【内容】
近年、飲食の世界では科学的なアプローチを実践しているお店が話題を集めることが多くなりました。
では、私たちが感じる「おいしい」とは一体何なのでしょう。
料理の世界を志した人はすでに「おいしさ」が何なのか学んだことがあるでしょう。しかし、一般的に売られている料理本やレシピ本には「おいしさ」の本質的なところまで網羅しているものは多くありません。
この本ではそのような疑問を抱いた人に「おいしさ」に関する科学的なエッセンスを、明日からでも使える具体例を交えて教えてくれます。
基礎的な五感から味を構成する五味へ。食品が持つ味そのものはどのように形成されるのか、そしてその味を私たちはどういった感覚器を使って「おいしい」と認知するのか、読むまでは意識せずに使っている感覚が意識できるようになり、より料理や食材の奥深さを知ることができるようになります。その結果、食材はより「おいしく」感じるでしょう。
「おいしい」料理を作りたいと思った人はもちろん、なぜ昨日食べたカレーと今日残りのカレーを食べたときに違う味がするのか等、この類の雑学を愛する人にもおすすめの一冊です。
あっ、ちなみにこの本を読んだあとうんちくを語りたくなって人に嫌われても責任は持てません。それだけ沢山の披露したくなるうんちくが書かれているのが、この本です。
食欲減退しがちなこのながい夏に一度読んで「おいしさ」を探してみませんか?
「おいしさ」の科学 素材の秘密・味わいを生み出す技術 (ブルーバックス 2051)
佐藤 成美、講談社、2018-03-15
【内容を振り返りながらの感想】
1章と2章
味(甘味、塩味、酸味、苦味、うま味、) | 味覚 |
香り | 嗅覚 |
テクスチャー、温度 | 触覚 |
外観(色、形、つや、大きさ) | 視覚 |
音 | 聴覚 |
私たちが「おいしさ」について感じているものが、必ずしも「味」だけきているわけではないことを説明するところから始まるのが1章です。
人間が生きていくうえで必要な栄養を摂取するための判断に大きくかかわっているのが「おいしさ」だと指摘します。上の表にあるように、各感覚器で安全かそうでないかを判断し、問題なければ「おいしい」につながるわけです。
そのため人間にとっての栄養が含まれて問題なく食べられるなら、基本的には「おいしさ」を感じるはずだと主張しています。一方で、私たちは経験則で見た目が悪かったり、匂いがきつかったとしても食べられるものがあることを経験則として知っています。それらについては、「人側の要因(空腹感、食習慣)」や「環境要因(天候、文化)」等の背景があって食べられるようになると整理してくれています。
そして、実際口に入れて「おいしい」と舌で感じる味覚は「甘味」、「塩味」、「うま味」で、それ以外の「酸味」や「にが味」は腐敗や毒に通じることが多く、忌避していたそう。ただ、上にも書いたように特定の食品については経験によって食べられるようになっていると。
「おいしさ」が何からくるか説明したところで、その際にどのように脳が認識して神経に信号を送るか等についてもこの章と最後の章で教えてくれます。特に「甘いものは別腹として食べられ理由」なんて興味深いトピックも簡潔に扱っているので必読ですよ!
その後、私たちの食文化がかつてないほど豊かになっていることを食品成分表に掲載されている食品数(1950年538→2015年2191)を引用しながら紹介しつつ、私たちがいかに加工を通して「おいしさ」の幅を広めてきたかについて解説してくれます。
例えば、肉を煮込むことによって広がるうま味のこと、生卵とゆで卵で起きている構造変化、トーストを焼くことによる食感と香りの発生や乳製品のとろみの理由等、どんどん具体例が列挙されていきます。
そして、料理の「おいしさ」や食の安全性(保存等)について重要なファクターとして水分のコントロールを挙げ、どういうふうにこの変数を管理しているか具体例が再び挙げられます。
ちなみにここではざっくりとしか触れませんが、本書内では物質の変化について文系でもわかりやすく丁寧に解説しています。また、これらを読んでいると教科書で学んだことがきちんと役立っていることを認識できるので、さすがブルーバックスシリーズだなと思ったりしました。
3章
うま味物質 | 代表的な食材 |
グルタミン酸 | 昆布、チーズ、白菜、トマト、アスパラ、しょうゆ、みそ |
イノシン酸 | 鰹節、カツオ、煮干し、鶏肉、豚肉、牛肉 |
グアニン酸 | 干しシイタケ、乾燥ポルチーニ |
3章は「おいしさ」を実現するために行われている料理のルーティーンについて、きちんと科学的な説明をしてくれます。この章を読めば、手間と考えていたルーティンも大事なプロセスなんだと強く認識でき、そのことによってより料理を好きになれるはず。
