでにジョンソン首相へと変わっていましたが、何となくわかった瞬間は嬉しかったです(笑)。じゃー、反旗を翻した政治家も何となくわかるような気もしますよね。まぁ、その辺はよく読んでみてください。

ちなみにメイ首相がお母さんのモデルにはなっていますが、彼女にはお子さんがいません。なのでこの部分は完全な創作です。もしかしたら、こんな家庭になっていたかもしれませんし、なっていないかもしれません。その辺も含めて想像を膨らませると面白いとおもいます。

SNSで物議をかもした内容の整理:

Transgender flag celebrating LGBTQ Pride for June, 2019 Photo by Sharon McCutcheon on Unsplash 

実はこの本はSNSで大きな話題となりました。それは大きく二つ、もしくは3つあったようです。以下、少しだけ備忘的にまとめておきます。

トランスジェンダーは物語の主人公であるべき?

①については特に当事者が中心となってその視点はあまりにも残酷で当事者の配慮を欠いたものだというものです。確かにこの小説ではシスの弟サムの視点から描かれています。そして他の小説同様に無邪気な少年ゆえの無意識で無遠慮の発言や行動が時にじジェシカを、時に家族を傷つけます。それはシスの人が読んで襲うなのだから、当事者が読めばもっとでしょう。そもそもあらすじで書いたように「受け入れてもらう」べきではないはずですよね。そのままであることを私たちが理解すべきものなんだなとも思います(ニュアンス的に難しいのですが、彼らはそれすら望まずほっとけというかもしれないけど)

トランスジェンダーではない作者はトランスを書いてはいけない?

②トランスジェンダー経験者にしかそのつらさはわからないから、当事者以外はこの類いの小説を書くなというもの。これに対して多くの作家も含めて、であればほとんどの小説家は小説を書けなくなってしまうだろうとの擁護がありました。確かにマイノリティである人たちに対して配慮はすべきだし、それは大切。でも作家はそれも含めて自由に書くべき。そして本作は当事者に取材も行って書いています。だからこそ抉るような詳細な描写があるのかもしれません。また、ジョン・ボイン氏は有名かつ影響力のある作家です。だって、日本に住んでいる私ですら取り寄せてせっせと読んだのですから。そして、多くのことを知り、学ぶことができたのでこの作品は少なくとも意味があったと感じています。

タイトルは乱暴で暴力的 ?

③については“お兄ちゃん”というラベルは個人の自認を無視したもので、このタイトルだけでも非常に当事者にとってストレスを与えるものだというもの。確かにタイトルはタッチーです。そしてこのフレーズを本文中に使っているかというと、、、、。探してみてください。このフレーズを完全に使っているところは一か所だけだと思います。もちろん、ほとんど最後の章までbrotherやheというふうによんでいますが、最終的に受け入れる証左としてサムは最後の章では”She”という言葉をジェシカに対して使いますよね。

それがサムの成長であり、ジェスに対しての態度となっている気がします。

正直、このタイトルは必要なのかわかりません。でも、非常に目につくタイトルではあると思います。

さらに言うとこのカバーデザイン。LGBTフラッグではありますが、トランスジェンダーのものは別にあります。トランスの方々は性の自認について他の性的嗜好マイノリティの方々とは異なるという認識を持っていると思います。また、逆も然りでしょう。その辺はもっと丁寧なパブリケーションが必要だったのかもしれないなと思います。

主にこれらの点を中心に、SNSで批判的なコメントを寄せた人物に対して作者であるジョン・ボインさんが(少し)厳しい切り返しをしたことで炎上してしまったということ。この結果、さらに話題は盛り上がり、本を読んだ人はもちろん、読んでない人も巻き込んだものとなりました。最終的にジョンボイン氏はSNSアカウントを閉鎖していました。

実際、海外のレビューサイトgoodreadsのコメントは賛否が極端に分かれたものになっています。

ただ、この議論に至るというのは非常に欧米各国のトランスジェンダーに関する議論が進んでいるからなのかもしれません。とあるトランスの方のコメントを読んでいてもこれが2000年代前半の小説だったら、(それでもタイトルはどうかといいつつも)問題にならなかったのではないか、議論となってそれは良かったのではないかとコメントしつつ、議論が深まったはずの2020年手前になって議論が戻っていくような感じが嫌だったといっています。

