【本紹介・感想】医療現場の痛ましい現状を綴った『This is Going to Hurt: Secret Diaries of a Junior Doctor(邦題:すこし痛みますよ)』

【内容】

この本はイギリス1の産婦人科医になりたてのアダム・ケイさんが綴った日記を編集したものがベースとなっています。

イギリスの社会福祉は「ゆりかごから墓場まで」というキャッチコピーでも知られる国民皆保険制度がベースとなっています。国民の誰もが信頼できるかかりつけ医をもち、大病院のお医者さんに対する信頼も厚く、理想のシステムだとされていました。

しかし、この制度は財政悪化の原因とされ、一時期は医療現場の大幅な予算削減を余儀なくされました。その結果、一時期、医療現場の戦線は崩壊していたともいわれます。現在、そのような予算削減は間違いだったとして予算は復活したものの、最適な形に向けて再建している途中だとされています(その過程で政治家が医療従事者の給与をやりだまにあげることも)。

そんな状況なわけですが、私たちは本当に医療現場、そして医療従事者がどんな想いで医療に従事しているのかについて知っているのでしょうか(イギリスのことなんて知らないよ、なんて言わないで。普遍的なもので悩んでいます)。この本は、近くて遠い医療現場を大学卒業したての若手医師の目線で追っているのです。

誰もが尊敬する医療従事者。アダムさんもそんな一人になるべく、医療の世界に入りました。専門は産婦人科。新しい命が産まれてくるのを手助けする現場は、他の医療現場と同様に尊いもののはずでした。でも、現実は甘くありませんでした。

廊下には診察を待つ患者が列をなしています。病室には出産間近の妊婦であふれかえっています。出産の感動を分かち合うこと間なく、それどころか休憩すら与えられず、診察と手術の繰り返し。さらに常識をどこかにおいてきた患者もいれば、自分の快適さだけを追求して緊急ボタンを押す患者もいる。

帝王切開手術なんて日常茶飯事で、さらに逆子だったり、肩甲難産を乗り切っても誰も声をかけてくれない。感謝の手紙なんて年に1回来るかどうか。そんな孤独な現場でした。

さらに現場はリスクだらけ。出産時にあびる血で感染症やHIVになるかもしれない。さらには陰部につまったわけのわからないものを取り出すことだって。そんなときは正直嫌になるそう。

加えて、友達は気楽に専門外の医療アドバイスを求めてくる。ノイローゼ気味の友人は日々着信履歴を仕事中に残してくる。取れなかったことに自責の念に駆られ、自殺をしていないか心配になることも。でも、それはあくまでボランティアです。

そして、数少ない友達との約束は緊急オペでしばしばリスケせざるを得なくなる、それが平常運転。というか日常的に現場に人が足らないため、残業が前提とも思えさえしてくるという。しかも病院に予算がないため、多くがサービス残業となりがち。それなのに政治家たちは医者は金欲的で予算を減らすべきだと訴える。もう、頭にくる!、なんてドタバタでユーモラスだけど、沈痛な訴えが本書に並んでいます。

医療従事者の現実を知るとともに、そんな医療従事者にもっとやさしくなれる本だと思います。こんな状況だからこそ一読してみてはいかがでしょうか。きっと私たちにはまだできることが多々あるはずだと思います。

This is Going to Hurt: Secret Diaries of a Junior Doctor (English Edition)

This is Going to Hurt: Secret Diaries of a Junior Doctor (English Edition)Kay, AdamPicador2017-09-07

すこし痛みますよ

すこし痛みますよ佐藤由樹子羊土社2020-03-02

次ページから感想です。


1このページではNational Health Service(NHS)及び類似制度が適用される地域としての「イギリス」として記しています。

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