白いパンを求めて
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欧州を中心に、古くから食卓に並ぶようになったパン。ただし、階級によって食べられるパンは違いました。小麦を挽くことによって得られる白い小麦、それは大部分を無駄にしたもの。そのため、そのような小麦を得られるのは一部の特権階級のみ。多くの大衆は全粒粉やその他の植物をいれて食べていました。
パンは大事な食べ物であったため、時の支配者はその供給に目を光らせていました。本の中でも中世以降、イギリスやフランスではパン販売に関する価格統制がなされていたことに触れています。ただし、この価格統制は重さに対するものだったため、中にはパンの含有物を工夫することによって利益を最大化しようとする職人たちもいたといいます。
17-18世紀に販売されていた当時のレシピで再現した、人間用のホースブレッドの写真が本にはあるのですが、様々なな添加物がはいっていたのでしょう、驚きの密度です。これが美味しいはありません。古来よりパンは飢えをしのぐための美味しくないものとして描かれていた理由の一端が垣間見られる気がしました。
一方、フランスでは当時の政府が度重なる国外の戦争の戦費を賄うために国民に重税を課したところ、日々の飢えをしのいでいた民衆はパンを求めてフランス革命を起こしたのはあまりにも有名なことです。
パンの美味しさは移り気?
現在でもフランスのパン屋のバゲットの味はまったく違います。流行りや廃りはあっても、古くからある店はどれもある程度自分の味を持っているそう。それは製法も違ければ、生地の発酵方法もサワードウにルヴァンと異なる。その結果、中身(クラム)の気泡の大きさも異なれば、パン皮(クラスと)についても違うとのこと。
ちなみにパン生地に砂糖を加えるようになったのは19世紀以降のことで、さらに1550-1800年までのイギリスおよびフランスのパンに関する文献では塩は使われてなく、または使われたとしても極わずかだったとのこと。
いずれの時代も美味しいとされたパンがあり、ただ、それでもそれに対抗する意見も存在し、いつの時代もどのパンが美味しいについて議論が交わされていました。そのように素人も議論に参加できたり、話題性に富むのがパンなのです。
世界パンの旅
By JEDIKNIGHT1970 – Own work, CC BY 2.5, Link
さらに本は、世界に散らばっていったパンの各地における事情について説明していきます。パンは大航海時代に自国の植民地へまず自身の国のパン製法がもたらされます。それが長い年月を経て独自のものになったという。最近ではメディアやインターネットの影響を受けて、世界各地のパンが様々なところでみられるようになったと主張しています。
そういった事実に触れつつ、まず、フランス。海外からのパン文化を否定するこの国では中世から引き継がれたパンが店先を固めます。
メキシコでは様々なパンがマーケットで売られています。ユニークな形をしたロールパンやメキシコオリジナルのコンチャ。恐れずに新しいパンに挑んでいる様はウィリアムによればフランスとはだいぶ違うそう。
ドイツはフランス同様に地元の伝統を守っている。小麦が普及しても、伝統的なパン屋はライ麦の全粒粉が使い、色んな種を含めた商品を置く。また、香り豊かなキャラウェイやフェンネルを使うこともしばしば。
そして、イギリス。イギリス人はかつてトースト文化の国だった(今も好きな人は多い)のでそこまでパン文化は盛んではなかったとしています。しかし、昨今はアルチザン・ブレッドや仏独のサワードウ製法を取り入れ、個性的なパン屋が多くできつつあるといっています(2011年発行当時)。
アメリカについて多くの移民がいるため、その移民街にいけば、各国のパンを食べることができるとしていて、またそれらが現地で少しずつ変化していくさま、ほかの文化と融合していくさまは非常に面白いとしています。
最後に本書でも事ある毎に触れ、ウィリアムがそれについて大切にしていることがわかる平焼きパンについて間違いなくパン文化を豊かにしていることについて付言しています。
このように、ウィリアムは本当に嫌味なく各国のパン文化を紹介していて気持ちよいものでした。しかも、それは知識をひけらかすものでは決してなく、腕の良い学芸員さんの解説のようでした。
パンの未来について
最後にウィリアムは21世紀のパン作りについて期待感を示して、本書を締めくくっています。
昨今はパン作りにも伝統と革新の波があるといいます。片やパン職人は原点回帰をしつつ、過去の製法を学び、古代の麦も育成するようになりました。一方、製パン工場ではバイオテクノロジーの進歩によって、新しい酵母や麦が誕生しており、製造も日々進化しています。このように日々パンの種類は増えていっているといいます。
また、かつては農村の家庭で伝わっていたパン作りはインターネットによって幅広く共有され、今やアマチュアパン作りの担い手はそれらを見ることによって腕が洗練していっているといいます
本書は、アジアのパン文化についてふれている箇所は限定的ですが、それでも読みごたえのあるものでした。
本の概要
- タイトル:パンの歴史(「食」の図書館シリーズ)
- 著者:ウィリアム・ ルーベル
- 訳者:堤理華
- 装幀:佐々木正見
- 発行:株式会社原書房
- 印刷:シナノ印刷株式会社
- 製本:東京美術紙工協業組合
- 備考:Bread; A Global History by William Rubel was first published by Reaktion Books, London UK. 2011, Japanese translation rights arranged with Reaktion Books Ltd., London through Tuttle-Mori Agency. Inc., Tokyo
関連サイト
- ウィリアムルーベル氏HP:http://www.thomasthwaites.com/
- twitter(更新なし): @wmrubel
次の一冊
本書はあくまでウィリアム・ルーベル氏の主張に基づいて話されています。本作は各業界誌でも高い評価を得られていますが、もう一冊くらい似たような分野を扱った本を読むとより客観的になれるかなと考えています。『パンの文化史』は、そういう意味でおすすめの一冊です。この本はパンの発祥から中世を中心に一般人にとってパンはどのような存在でどのように作られたかを当時の民話等も参照にしながら、紐解いています。
当サイト【Book and Cafe】では次の一冊に関する短い紹介文を募集しています。お返しは今のところ何もできませんが、ここにSNSアカウント等を記載した半署名記事をイメージしています。要は人の手によるアマゾンリコメンド機能みたいなものです。気になったかたはSNSや下のコメントもしくはお問い合わせ にご連絡頂けますと幸いです。
雑な閑話休題(雑感)
パン作りをする環境は以前とは比較にならないほど整っている気がします。電子オーブンレンジは安くなり、初心者向けの本も沢山出版されています。さらにネットではレシピを確認できるようになり、Youtubeやクッキングサイトをみれば、こね方まで詳しく知ることができます。
多くの人が家庭でパンを焼いていた時代から、プロや工場に集約されていたパン作りの一部は再び家庭にも根ざそうとしているかもしれません。本書の終章を読んで、そんなことを感じずにはいられませんでした。
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