【本紹介・感想】コーヒーの断片的なトレンドが知識として統合される『スペシャルティコーヒー物語』

スペシャルティコーヒー物語 装幀

様々な取り組みと上手くいかないもどかしさ

Coffee cherry cross section.JPG
By Michael.C.WrightOwn work, CC BY-SA 4.0, Linkコーヒーの実をカットした場面。みずみずしい果肉が姿を見せる

本書の話題は各業界リーダーの話へと移っていきます。なぜ彼らがスペシャルティコーヒーと出会って、今もこの仕事を続けているか。イタリアにルーツを持ち、エスプレッソ文化に幼少期からなじみがあったものもいれば、事業を立ち上げてから10年で業界の注目株に上り詰めた人。そして、スポットで語られる人々のバックグランドもなかなかにユニークでした。いずれにせよ、ディテール過ぎるのでここでは割愛。

とにもかくにも各々全く違ったバックグラウンドを持ちながらも、各々の手法で高品質なコーヒーを、各々が正しいと思う利益配分でお客さんに届けようと努力しているシーンが紹介されます。

中米のコーヒー農家が品質改善に努めていれば、そこを訪れ、他国で有用だった知識を共有したり、またUSAID(アメリカの国外援助機関)の資金も活用しながら、コーヒー豆の品種改良に取り組んでいることも紹介されます。それはもはや私たちが知っているコーヒーショップの仕事を大いに超えるものでした。

一方で、そのような取り組みをしてもなかなか理解されないことについても触れています。例えば、アフリカでは従来からコーヒー豆はバイヤーや地元の公的機関に買い叩かれているという印象を持つ農家も多く、不信感が蔓延していました。またコーヒー栽培に関する技術協力とうたっていても、バイヤーが単に農業指導のように上から目線で行っているようにも感じられていて、それは植民地時代のプランテーションのようにも一部見受けられていました。

また、コーヒー豆の品質向上が短期的な利益を損なうことも、コーヒー農家には難しい問題でした。つまり、高品質なコーヒーを目指す場合、途中で捨てなければならない豆も出てきます。その結果、短期的には農家の収入が減ることもしばしばあります。それに耐えられる農家は必ずしも多くありません。途中に捨てる豆を一緒に封詰めすれば、収入を確保できるなら、それでいいじゃないかと思ってしまうのです。

このように協業を行っても文化や価値観、そしてその作業の背景や意図を必ずしも共有できていなかった結果、その期間が終わると元通りになってしまうということもしばしばあったそう。つまり、取り組みの当初は地元のコーヒー農家と本当の意味で対等な関係を構築できていなかったといいます。これをスペシャルティコーヒー関係者は継続的に農園を訪れたり、会話を継続して、また現地風習や文化を理解することで少しずつ価値観を共有していったのです。また、現地でも先進国で教育を受けた人々が自身で農業を行うようになると、改革は進んだといいます。こういうのを見ていると、長期のコミットメントがいかに重要なのかがわかります。それはたぶんどこでも同じなんでしょう。

そのほかにも彼らを苦しめたのは現地のコーヒー豆取り扱い業者だったり、地元民で作ったはずのコーヒーユニオンだったり、多種多様でした。彼らが信頼できると思ってコーヒー豆の品種改良や土壌改良のために支援した資金をこれらの団体に供与しても、末端の農家まで届くことがない、なんてことはざらだったみたいです。ただ、彼らも援助機関ではなく、すべての時間をここに費やすのは難しい現状がありました。地元ではロースター間の競争もあれば、隣に大手コーヒーチェーンが進出することもあります。あるものとはそれでも何とかこの問題を解決したく、寝る間も惜しんで改善策を考え続けたといいます。

この問題解決に対する過程で色んな方法が出てきます。あるものは良い豆に対して即時にプレミアムを払うといい、あるものは支払いスキームを作り、徐々に支払いを行うべきだといったりと。それぞれに利点もあり、それぞれにデメリットもあります。価値観の違いが露わになり、仲たがいも起こります。また、協同組合(農協のようなもの)の活用についても異なるアプローチがあります。あるものは解体しろといい、あるものは内部からガバナンスを強化するという。

そういう試行錯誤を繰り返し、少しずつ前進しているのがこの業界です。何せ規模は多くとも、スペシャルティコーヒーという概念が登場してからまだ50年しかたっていないのです。そしてこういうことができる余力を持つプレイヤーは限られている。だからこそ、彼らは業界のリーダーにももっと積極的に動いてほしいというのです。その一部が過激になったり、業界外の団体が一部の統計データを持ち出して扇動的なコメントを出し続けたりしているのも事実です。

