【本紹介・感想】コーヒーを分析する『新しい珈琲の知識』

内容

本書ではタイトル通り、コーヒーに関する”新しい”基礎知識が紹介されています。いわゆる伝統的なコーヒーノキの普及ルート、抽出方法やコーヒー産地に関する説明もありますが、既存の入門書にはなかったデータ、例えば、コーヒー産地の紹介とともにそこで採れるコーヒー豆の総酸量や総脂質量も含めて説明。それらと官能評価との関係性についてまで言及しているのが特徴です。

そのほかにもPH(酸を示す尺度)計測器や味覚センサー(味の強度を計測するもの)を用いて普段飲んでいるコーヒーがどのような特徴や傾向があるのかを客観的に説明にしてくれます。

普段からコーヒーをよく飲む人なら、本書に紹介されているデータをみて自分がコーヒーのどの部分に惹かれていたのかを解明するチャンスでしょうし、この情報をきっかけに似たようなコーヒーにチャレンジすることもできるでしょう。また、これからコーヒーを極めたいと思っている人にとって見れば、色んなデータを意識しながら自分がどんなコーヒーが好きなのかがわかるようになるはずです。

また、この本にはコーヒーが好きな人だったら一度はやってみたいカッピング(テイスティング、コーヒーの品質評価の際に行う味覚を用いた官能評価のこと)の手順についても詳しくまとめられています。ほかの本ではカッピングについて語られることは多くても、その手順まで詳細に説明したものは少なく感じられます。また、この本ではさらに一歩踏み込んで、著者が提唱しているカッピング方式の紹介もあります。じつは正式なカッピングを行うのは手間も時間も必要となっているので、自宅で行う場合はいくつか手続きを変える必要があります。その変更にあたっての注意点だったり、こつだったりも教えてくれるので、この本があれば自分なりのカッピングがさらにはかどると思います。

ということで、この本は自分なりのコーヒーに関する知りたいことを客観的に教えてくれる本であると同時に、読者の今後のコーヒージャーニーを手助けしてくれるガイドブックとなりえる一冊に仕上がっていました。

新しい珈琲の基礎知識

新しい珈琲の基礎知識

堀口 俊英、新星出版社、2023-06-08

内容を振り返りながらの感想

過去の著作との比較

著者の堀口英俊さんは2010年に『珈琲の教科書(感想ページ)』という本を出され、2021年には『The Study of Coffee(感想ページ)』という本も出されています。本屋を訪れてこの三冊が並んでいたら戸惑うと思うので、各々にどんな特徴があるかについてまとめてみました。

表のように重複しているトピックを扱ってはいますが、各々の本のコンセプトや対象が異なるために説明や解釈の仕方が違ったりします。例えば、一般的なコーヒーに関する知識を得るには『珈琲の教科書』がいまでもお薦めですし、それ以上の専門的な知識を得たいなら下の二冊がおすすめです。

また、各々の本は相互補完的な役割も担っています。例えば、PH(酸性値)やBrix(濃度)等については『The Study of Coffee』に詳しい説明や情報がありますし、味覚に関する考察については本書のほうがはるかに踏み込んでいます。なので、まずは各本の目次に目を通して自分に合った本を見つけてみるといいかなと思います。

以下、『新しい珈琲の知識』に書いてあったことを簡単に紹介したいと思います。

Part1:抽出の仕方

at the cafe with barista

Part1には各抽出器具の特徴、そしてそれぞれにおける共通した変数であるコーヒー豆の焙煎度、粒度(細かいか粗いか)、時間、マシーン等によってどんな特徴があるかについて簡単にまとめています。本書ならではの見どころは特定の条件下で各抽出器具を使った時のコーヒーについて、具体的な濃度や味覚(味覚センサーを使って計測した強度情報)について説明がなされているところです。

これらの数値を知れば、自分が普段飲んでいる器具がどのような特長をもっていて、仮にそれにしっくり来ていない場合、どのように改善すればいいかの指針がわかるパートになっています。ちなみに著者はどれが好ましいかは明言していませんが、コメント欄をみればなんとなくわかります。。。まぁ、この辺はその人が何を大事にするかに通じるところですね。

