【本紹介・感想】プロたちの真摯なやり取りが垣間見られる『パン屋の手紙―往復書簡でたどる設計依頼から建物完成まで』

内容

魔法使いのように窯を使いこなす神さんの仕事に対する思いは設計にも現れる。

 本書は、元フレンチの職人で北海道虹田群真狩村で、パン屋「Boulangerie Jin」を経営する神幸紀さんが自身の店舗兼住宅の建築を、建築家・中村好文さんお願いする依頼文から始まり、建設完了までの両氏の一連の手紙のやりとりをまとめたものです。

 お互いの信念を率直に記した手紙のやり取りは温かくも、それでいていずれもプロとしての矜持が感じられるものでした。

 本書で披露されている手紙のやり取りは約30通。それ以外にも多くのやり取りが一つの建物に対して行われたという事実は驚きのこと。

 この本は、パン作りや建築に対するプロ達の想いが自然と感じられる一冊でした。

感想

本書内でクライアントの意見を取り入れながら何度も更新されていく見取り図は見ごたえがあります(写真はイメージpixabayより)

 建築家で文筆家の中村好文さんの前書きから始まるこの本。今回のクライアントであり、パン店主の神さんとのやり取りがどういう印象で始まり、どうなっていくかについてざっと触れます。

そこで、後々二人の意見対立があるということについて触れていて、読者にほんの少しだけ不安と好奇心を抱かせます。それは次のページから始まる、お互いに好意と尊敬の念しか感じられない文章からはあまりにかけ離れていて想像することができないもの。

 さらに二人の手紙のやり取りが進むほどに、そしてお互いが実際に行き来する毎に、二人の理解が深まっていく様は私をとても心地よいものにしてくれました。そして、家を建てるというのは本来こういうものなのかもしれない、と思わせもします。

もちろん、これは特異な場所にある特徴あるパン屋さんだからこそなのかもしれません。そして二人の関係はパートナーだったり、師弟関係だったり、色んな側面をみさせてくれます。お互いの意見を尊重し、屈託のない意見を交わす。そしてそんな二人だからこそ、何気ない意見を真摯に拾いあげ、生じた意見対立は読みごたえがありました。そこにはやはり譲れないものがあったんでしょう、そしてこのやり取りはファックスで行われたというのも、また、その時の雰囲気を伝えるものでした。

その後、意見対立が解消し、建物が完成に近づくと、長編映画を見たかのような感動さえ感じられました。

 そして、この本を締めくくるのはクライアントであり、パン店主である神さんのあとがき。建設過程を愛しみながら振り返るその文章はとても心地よく、読者に余韻を与えてくれます。

・・あとがきの最後の最後に本のお祝いとして中村さんが神さんにヤコブセンの革張りのエッグチェアを贈るということについて触れている部分があります。たぶん、パン焼き小屋を改装した書庫にとても似合うのでしょうが、写真は掲載されていませんでした。これはお二人と、そして家族の中にある風景なのかも、なんて思いながら想像を巡らせながら、読後のコーヒーを楽しみました。そんな余韻を楽しめる本でもありました。

本の概要

  • 著者:中村好文×神幸紀
  • デザイン:山口デザイン事務所
  • 発行:筑摩書房
  • 印刷・製本:凸版印刷
  • 初版:2013年3月25日
  • 備考:手紙のやり取りは「住む」33、39号に掲載された「新窯でパンを焼く人の家と工房」および「続 新窯でパンを焼く人の家と工房」に加筆し、新たに構成したものである。(P156より)

次の一冊

中村好文さんは過去に建築に携わった特定の建物について本にまとめています。また、自身の取り組み方についての著作もあります。それらを見ると、既存の建物ではなく、オーダー建築物のとりこになるのかもしれません(読むのは注意かもしれません(笑)。)

当サイト【Book and Cafe】では次の一冊に関する短い紹介文を募集しています。お返しは今のところ何もできませんが、ここにSNSアカウント等を記載した半署名記事をイメージしています。要は人の手によるアマゾンリコメンド機能みたいなものです。気になったかたはSNSや下のコメントもしくはお問い合わせ にご連絡頂けますと幸いです。

雑な閑話休題(雑感)

新たな発見が数多い本屋さん巡りは楽しい

本が好きで、本屋さんを巡るのも好きになると、関連して興味を抱く分野が増えるような気がします。私が訪れる本屋でも、建築だったり、デザインを中心とした選書をするところがあります。今回はそのような影響を受けて、購入した本です。

ただ、それでもきっかけは親しみのあるパン屋を題材にしていたから。掛け合わせを行うことで商品は売れるとよく言いますが、我ながらうまくその戦略にはまってしまいました。

でも、後悔のない一冊となりました。今後も色んな掛け合わせを楽しめればと思います。

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