【本紹介・感想】相談カウンターはかつて人力googleだった?『レファレンスと図書館 ある図書館司書の日記』

レファレンスと図書館 装幀

内容

 本書は1994年に出版された「ある図書館相談係の日記 都立中央図書館相談係の記録」を増補したものです。

内容は大きく三つに分かれています。まず、この本の著者、大串夏身さんが都立中央図書館の相談係として勤務していた期間のうち、1988年9月から1989年1月末までの相談備忘録のようなもの。図書館に来館する人が多種多様で、各相談内容も際立っていて面白く、さらにその調べる過程や人物評は不謹慎かもしれないけど、ユーモアであふれています。

二つ目のパートは、大串さんのキャリアの中でユニークな相談や仕事の事例について。戦争で曖昧になった土地境界線等に関する記録の調べ方や東京都の産業振興のもとになるような資料に関する質問など、こんなものまで?と、びっくりするような相談事例が多くみられます。そしてそのような難題に対して卒なく回答しいくんです。高度にレファレンスを極めた司書は本当にすごいんだなと改めて知らせてくれる章です。

そして、最後のパートが本書の復刊に尽力した国立国会図書館の小林 昌樹さんとの対談となっています。ここでこの本の復刊経緯や当時(90年前後)の図書館の状況や環境を振り返ったりしています。また、現状の図書館を取り巻く環境にふれながら、図書館のあるべき姿についても語っています。対談したのが2019年4月末ということだけあって、最近の情報についてもきちんと触れられています。

その他にも、付録のような感じで、文献・情報の調べ方のチャートだったり、都立中央図書館資料部の回答マニュアル等が収められています。これはインターネットが普及した今でもなお、頭の整理や図書館の使う際に役に立てるんじゃないかなと思える内容になっていました。

ということで、この本はレファレンスの実務、もしくは弁場の試行錯誤に関する本です。就業体験の一環として読むもよし、普段利用している図書館をより知るという観点で読むもよし、自分以外の利用者がどんなふうに図書館を使い倒しているのか知るために読むもよし、いろんなふうに読めるのが本でした。

レファレンスと図書館 ある図書館司書の日記

レファレンスと図書館 ある図書館司書の日記 [単行本(ソフトカバー)]大串 夏身皓星社2019-11-21

感想というか、読みどころ

昭和終期のレファレンスの様子

Photo by National Cancer Institute on Unsplash

この本自体が増補復刊ものなので、1988年当時の大串さんの日誌が面白いの?って思う人もいるんじゃないでしょうか。私も表紙だけを読んで買ったものですから、日誌の日付を見つけて失敗したかもと思ったんです。ただ、読み進めていくと大串さんの小気味好い語り口に引き込まれていくんです。半分業務記録みたいなものですから、もちろんドラマチックなことはないんですが、多種多様な人が利用する都立図書館だから小ネタに事欠かないって感じ。そして、そんな利用者や業務に対する感想とも愚痴ともとれるコメントが秀逸でした。

そして読み進めると実は88-89年という期間は絶妙に面白いのかもなんて思ったりもしました。昭和の終わり、時はバブル。そして図書館の検索システムもカード主体のものからパソコンを用いたものになっていくさまもわかります。カードの良いところと悪いところを指摘しつつ、パソコンを導入したらどう変わっていったかなど。当時のビフォー・アフターは現場にいた人しかわかりませんからね。

加えて、翌年には昭和から平成へ移るにあたって関連したもの・ことがよく調べられているのもよくわかります。それはちょうど、平成から令和に移り変わっている様子と似ていたのかも、なんて想像も膨らみました。

調べ物の道先案内人としての司書

本を読み進めるごとに、とりあえず図書館に駆け込んで聞いてみる人が多いことにびっくりさせられました。たしかに90年代前後といえば、インターネットはまだ普及していない(当時の状況はよくわかりませんが、少なくともウィンドー図ズはでてないですもんね。。)状況下で、家族や先生以外で聞けるところと言ったら、図書館だったのかもしれません。そんなとりあえず、という乗りでくる人たちに真摯に対応する図書館職員さんたちの懐の深さには感動するばかりなのですが。。

質問は多岐にわたっています。法改正があれば、それに関する法律家の解釈の記事がないか?とか、労働法が改正に伴う就業規則の変更について詳しく書かれたものがないか?とか、エステサロン業界のマーケティングに関する本はないか?とか。すごいのはどんな質問がきても一定の道筋をつけるんです。回答できるものは回答し、専門書を紹介したり、より専門の部署に回したりと。。。。専門分野ではないからと断らずにしっかりと道筋をつけるさまは見習わないといけないと思わせます。

そして、そんな多種多様な相談者をさばかなければいけない中にあっても、司書さんたちの質問者を自立させようという意思にやっぱり驚いたり、感動させられたりします。一度しか使わないであろう人、もしくは明確にすぐ答えられるものならさくっと答えたりしていますが、学生などの今後折を触れて調べるものが多そうな人や長期間にわたって調べそうな人には、答えだけでなく、きちんと調べる方法を伝える。そうすることによって自立した学習を促しています。