ちなみにエチオピアにおけるスターバックスと地元政府との訴訟についても触れています。スターバックスは、エチオピアのスペシャルティコーヒーのブランド化に貢献しました。そして、この成功を機にエチオピア政府はエチオピアの地名を商標化しようとします。これにスターバックスが反対すると、エチオピア政府は、スターバックスがエチオピアの農民に対して支払うべきお金を支払っていないという根拠があいまいなNGO団体の主張をそのまま取り入れ、スターバックスを訴訟しました。もちろん彼らの主張に一理あるかもしれない。ただ、他のロースターも含め、市場価格以上のプレミアムは払っており、社会貢献活動も行っています。また、支払ったお金が農家にいきわたらないのには現地の組織体制の問題もありました。また、スターバックスは地名の商標化による産地偽装を懸念していました。かつてのブルーマウンテンやコナがそうだったように、一度偽装が始まれば、ブランドは大いに傷つくことになります。それに反対したのがスターバックスだったのです。彼らは上場企業であるがゆえに、株主から期待されている利益を上げねばならない。同時に社会的責任を果たそうともしているのです。そういうものにより目を向け、さらに企業を理解するのも重要なのではないかと思います。

その他認証機関とスペシャルティコーヒー

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CC BY-SA 2.0, Link

本書では、コーヒーの認証制度はスペシャルティコーヒー以外にも、いくつあることが紹介されています。

カッピングを経てスコア化された農園のコーヒー豆が取引されるスペシャルティコーヒーであるのに対して、現地の労働者に対する公正な報酬をうたったのが『フェアトレード』。コーヒー栽培が化学肥料を使って過度に土地の負荷をかけていないことを担保する『レインフォレストアライアンス』、化学肥料の使用を制限して、地球環境と人にやさしい『オーガニック認証』等。

これらの認証を受けるために、コーヒー農家たちは認証に係る追加コストを払うことになります。また、この認証を得るために一時的な減産もあります。一方で、各制度が抱える問題点もあります。

例えば、『フェアトレード認証』は現地労働者に対する正当な対価を約束してはいますが、生産物に対する味は必ずしも高品質を担保していません。そして、農家に対して支払われる額も商品取引市場の価格よりも低く、当然のようにスターバックスがコーヒー農家に支払う対価よりも低いという。フェアトレード認証の担当役員はこの制度のことを保険のようなものと考えているという。かつてコーヒー豆の取引価格がパウンド50cになったころ、中南米の農家はその倍の額の支払いを受けて何とかその生活を維持できたという。

もちろん、スペシャルティコーヒーも同様です。スペシャルティコーヒーはばくちのようなものだという人もいます。 カップオブエクセレンス(COE)でトップをとったものがパウンド数百ドルで取引された横のほとんど同じ製法で、スコアが数ポイントしか違わないものが数十ドルにしかならないこともあります。さらに驚くことに84-88でも2ドル程度の取引価格になってしまうこともあるそう。 82-83大半のものはスターバックスが買い占めてしまうそう。それでもフェアトレード価格より高く、ある意味買い支えとなっているのかもしれない。これを叩くことができるんでしょうか(彼らは株式市場からの圧力を受け、他の多国籍企業と競争をしています。沢山のお金を払えば、株価は低迷し、長期的にはビジネスがままならなくなるのです)。ただ、そうなってしまうと生産コストを割り込んでしまうのは必須です。これがある意味ばくちといわれるゆえんなんでしょう。

ただ、スペシャルティコーヒーにはモデルがあります。 それは高級なワインやオリーブオイルの原料を作ることによってプレミアム料金をもらっているブドウ農家であり、オリーブ農家だといいます。彼らは安定的で持続可能な農園づくりをしています。コーヒー農家がそのような人たちになることも可能でしょう。コーヒー豆づくりに心底努力した人たちに報いたい、そう思っているのがスペシャルティコーヒーにかかわる人たちなのです。

ちなみに、COEのティスティング実況が本書の中盤に出てきます。どこの農園か隠された状態で行われるブラインド・テイスティング。昨年の実力者は自分のコーヒー豆に自信を持ちながらも、不安を抱えて見守るシーンとかは読みごたえがありました。

このように各制度は様々な問題点を抱えながら、それでもかかわっている人たち、そしてそれぞれの価値観を提示しています。であれば、 私たちは自身の価値観で色んな人の話を聞いて、自分の価値観に近しいところからコーヒー豆を買うのも一つの貢献方法なのではないかとも思います。小さいことかもしれませんが。

次のページでは、この本がどのように消費地におけるスペシャルティーコーヒーの関係者について語ったか、振り返りたいと思います。そして、本の概要についてご紹介します。

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