【本紹介・感想】本質を知る『珈琲の建設』

内容

本書は京都のFACTORY KAFE工船や岡山のCafé gewa等を経営し、自らも焙煎士であるオオヤミノルさんが自身のコーヒーに対する付き合い方やコーヒーを抽出する際の技術や思うところについて語ったもの。

冒頭、自身とコーヒーもしくは喫茶店との接点を紹介しつつ、かつて喫茶(カフェ)業界で起きたトレンドについて思っていたことを独特の語り口で明かしてくれています。極めて辛口な内容になっていますが、そこにははっきりとした価値判断と先駆者に対する尊敬の念があります。一方で、そういうのを踏まえないものや二番煎じに対しては、悪役になろうともきちんというべきことを言っておこうというスタンスで書かれています。

そういう批判的な内容だけでなく、自身の技術論や精神論についてももったいぶることなく、多くを明かしてもくれています。そして、その文章には批判的な内容以上の熱量が読み取れます。

出されるコーヒーを純粋に楽しむのもいいけど、その背景にこんな人たちがいるんだなということを知ることのできる一冊。

*画像は誠光社より、クリックすれば誠光社通販サイトへ飛びます。現在、発行元である誠光社では在庫がなく、再販待ちの状態です。興味ある方はお気に入り登録してみてください。ISBN登録がないので一般の本屋さんで探すことが困難です。

感想やメモ

全体

オオヤミノルさんにとっかかりがあったほうが読みやすい本だと思います。それでも、昨今のがわだけを取り入れてコーヒーショップを営んでいるのではないんだなと思わせる一冊に仕上がっていました。自身のアイデンティティを明かし、そしてどういうコンセプトで人と向き合っているか、コーヒーを提供しているか、それを実現するためにどういうことに注意しているか、日々コーヒーと真摯に向き合ったからこそ書ける文章が、この本には見て取れました。

オオヤさんと珈琲よもやま話

第一考ではオオヤさんのコーヒーとの出会いから、そしてその当時から今に至るまで変化していくコーヒー屋さんについて書かれています。本を読みたい親父さんに連れられて行った喫茶店、そこから始まる喫茶店観察。六曜社やバナナフィッシュなど当時の喫茶店の名前もでてきて、特定の層にはたまらないものがありそう。そして、やがて喫茶店の中にも海外のものを取り入れたり、シングルオリジンを取り入れたりしながら進化していく店が出てくる、、、と思うと、その中のコンセプトだけ取り入れているところは、メッキが剥がれ落ちて、いつの間にか昔ながらの喫茶店へ回帰していたりと、当時を生き抜いた人だからこそ認識しているトレンドが生き生きと描かれています。

そのなかでもとんがった人が一風変わった喫茶店やカフェを作り出し、人気を獲得していくようになります。これらについてオオヤさんは一定の敬意を払っているのですが、その店を追いかけるように二番煎じ的なお店、なぜそうなったかを理解せずにがわだけ取り入れるものに対しては当然のことながら批判的です。そういうこと思うところをなぜそう思うのか、少しとがった言葉を使いながらも、でも読者が理解できるように丁寧に解説してくれています。

好みの豆と再会できるように知っておくあれこれ

同じ産地でも精製方法やローストで味は全然違う。でも、そんな事実はまだまだ浸透していない

第二考では喫茶店に自身が携わる中でどのようにコーヒー豆を調達していたか、そしてどのように焙煎士になっていったかについて少し冒頭で触れます。ただ、ここでのメインは消費者が陥りがちな美味しいと思ったコーヒーに再度会えない問題を回避するための知識についてです。

そこで大事とされるのが、産地だけではなく、豆の品種、精製方法(ウォッシュドやナチュラル、それ以外か)、基準は人それぞれだけど、焙煎加減とか。そういうのを丁寧に、でもよい意味で緩く解説して読者が再び会いたかったコーヒー豆に会えるように後押しをしてくれています(まぁ、それとともに間違ったコーヒー豆の選択をする不幸を防ごうともしているのかもしれません)。

だしやジュースを抽出するかのようなコーヒードリップ

第三考ではご自身のドリップ方法についての簡単な解説。フィルターを置いてコーヒー豆にドリップして、しばらく蒸らして抽出する。こんな簡単な工程でコーヒーが飲める。でも、各工程の意味を知っておくと多少なりとも味のコントロールができるようになってさらにコーヒーが飲みやすくなるはず。だからこそ、これらの工程について日本人が直感的に理解しやすい、料理、特にだし汁に例えて、解説してくれます。

コーヒーの教科書に出てきがちな、BrixやTDSとかの専門的な用語を使わず、直感的に説明してくれるので受け入れやすいものとなっています。

ドリップをご自身でする方は一度整理してから読んでみると面白い章です。

みんなの美味しいではなく、仲間内の美味しいがある

仲間

第4考は「美味しさ」について。章の真ん中あたりで自分たちの目指す焙煎についても触れていて、あっさりでも薄くもない「はんなり」とした味を目指しているという。変に香りを強調することなく、飲み物中にそれを収める。京都では味の表現として「はんなり」があるという。それをコーヒーで表現するとき、そういう感じになっているそう。

