【本紹介・感想】本の命を看取る彼は今朝も本を読む『6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む』

6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む

内容

ギレン・ヴィニヨールは、朝の6時27分発の通勤列車に20分ほど乗って勤務先の断裁工場へと赴く。

勤務先では毎日多くの本が怪物のように蠢く断裁機の腹へと飲み込まれていく。ギレンはそんな工場でチーフ・オペレータ31として働いていた。機械のメンテナンスを含む管理、それは本を愛するギレンにとっては苦痛でしかなかった。そしてその機械の最大効率を目論む工場長の監視の目が至るところに張り巡らされていてギレンに休まる時はない。

そんなギレンが密かに行う抵抗があった。マシンのメンテナンスの際に、監視の目を行きとどろかせている工場長の唯一支配下でない、断裁機の中に入り、本たちを救い出すこと。それは本を破壊していくことを仕事にしてしまったギレンにとって唯一できる贖罪だった。

そして、ギレンはそんな「生き残り」を持ち帰り、翌日乗る列車で読み上げることを日課としていた。それが彼なりの生き残りたちに対する看取り方だった。だから、彼は今日もギレンは電車で読み上げるのだ。そして、周りの人は静かに耳を傾ける。

変わらないと思われた日常にも変化が訪れる。ギレンはいつもの電車でメモリースティックをみつける。ギレンは中身をみるとそこには番号のみが振られた72このテキストファイルが確認できた。PCで確認すると、、。

本の生命力を信じ、そしてテキストが持つ不思議な力が奇跡

6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む (ハーパーBOOKS)

6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む (ハーパーBOOKS)ジャン=ポール ディディエローランハーパーコリンズ・ ジャパン2019-04-17

感想(ネタバレ注意)

無数の本が持つ力

Image by Nick Walker from Pixabay

本が持つ魅力を改めて知ることができます。主人公のギレンは毎朝、通勤電車の中でかつては本を構成していた数頁の紙を取り出して文章を読み上げます。控えめに言って少し変でしょう。私がそういう場面に出会ったら、どういう顔をしてしまうんだろうと、想像して少しひるんでしまいました。

それでも乗客はその行為を許すんです。誰も文句を言わず、むしろギレンの周りには朗読を楽しみにしている人でいっぱいです。そして、ギレンが降りる駅までの22分間、朗読に聞き入るんです。もしかしたら、毎日変わらない通勤の光景をギレンが変化あるものにしていたのかな、なんてことも思えます。

そして、それは無数の本であり、テキストがなせるものでした。彼が諳んじていただけではな変化に乏しいものだったでしょうし、同じ本を読み続けた場合も、やはりここまで引き付けられなかったんだと思います。それは後にギレンが老人ホームに通うことで確認できます。

何かに取りつかれた個性的な友人たち

Image by Free-Photos from Pixabay

この本を読むと本とのかかわり方は人それぞれだなと改めて気づかされました。

この本に登場する人物はそう多くありません。その中で際立っているのが工場のゲート管理を行っているイヴォンです。彼はギレンにとって、職場で唯一気を許している存在でしょう。そんな彼は多くの詩集や古典を読み、そして彼もギレン同様に詠唱するのが好きでした。と、同時にアレクサンドル格(アレクサンドラン)の詩を編む作詞家でもありました。本から多くを学んだイヴォンが操る言葉は、時に威厳にあふれ、我が儘な訪問者を驚かせ、時に威風堂々たる台詞となり、無法者たちを従わせます。

そして、もう一人、かつての同僚ジョゼッペも個性的な人物です。彼は同じ工場に働いていたのですが、不幸な事故によって会社を辞めざるを得なくなってしまいました。そして、そのことをきっかけにとある本を自分の分身、もしくは自分自身だと考え、執着するようになります。それは周りの人から見れば奇行にも見えかねない行為なのですが、とにかく彼にとってはその本の存在が生きる希望だとなっていたんです。

本書の前半ではこのように本が持っている様々な力や可能性を知ることができます。

テキストが生む不思議な力

登場人物がそろうと物語は少しずつ動き始めます。ギレンが忌み嫌っていた日常の中にも通勤途中の朗読の時間だったり、イヴォンやジュゼッペと過ごす時間は尊くみえるのです。

そして、ギレンはある日電車内でメモリースティックを発見します。そこには番号が1~72の番号が振られていたテキストファイルだけがあった。内容にがっかりしたギレンだったが、意を決して中身を読みはじめると、すぐにとりこになってしまいました。

どうやらテキストの中身は日記で、持ち主はジュリーというトイレの清掃係らしいことがわかります。そのほかにもこの日記を読み進めることで、彼女の年齢や交友関係、彼女の仕事について思うこと、普段何をしているか等がわかり、ギレンにとってジュリーという存在がどんどん大きくなっていくんです。

やがて、ギレンはこのテキストを通勤列車の乗客や老人ホームの住民に朗読するようになります。そして、このテキストは不思議な連帯を生むこととなります。ジョゼッペはこのテキストを読み込み、分析します。かつて自身が本を探すのにギレンにしてもらったことの恩を返すかのごとく。

だんだんと絞り込まれていく彼女の勤め先に関する情報。そこには何かをあきらめていたギレンとは明らかに異なる姿がありました。もちろん、ギレン、ジュゼッペ以外の登場人物も少しずつ新しい歩みを始めるんです。テキストファイルの登場とともに文章が前半とは異なり、とても明るく、そして前向きなものとなるんです。

爽快感のあるラストシーン(ネタバレ大いに注意)