本はうま味の話からスタートします。日本人なら知っておきたい池田菊苗博士のうま味成分であるグルタミン酸の発見から長くかかった国際的な認知まで。
そして、実践編としてかつおとしいたけのあわせ出汁がおいしくなる理由だったり、なぜ生シイタケのまま出汁を抽出せずに干して干しシイタケにするのか、などの解説が続きます。一方で世界の出汁事情にもきちんと触れ、日本だけでなく世界にもちゃんと出汁文化があることに触れます。
後半は調味料や香料がどのように料理に影響するか。それは単に「おいしさ」だけではなく、賞味期限や食欲を刺激し、私たちの食文化を豊かにしていることを明かしていて、食事をするときの楽しみを増やしてもくれる章でした。
4章と5章
4章と5章はほぼセットのような構成で、実践へ繋がる多くのヒントが含まれています。具体的には4章では食材の特性についてで、5章はそれらの調理についてです。
例えば、4章でお肉の繊維はどういう構造なのか、魚介類のそれとは何が違うのか?それらの特性を認識したうえで、各調理がどのような意図で行われているのかを分解・解説してくれるのが5章でした。
特に5章を読むと、今まで飾りだと思っていたものが大事な食感を形成していたり、うっかりミスだと思っていたものが意図的に作られ、香気成分を作るのに貢献していることに気づかせてくれます。そして、それらの仕事を考えると料理人さんたちの仕事に改めて感謝したくなりました。
第6章と第7章
6章では食品業界の日々の取り組みについてまとめられています。どのような機械を使って私たちの「おいしさ」が数値化され、それらが次のマーケティングや食品開発に活かされているか。
そして、7章では再び脳や味覚に関する細胞に触れつつ、これらのメカニズムを理解することによって「おいしい」食事が実現できるだけでなく、より適切な食の管理へとつながり、そのことによって明るい未来を実現できるんではないか、と結んでいます。
全体を通して
この本の個人的に好きだったポイントは、①食材で起こっている化学的な反応等をきちんと解説しているいこと、②著者の推測と断ったうえで様々な可能性について触れ、読者の探求心を刺激していること、③「おいしさ」に関する研究現場に触れることによって関連する産業への興味を誘引してくれている、というところでしょうか。
特に③、本では6章と7章にあたるところはある意味職場体験のエッセンスを含んでいて、興味がある人が読んだら、使命感にあふれちゃったりするかもしれません。それほどに私たちの生活と「おいしい」の研究がつながっているかについて多くを示唆してくれていました。
ということで、「おいしい」食品に興味がある方はぜひ一読してみてください。
本の概要
- タイトル:「おいしさ」の科学
- 著者:佐藤 成美
- 発行:講談社
- 印刷:新藤慶昌堂 カバー表紙印刷:信毎書籍印刷株式会社
- 製本:国宝社
- 第1刷 :2018年3月20日、第4刷2022年5月24日
- ISBN978‐4-06-502051 C0240
- 備考:ブルーバックス(B2051) P194コーヒーに関する嗜好性に関する調査の紹介あり
関係サイト
著者のプロフィールと一部のウェブ投稿記事:jbpress
次の動画(この本を読む前にもおすすめです)
この本で学習したものにも触れつつ、新しく学べることが多くあります。これらを反復することによって馴染みのなかった言葉も自然と使えるようになると同時に食に関するアンテナが新しく増える感覚が得られると思います。農大の佐藤 広顕先生をはじめ、丁寧に探すと多くの「おいしさ」に関する動画があがっているのでチェックしてみてください。
雑な閑話休題(雑感)
本書P194でコーヒーの好みに関する話が出てきています。味覚センサーのデータをもとに行った分析結果によれば、レギュラーコーヒーについて、熟年層は酸味の強いコーヒーを好み、若年層は苦みの強いコーヒーを好むと。そして、この原因が熟年層は喫茶店を好み、若年層はスターバックス等のシアトル系カフェを好むからではないか、と推定していました。
少し前の調査結果でしょうから、直近の好みに変化がないのかはわかりませんが、興味深い調査結果でした。というのも、イメージとしてはちょうど逆を思い浮かべていたので、自分の勘というのは当てにならないと再認識させられました。
いずれにせよデータは大事で、小規模な店舗であったとしても、お客さんとのコミュニケーションを通して、地元のニーズを分析してコーヒーの味をカスタマイズしていくというのも、地元の「おいしい」にあわせていく作業なのかな、なんて思いました。そういう作業をきちんと科学的にやっていかないと厳しい競争環境では生き抜いていけないんだろうな、なんてこの本を読みながら思いもしました。