後半では「美味しい」ということについて他人から押し付けられたものではなく、自分で獲得した方が断然いいよ、というすすめ。「美味しい」ものが決して一点で限定されるのではなく、ある程度の幅があって、その幅を自分や自分の近しい人なりに形成できるといいなと。そして、それらが人としての成長を促すのではないかと指摘しています。

ただ、そういうコミュニティが受け入れられ、そういう商品ができるためには、その人たちの不断の努力も、ある程度その価値観を受け入れてくれる母数も必要だと自分を戒めてもいます。

お店は店主だけで作られているわけではない

第五考ではお店作りについて。ちゃんとした価値観を持って、店員の方とお客さん双方が認め合う。それはシステムによって組み込まれた者同士ではなく、ちゃんとした信頼した者同士として。語っている内容はまるでレイ・オルデンバーグの『サードプレイス』的な発想にも通じるところがありました。単に居心地の良い場所ではなく、社会を学べ、そして節度ある空間で、日常使いをしている空間。そういうところを目指すからオオヤさんとそのお客さんがいるお店を訪れてみたいと思う、新規のお客さんが絶えないのではないでしょうか。

ちなみにこの章ではオオヤさんがお店に立っていないじゃないかということについてのレスポンスも行っています。今、一所懸命に取り組んでいるもの、またきちんと意思疎通ができている信頼できるスタッフの存在、そして長期的にどういう形で店頭に立っていたいかについても。

結びの章だけあって、オオヤサンたちの明るい将来を予見させる章となっています。

第5考では喫茶店という空間について。

帯にもありますが、この本には多くのエスプリのきいた文章があります。そしてその中には情緒をあおり、また突き放すような内容もありました。でも、それらは決して独善的ではなく、この本を手に取った読者に対して何か助言できないかというスタンスに立っているんだと思いました。

本の概要

  • タイトル:珈琲の建設
  • 著者:オオヤミノル
  • 写真:キッチンミノル (写真の質感がとてもよく、本の雰囲気を一段階引き上げていました)
  • 撮影協力:PADDLERS COFFEE
  • デザイン:仲村健太郎
  • あとがき:堀部篤史
  • 発行:誠光社
  • 印刷:ライブアートブックス
  • 第1刷 :2017年11月10日
  • 第2刷:2018年1月13日
  • ISBN:-
  • 備考:装幀、デザイン、写真、すべてが著者の書く文章とマッチしていて完成度の高い本です。

関係サイト

コーヒーに関する考察記事や自身の焙煎したコーヒー豆を扱っている店舗が紹介されています。オンラインショップも併設されているので興味を持ったら覗いてみることをお勧めします。

次の一冊

この本の語り口や考え方に同意したならオオヤさんのより実践的な本がお勧めです。また、本書でも紹介されている中川ワニさんのハンド・ローストに関する本も興味ある人がいるのではないでしょうか。

美味しいコーヒーって何だ? (CASA BOOKS)

美味しいコーヒーって何だ? (CASA BOOKS)

オオヤミノル、マガジンハウス、2013-05-23

「中川ワニ珈琲」のレシピ 家でたのしむ手焙煎(ハンド・ロースト) コーヒーの基本

「中川ワニ珈琲」のレシピ 家でたのしむ手焙煎(ハンド・ロースト) コーヒーの基本

中川 ワニ リトル・モア 2018-02-09

よく言われるようにコーヒーは嗜好品です。いくつかのお約束事やタブーはあったとしても、後の部分は自分の好きなようにやるのが一番だと思います。上で紹介した本はそんな感じでできるんだって思える2冊です。

雑な閑話休題(雑感)

コーヒー好きと本好きが陥るそれぞれに感じるジレンマ

コーヒーショップやコーヒーとの出会いは主に二つあると思います。一つ目がこの本のオオヤさんのお父さんのように本を読むための場所としてコーヒーショップを利用すること。そして二つ目がコーヒーやカフェ目的として訪れること(正確には他にも沢山あるけどここでは割愛)。

この二つ、相性が微妙によくないんですよね。例えば本好きでブックカフェとかに行くと自然とお茶(紅茶も含む)やコーヒーを飲む機会が増えます。もちろん関連本や歴史も好きな人が多いので自然と知識も増えるでしょう。すると結果としてその店のコーヒーが気になります。ここでとどまればいいのですが、ふと他のコーヒーショップ、かなり気合が入った店とであい、セミナーにでも参加してみると、そのブックカフェで飲んでいたコーヒーって美味しいのって思い始めたり。

一方で、コーヒーショップでコーヒーを好きになって関連本を読んで知識をつけて、さらに文芸作品や哲学集に手を出すと、微妙にそのコーヒーショップに置かれている本が違くない?って思ったり、それだけらなまだしも、見掛け倒しだったりね。

結果、何となく店への訪問が億劫になったり、何か違うんじゃないかなぁと面倒くさいことになることも。本当は今でも好きなのに足が遠のいたり。この本はそういう行動に対する答えも暮れるんじゃないかなと思ったりもしました。

きちんとしたサービスを提供できるお店、今日も出会えるといいな、なんて。

今日も最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。

最新情報をチェックしよう!