最後の章はとても爽快感があります。まぁ、王道の展開なわけですが、ギレンは波風のたてない人生から抜け出そうと行動に出ます。そして、その答え合わせがラストに行われるわけです。もちろん、答えがどうでもいいはずです。なぜならギレンは一歩を踏み出したのだから。

そして、その答え合わせはジュリーの視点で行われます。日記の雰囲気にも似ているようで、でも少しポジティブな方面に異なるジュリーの頭の中。その前向きな雰囲気に私もすっかり影響され、とても前向きな気分になれました。

感想的な何か

最初はどんな陰鬱な小説なんだろうと思ってしまいました。断裁機はばけもののごとく描かれ、上司と同僚はギレンばかりか、本に対してまで悪意をもっていました。そして、冒頭の出勤シーンはまるで色を感じられない文体だったんです。

ところが、読み進めるにつれ、少しずつその雰囲気が転調していきます。出勤シーンでは本を読むことによって乗客とも交流が発生し、ゲート管理人とも同僚の悪口とは異なる心温まる交流があり、そして元同僚に対する思いやりや優しがありました。

もちろん変わらない職場のシーンもありますが、それ以外のことが物語を占めていくことになります。生きるにあたって大切なことは何も仕事場だけでないということなのかもしれないし、それ以上に、人生を慎ましく生きていれば希望に出会えるということかもしれない、もしくはどれでもないのかもしれません。

いずれにせよ、ギレンの人生は日々の積み重ね、そしてメモリースティックとの出会いによって間違いなく好転しました。ギレンのこれからの人生は引き続き容易ではないかもしれないけど、今までより楽しいものになるに違いありません。

ということで、まぁ、前向きに生きましょう。

本の概要

  • タイトル:6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む
  • 原題:Le Liseur du 6h27
  • 著者:ジャン=ポール・ディディエローラン(Jean-Paul Didierlaurent)
  • 翻訳:夏目 大
  • 発行:ハーパーコリンズ・ジャパン
  • 印刷・製本 :廣済堂
  • 第1刷 :2019年4月20日
  • 原書(初版第1刷):2015年8月27日
  • ISBN978-4-06-596-54111-6 C0197
  • 備考:2015 Cezam Prix Littéraire Inter CE

関係サイト

Jean-Paul Didierlaurentでyoutubeを調べるといくつかのインタビューが出てきます。いずれもフランス語ですが、比較的簡単な言葉で語られているものもあるので雰囲気だけでもみてみるのも面白いかもしれません。

本作を翻訳された夏目さんはtwitterの他にブログやnoteにも文章を書かれています。特にnoteには毎日文章を寄せていて日々の様子が伺い知ることができて楽しいです。そのほかにも翻訳セミナーを運営していらっしゃるので興味がある方はぜひチェックしてみてください。

次の一冊

本を題材にした小説ということで思い出したのが『本のエンドロール』でした。こちらは出来上がるまでというかんじ。内容もだいぶ違いますが、本に携わるという意味では一緒だと思いました。どの製品もそのライフサイクルに関わる人を数えていくと途方もない数になりそうですよね。

本のエンドロール

本のエンドロール安藤 祐介講談社2018-03-08

あともう一冊。本の流通について書かれた本です。こちらには断裁工程やその写真についても書かれていますのでイメージしやすくなるかもしれません。

HAB本と流通―Human And Bookstore

HAB本と流通―Human And Bookstoreエイチアンドエスカンパニー2016-06T

当サイト【Book and Cafe】では次の一冊に関する短い紹介文を募集しています。お返しは今のところ何もできませんが、ここにSNSアカウント等を記載した半署名記事をイメージしています。要は人の手によるアマゾンリコメンド機能みたいなものです。気になったかたはSNSや下のコメントもしくはお問い合わせ にご連絡頂けますと幸いです。

雑な閑話休題(雑感)

この本の中で断裁機で足を失ったジョゼッペ・カルミナティが言ったセリフ「なあお前、覚えておけよ。俺らも立派な出版業界の一員なんだ。ろくでもないこの機会でもな、消化器系の役目を果たしているんだ。それで充分だろ!(P.36)」という言葉が心に引っ掛かりました。

2年くらい前でしょうか。B&Bの内沼晋太郎さんと手紙舎の北島勲さんによる対談がつつじヶ丘の『本とコーヒー』でありました。確かの『これからの本屋読本』のリリース記念だったと思います。

その対談の中で内沼さんが、『本に携わる人、すべてが本屋だと思ってほしい』という発言をしたんです。本屋さんで本を売る人はもちろんのこと、届ける配送業者、本を取り扱うブックカフェや雑貨店、その人たち一人一人が自覚をもって本を売れば、本屋という業界はまだまだ盛り上がれると、、、という文脈だったと思います。

今回の話とは必ずしもリンクしませんが、彼らもやはりそういう誇りをもっていたんだな、と思ってふと思い出したんです。そういう意気込みって大切なんだな、と改めて思った次第です。

ちなみに本作の中で、彼らのマインドは後ろ向きではありますが、現実に再生紙工場での仕事に携わる人たちのマインドはもっと前向きなんじゃないかな、と思ったりしています。

本を断裁するということは事実してとらえつつも、再生紙として新たな命、そして活躍の場を与えるってやはりすごい仕事だと思います。そして、リベンジしてこいとか、頑張って次の舞台に立てよ、て応援しながら見送るのかな、なんて思うとやっぱりいいですよね。

そう考えるとマインドは持ちようだなと思ったり。自分を戒めつつ、今日はここまで。

卿も最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。

6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む
最新情報をチェックしよう!