【本紹介・感想】コーヒーの断片的なトレンドが知識として統合される『スペシャルティコーヒー物語』

スペシャルティコーヒー物語 装幀

内容を振り返りながらあれこれ

著者とスペシャルティコーヒーの出会い

Murky Coffee(閉店済)で若きバリスタNick Choとのインタビューシーンから始まります。著者にとって彼の淹れたコーヒーは苦く「ない」、そして「美味しい」コーヒーとの出会いで、この本を書く遠因ともなっています。たぶん、この本を読む誰もがそんなシーンを経験しているんだと思います。少なくとも私はそうです。

そして、スペシャルティコーヒー市場で取引される価格について触れつつ、エスメラルダ・スペシャルの煌びやかなコーヒー市場への登場について紹介します(この豆につく価格はコーヒー好き以外には全く理解されないですよね(笑)もちろん、私もその価値の少ししか理解できてない一人です)。そしてそれらを取り扱うバリスタたちが競うワールド・バリスタ・チャンピオンシップの風景へとうつる。どれも華やかで、そこには昔ながらアメリカン・ダイナーで焦げた味のするコーヒーを提供するウェイターのかけらも残っていません。

わかりやすい3つのウェイブとスペシャリティコーヒーの座学


そして、本書は現在世間で語られている3つの波に関する説明やそれに至るアメリカのコーヒーの歴史とスペシャルティコーヒーに関する少々の座学が始まります。印象的だったのは、普段あまり語られることのない、アメリカで当初はアラビカ種のコーヒー豆が一般的だったということ。それが20世紀前半に大量消費の時代となると、ロブスタ種を使ったインスタントコーヒーの普及について、指摘していることで、これは驚きでした。

そして多くの人が知るに至った、各ウェイブについて。いうまでもなく、第一はインスタントコーヒーとともに一般家庭へとコーヒーが普及したということ(そして味を最低なものにしたとも皮肉たっぷりに言っていますが・・)。そして第一の波に対するカウンターとして、高品質なコーヒー豆を使うカウンターとして登場するコーヒーショップたち。今なお市場を圧倒しているスターバックスとかですね。そして、この流れのなかで、Knutsen Coffees(閉店)のクヌッセンが特定の「アペラシオン」で栽培されたコーヒー豆をスペシャルティコーヒーと呼んだことがその始まりとしています(1974, Tea & Coffee Trade Journal)。

さて、興味深いのは基本的に当初、スペシャルティコーヒーは特定の気候の下で作られる単一のコーヒー豆に対する呼称だったことです。今はコーヒー豆から淹れる場面までの一連の工程を指しています。ちなみにアメリカのスペシャルティコーヒー協会(SCAA)のHPと日本のスペシャルティコーヒー協会(SCAJ)のページの密度の差はだいぶ違くて面白いものがあります(SCAA, SCAJ)。


そして、スターバックスを代表とするグルメコーヒーの産業化へのアンチテーゼとして登場するサードウェイブの面々。中には生産地に直接赴き、品種改良をより直接的にサポートしているものもいる。

だからといって、無鉄砲な夢見人ではない。現在アメリカで生き残り、それなりに名前が売れているお店たちはスタバとも互角にやりあっているお店だけ。経営的なセンスをある程度兼ね備えているという。これが大雑把なトレンド。

コーヒー農家とコーヒーの取引価格

コーヒーの取引価格。コーヒーの取引価格は40年間ずっと停滞している。そして、いま、再び下落傾向にある。 USD per pound. Source

一方、世界には2億~2億5千万ものコーヒー農家がいるとのこと。彼らは一様に直近のコーヒーの取引価格の下落に頭を悩まされていました(世銀によれば70年代以降、インフレ調整すると毎年3%程度の価格下落の影響を受けているとのこと)。生産者のほとんどは小規模農家で、大規模なプランテーションでなかったことは皮肉にも悲劇を倍増しているという。

この結果、ケニアではコーヒー畑から茶葉への転換を図る農家もいると。ちなみに、先日の東京コーヒーフェスティバルのセミナーで、イエメンやエチオピアでは嗜好品のカート(チャット)栽培に当てたり、中米では燃料の原料となるエタノールが生成されるさとうきび畑へ転換されたり、もしくは耕作放棄になることもあるといわれていました(記事リンク)。 本書でも同様のことを言っており、このトレンドはまだ続いているということが確認できます。 さらに驚くことにパナマの一流農園でも、コーヒーだけで生計をたてるのは難しく酪農と並行して行って農家がほとんどとのこと。

ちなみに本の中で紹介されているルワンダのコーヒー農家の現状はこんな感じです。ルワンダ国民の年収は約200ドル。手作業で働く日雇い労働者の日給は約80セントとなり、時給10セント。もちろん、彼らはある程度自給自足できる生活をしています。ただ、彼らが腹痛で医者に診てもらい、薬を処方してもらうと15ドル程度かかるそう。中米ではコーヒーの買い取り価格が低く、雇用主は十分な費用を社会保障にねん出できていないことも紹介されています。状況はどうみても厳しい。先進国では、声高にコーヒー農家の子供を労働の場に出すなといいますが、このような環境下では教育費はそもそも捻出できないのです。仮に家に残しておくとそこは治安が良くなく、人さらいだっている状況。むしろ親の隣で農作業をさせておくほうがよっぽど安全だという。

このような現実をスペシャルティコーヒーを追い求めてきた新世代の人たちは、この状況を打破すべく、様々な取り組みを行おうとしているという。

現状、スペシャルティコーヒーの年間売り上げ10億ドル、市場全体の約8%。これでは世界のコーヒー農家全体の生活水準を引き上げるのは難しい。それでもスペシャルティコーヒーに対する取り組みは今後の業界に影響を及ぼすのは間違いない。なぜなら、彼らは業界のトップにいて、業界の次のトレンドに影響力を持ち、世間も注目しているから。

次のページでは、本書が紹介するスペシャルティコーヒーに関係する人々の取り組みや周辺環境について振り返っていきます。

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