Part2:コーヒーを知る

カッピング用のカップ

Part2ではコーヒーを構成する味に関する基礎知識を得られます。植物としてのコーヒーノキの生育条件から始まり、輸出されるまでの工程、日本のコーヒー輸入状況など。加えて、スペシャルティコーヒーがどのような経緯で誕生したのか等。読み物としても面白いパートでもあります。

また、コーヒーの味を構成している主な着目すべき構成物質(有機酸の有無、PH(酸性度)、脂質量等)も示しています。

そして、SCAの正式な官能評価手順(カッピングプロトコル)や生豆選定(グリーングレーディング)についても丁寧な説明がなされています。この辺の知識は伝聞で広まっていることが多く、必ずしも正しい知識が広まっていないので一読の価値があります。特にSCAの講座やQグレーダー等の資格に興味のある方は受講前に読んでおいて損はないと思います。

個人的に興味深かったのは、スーパーなどでなじみ深いコモディティコーヒー(CO)とスペシャルティコーヒー(SP)の違いがどのようにところに現れるか、データを対比させながら説明していたところでしょうか。平均スコアで10点の差があると色んな項目がデータ的にも乖離しているのがわかってすっきりしました。

Part3:コーヒー豆を選ぶ

抽出した沢山のコーヒー

Part3はコーヒー豆を精製方法、品種、テロワール(地域特性)について紹介がなされています。

個人的にはこのパートが一番内容が濃く感じられました。まず、ここには筆者が1990年代から経験した各国におけるコーヒーの味の変化について自身の経験を交えながら解説がなされています。これは1990年代からスペシャルティコーヒーをけん引してきた筆者にしか書けない情報です。

もう一つ特徴的なのが、各生産地のコーヒー、精製方法、品種に実験データを添えて紹介している点です。エチオピアの酸は、ブラジルのそれと比べてどの程度あるのか、インドネシアの脂質量は他の国比べて本当に多いのか等、このPartを読めば普段疑問に思っているものがきっといくらかは解消すると思います。

Part4:コーヒーを評価する

Sensory Lexicon

Part4では「何が良いコーヒーで」「何が優れた風味で」最終的に「何がおいしいコーヒーなのか」を評価するための指針が書かれています。ここでも風味を表すものとしてSCAのフレーバーホイールが業界標準であることを明記しつつ、日本人消費者にとってなじみ深い語彙を別途紹介しています。これを知っていれば巷で多く行われているカッピング会に行って味の感想を聞かれても問題なく答えられると思います。

また、著者自身が運営している珈琲研究所で使っている官能評価シートを公開しつつ、なぜそのようなフォーマットになっているかや、このフォームを使う際の留意点等を紹介しています。もちろん、ここでもこれらを使った際に導かれるスコアが既存のものと比べても違和感なく機能していることをデータを用いて説明もしています。

この章を読みこなせば、きっと自身の官能評価トレーニングにもつながると思います。

全体を通しての感想

コーヒーの香味についてはどうしても直感的な表現が使われがちで、ともすれば独りよがりになりがちですが、この本では多くのケミカルデータを添えることでその表現をさらに説得力のあるものになっていました。それらは読んでいてとても新鮮でしたし、今後カッピングを行うにあたって大変参考になるものでした。

また、90年代からのコーヒーの味の変遷や生産体制の進化についても感慨深く読み進むことができました。いま、私がコーヒーを飲むことができるのは先人たちが、そして今も現地で頑張っている生産者があるからこそなんだなと改めて感じることができるものでした。

そういうことを感じられる本書は間違いなくおすすめの一冊だと思います。

ちなみに少し感想からは脱線するのですが、本書において”「おいしい、まずい」などの消費者の主観的な嗜好を調べる「嗜好型官能評価」と「品質がよいか悪いか」という客観的な視点からコーヒーを見る「分析型官能評価」(本書P97 Part 2コーヒーを知る 5コーヒーの品質を評価する方法を知る chapter 1 官能評価(テイスティング)とは)”があって、この本では分析型官能評価についてです、と断ったうえで話を進めていたところは興味深かったです。。