また、他の方は今や若い世代は普通に受け入れていることなのに、なぜサムはここまで無理解なのか理解に苦しむといったコメントもありました。こういうコメントをみると本当に進んでいるんだなと思います。

日本はこの議論のどこまで進んでいるのかなと思いつつも、色んな意味で私にとってはこの問題を取り巻く環境についていろいろと勉強になった本でもありました。

本について

本の概要

  • タイトル:My Brother’s name is Jessica
  • 著者:ジョン・ボイン(John Boyne)
  • 発行:Puffin Books, part of the Penguin Random house group of compnies
  • カバーデザイン:
  • 第1刷 :2019年4月26日
  • ISBN13: 978-0-241-37613-3
  • 備考: ebook and audio available

関係サイト

著者オフィシャルHP: https://johnboyne.com/

ジョン・ボイン氏のtwitter: @john_boyne

ジョン・ボイン氏に対するステファニー・ハースト(Stephanie Hirst)氏によるインタビュー、ステファニーはトランスとしてカミングアウトした経験がある人です。このインタビューはどういう想いをもって本作を書いたかがよくわかります。字幕もつけられますので偏見なくみてもらえると嬉しいです。ちなみに 自然とsiblingという言葉がでてくる会話、久しぶりにみました。。

ジョン・ボイン氏はメディアにも多く登場しています。様々なことについて自分のスタンスを表明しているので、まずはキーワードと共に検索してみるとご自身の考えと一緒なのか異なるのかわかって、さらに興味が増すかもしれません。

作家に興味を持つきっかけは様々だと思いますので色んな方法でサーチしてみてください。

次の一冊

A Ladder to the Sky

A Ladder to the Sky [ペーパーバック]John BoyneBlack Swan2019-02-07

ジョン・ボイン氏つながりだと『A ladder to the sky』なんてのも面白いと思います。こちらはとある作家志望のウェイターが主人公。小説を書いて有名になることが夢のウェイターだが、致命的なのは伝えるべきストーリーがないこと。そんな彼はある日とある老人と出会い、魅力的なストーリーを聞き出す。そしてそのことを元ネタとして小説を書いて成功するのだが…。

本作もそうですが、ジョン・ボイン氏のカバレッジの広さを感じさせる小説だと思います。この本についてもいつか読み直して本サイトで紹介していきたいと思っています(他の積読状態の本との兼ね合いは必要ですが…)。

雑な閑話休題(雑感)

恥ずかしい話なのですが、なぜこの本を取り寄せたかというと、ジョン・ボイン氏がこの本をきっかけに様々な人から攻撃を受けて残念にもSNSアカウントを削除してしまう事態に陥ったと知り、一体どんな内容なんだろうと思ったからです(現在は復帰しています)。

その過程でSNSのやりとりや複数のメディアの反応等をみて本当にこの題材はセンシティブな問題だなと改めて思いました。個人的にはあまり抵抗のない話題ではあるのですが、もちろん今回の話のような当事者ではないのでその辺は本を通してだったり、話を聞かないとわからないのです。

そういう意味ではジョン・ボイン氏が本作を書いたことは非常に意味があった気がします。もちろん、物議をかもして散歩両論があり、特にトランスの方々からは多くの否定的な意見が上がっていることも含めて本当に意味のある作品だと思いました。

もしどういう意見が上がっていたか少しでも興味のある方はgoodreadsというサイトのレビューを読んでみてください。ここでは自分がどういうポジション(シスかトランスか)かを述べつつ、どう感じたかについて多くの意見が寄せられています。総花的な意見が多い中でとても新鮮に映りましたし、本当に勉強になりました。このレビュー欄も含めておおくのことを学ぶことのできた本でした。

(あっ、最後に本が届いた瞬間に香る本独特のにおいがとても好きでした。。。本当に関係ない一言でした。)

My brother's name is Jessica by John Boyne
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