図書館に専門性を求められるのはそういったところに強くあるのかなと思えました。図書館の司書さんたちは人々のニーズを探って本をそろえるだけが仕事ではなく、人々の知る欲求に対して答えてくれたり、火をつける存在を担っているんだなと気づかされるエピソードが本書にはたくさんありました。

絶妙なライバル関係にある図書館たち

この本ではいくつかの図書館が登場します。国立国会図書館、県立図書館、専門図書館も含む各私設図書館、そして市町村が運営する図書館です。これらの図書館は得意とする分野が違う相互補完関係にあって、だからこそ多岐にわたるニーズにこたえれるようになっています。ただ、利用者にとっては必ずしもそうは映りません。知りたいことがあったら身近な図書館を訪れるはず。でも、そのニーズにこたえられない状況は各図書館でどうしても発生してしまいます。そして、わらにもすがる思いで都立図書館を訪れたり、電話する人たちが多くいます。

そう言う人たちに対してできる限りのことをしている著者。体系だった知識と経験の上にたって、迷える人たちのサポートをしていく様子は見ごたえがあります。一方で普通であれば中央図書館まで来ずとも済んでいる事柄について何でここまで来てしまったのか?基礎的な案内をおろそかにしているんじゃないかと厳しいコメントもしています。一方、自分の回答でよかったのか、相談者の顔色から不安になったりもしている著者には本当に頭が下がります。

民間のような生き死にをかけた競争はないかもしれないですが、そこにはやっぱり行政サービスの質を競う図書館員の姿がありました。そして、お互いの仕事に負けないように研鑽を積んでるようでした。こういう人材が図書館に多くいたら、本当にラストリゾートとして安心できるな、なんて思えますよね。

ということで、私にとっては司書さんの 格好いい姿も極めて人間的な愚痴もみられたという感じ。そして、まだ実現せぬ理想的な図書館に向けて今日も業務をしている人があそこにもここにもいるんだということに気づかされました。

本について

本の概要

  • タイトル:『レファレンスと図書館 ある図書館司書の日記』
  • 著者:大串 夏身(対談:小林 昌樹)
  • 発行:株式会社 皓星社
  • 装幀:藤巻亮一
  • 印刷・製本:精文堂(せいぶんどう)印刷株式会社
  • 第1刷 :2019年11月31日(初版)
  • ISBN 978-4-7744-0718-0 C0000
  • 備考: 本書は「ある図書館相談係の日記 都立中央図書館相談係の記録」(1994 日外アソシエーツ)を増補したもの

関係サイト

  • 著者Offical site:-
  • 著者twitter page:-

著者はHPやSNS等をされていないようです。各著作物の巻末でも確認できる略歴についてはwikiにもまとめられていますので参考になさってみてください。にしても、去年のうちに読んでいたらトークイベント等にも行けたかもしれないな、と思うと少し残念。積読書の寂しいところはこんなふうに時期を逸してしまうことですよね。。。

次の一冊

大串さんは本書の中で図書館の役割について自身の思いを少しだけ語っています。本の貸出機関としてのみならず、レファレンス機関としての役割をもっと強化したいという思い、そこにはライブラリアンとしての矜持みたいなものを少し垣間見られた気がします。そして、そういう思いにより触れてみたいと思ったら、大串さんの『図書館のこれまどとこれから(2017, 青弓社)』がお勧めです。

図書館のこれまでとこれから: 経験的図書館史と図書館サービス論

図書館のこれまでとこれから: 経験的図書館史と図書館サービス論 [単行本]大串 夏身青弓社2017-10-30

当サイト【Book and Cafe】では次の一冊に関する短い紹介文を募集しています。お返しは今のところ何もできませんが、ここにSNSアカウント等を記載した半署名記事をイメージしています。要は人の手によるアマゾンリコメンド機能みたいなものです。気になったかたはSNSや下のコメントもしくはお問い合わせ にご連絡頂けますと幸いです。

雑な閑話休題(雑感)

Photo by Devon Divine on Unsplash

図書館を多く利用するようになったのはいつだったでしょうか。中学の頃には地元の図書館をほんの少し使うようになりました。高校生になると系統の大学図書館で自習をするようになりました。それでも、貸し出しはほとんど利用していなかったし、レファレンス機能なんて知りもしませんでした。

大学になるとさすがに多くの本を借りるようになりましたが、やっぱりレファレンス機能を使ったことはないんです。すでにインターネットを調べれば関連書籍はでてくるし、統計情報にたどり着くことができました。

ただ、それらを大学の授業で習ったかというと微妙な気がします。もちろん、大学の授業で統計データの処理方法については学びましたし、どこにいけばそれらを見ることができるかも教えてもらったのですが、、、うーん、図書館との関係性はどうなんでしょう。

もっと活用すればよかったのかな、なんてこの本を読みながら思ったりもしました。一方、彼らのレファレンスに対する忙殺っぷりを知ると、やっぱり今回はやめとこうかな、なんて思ったり。。そう考えると、レファレンスって、対応するほうも、質問するほうもそれなりに技量が必要なのかもしれませんね。

さて、私はいつか相談カウンターに質問者としてデビューすることはあるんでしょうか。デビューした暁にはこのブログで報告したいと思います。

レファレンスと図書館 装幀
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