というのも、先日、2023年にSCAが発表したコーヒー価値評価(Coffee Value Assessment)について記事を書いたのですが、SCAの中でもコーヒーを評価するにあたってその評価が主観的なのか客観的なのか、について分けて行うべきという意見が多く寄せられたということを思い出したからです。そういう意見を踏まえても、こういう風に整理したうえで議論を進めるのは重要だなと思った次第です。。。。まぁ、この辺は完全に脱せんでしたが、良ければその記事も参考にしてみてください。業界の方向性がわかるはずですし、この本の理解もさらに深まると思います。

SCAが発表したコーヒーの新しい評価方法についてまとめたものです。

あっ、あと個人的に気になったのは①味覚センサーの評価において”甘み”がなかったこと、②示される表が必ずしも全部同じ項目を使っていないところは気になったのですが、この辺は著者の匙加減次第なのでしょうがないかなとも思った次第です。それ以外は色んな方面で刺激を受けて、何度も読み返すほどの本となっています。

本の概要

関係サイト

本書内でも紹介されていますが、著者は週末にコーヒーセミナーを開催しています。中級セミナーでは貴重な精製をしたものやオークションロットなどをカッピングすることができます。非常に濃い内容となっていますので、タイミングが合えば参加してみてはどうでしょうか。

次の一冊

今回の書籍の内容はだいぶ広範な範囲をしているのでこれを超えてとなると、コーヒー関連の資格書籍になるんじゃないかなと思ったりします。一つはコーヒーインストラクター検定2級、もう一つはコーヒーマイスター(可能であればアドバンスド講座)になるんじゃないかなと思っています。

友人で持っている人がいれば少し見せてもらったりしてみてはいかがでしょうか。また興味のある方は資格取得にチャレンジしてみるのも面白いと思います(正直、お店で役に立つかは、そのお店のブランディング次第です。ただ、コーヒーについて一定の知識を持っているんだなという認識は持ってくれると思います)。

少し俯瞰してみるとしたら山内秀文さんが翻訳されたユンカースの『ALL ABOUT COFFEE コーヒーのすべて 』で歴史を学んだり、旦部幸博さんの『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか 』で科学的な知見を深めるのもいいと思います。

お二人ともコーヒーマイスターの教本の監修を務められているので信頼がおけますし、色んなところで参考文献として紹介されている本です。ですので、コーヒーのベースとなる知識を固めるのにとても役に立つ本だと思います。

コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか (ブルーバックス)

コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか (ブルーバックス)

旦部 幸博 講談社 2016-02-19

ALL ABOUT COFFEE コーヒーのすべて (角川ソフィア文庫)

ALL ABOUT COFFEE コーヒーのすべて (角川ソフィア文庫)

ウィリアム・H・ユーカーズ KADOKAWA 2017-11-25

雑な閑話休題(雑感)

この記事を書いているとき、パパブレンド(作成日記が読めます)ができたという内容のメールマガジンが堀口珈琲から発信されていました(~2023/6/23 8:00まで販売)。今回はこの本でも紹介されている官能評価と味覚センサー等も使った、スペシャルティコーヒー業界では珍しいブレンドの作り方をしていました。

そして、この本を読んで、著者が製造過程で色んな試行錯誤を経たうえで、このブレンドを作っているんだと思うと、さらに格別な味がしました。

ちなみにインターネットで”堀口珈琲 パパブレンド”で検索するとと過去(2014~)のブレンドの作成過程がみられます(リンク)。それをみるとブレンドの構成も変わっているし、コンセプトも変わっていて面白く感じられますし、逆に言うとそれだけ調達できるコーヒー豆の幅が広まって企業としての進化も感じられて面白かったです。

残念ながら今年は終売になってしまったパパブレンド以外にも堀口珈琲は色んなスペシャルティーコーヒーを取り扱っているので興味がわいたらオンラインショップも覗いてみてください。サイトにはコーヒー豆の詳細情報だけでなく、横浜工場のことや内部の人のことも紹介されていて参考になるものが多いと感じられます。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。また次回の記事でお会いできるのを楽しみにしております。

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