中国地方から始まる日本のエネルギー革命
Embed from Getty Images第1章では地方で進められる自然エネルギーへの転換事例が紹介されます。
岡山県真庭市は四方を山林に囲まれた緑豊かな地方都市。そういえば聞こえがいいのですが、かつて栄えていた木材や木炭業が高度経済成長時に勢いを失って以来、人口流出に悩んでいる街でもあります。
そんな街にある一つの会社が街全体のイメージ、そして行政の取り組み姿勢を変えることになります。その会社は真庭市に本社を据える銘建工業株式会社。
銘建工業は創業以来、製材を生業とする会社でした。それが国内での木材建築への需要低下と価格競争によって売り上げが低迷するようになり、この会社は大きな決断をします。他社が規模の拡大や最新設備への投資をする中、コスト削減のためにバイオマス発電事業への投資を決断しました。製材工場内に木材チップを原料とする自家発電所を建設。その結果、かつては産業廃棄物として処理を委託していた端材や木材チップが発電燃料へと転換することができ、会社の大幅なコスト削減へとつながりました。もちろん、これらのエネルギーは工場で活用するため電力料金は発生しなくなります。それどころか、2002年電力会社が自然エネルギーの調達を義務付けられるようになると電力会社に対して売電するようになり、利益を計上するまでなったのです(利益については公表されていませんが、会社の売上は安定しているように見受けられます(リンク))。
当時は顧みられることなかったこの事業モデルは、現在、地方製材会社が取り組んだ先進的な成功事業として多くの企業から注目を集めるに至りました。
銘建工業の取り組みはここで終わりませんでした。製材工場での製材加工時にうまれる端材を加工して燃料効率の良い木質ペレットを生産・販売するようになります。この木質ペレットを一般家庭の暖房やビニールハウス用暖房として導入するには特殊なボイラーが必要となるものの、いったん導入すれば非常に効率の良いものだといいます。
この取り組みを行政も支援し、暖房設備への補助金制度を整えると市内で徐々に浸透していったそう。その結果、今まで域外へ流出していたエネルギー費用は域内で循環していくシステムとして再構築されました。何せ真庭市は四方を山に囲まれ、木材は豊富。さらに銘建工業以外にもいくつかの製材所があり、エネルギー燃料である端材も恒常的に生まれる無理ない地域だったのだから。
この行政を巻き込んだ動きは違った成果をあげはじめます。バイオマス産業の創出を目的とした研究が大学や市内外の機関と始まり、人材育成の拠点もできました。もちろん、これに付随する雇用も生まれます。今まで市外へと職を求めていった層の一部は街の中で働くことがかなったのです。そしてこれらの産業振興を参考にすべく、他の自治体からも見学者が訪れるように。直近では年間2000人以上の人が銘建工業を見学に来ています。今ではバイオマス事業見学ツアーは観光の一つの柱でもあります。
銘建工業の取り組みはさらに続きます。ドイツで開発されたCLT工法(CLTはCross Laminated Timberの略称で、ひき板(ラミナ)を並べた後、繊維方向が直交するように積層接着した木質系材料のことをいいます。この手法を用いれば高層建築にも耐えうるとされている)を用いた建築の普及・推進に取り組んでいるんです。
現在、日本では木造建築物には法律で高さ制限があるものの、それを緩和するよう政府に働きかけているとのこと。もし、これが実現したら現在でもCLT工法に基づく木材の生産量日本一を誇る銘建工業はさらなる飛躍をするはずです。そうすれば、雇用も産業振興もさらに進み、街の過疎化の解消にもつながるかもしれません。これは一つのサンプルですが、里山が秘める可能性を教えてくれるのに十分な事例といえるとでしょう。
NHK取材班はここからこれら木材活用について国を挙げて取り組んでいる森林活用先進国オーストリアへと取材に行くこととなります。
自立したエネルギーへ、オーストリアの取り組み
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2章ではオーストリアの木材活用に関する取材がメインとなります。
多くの芸術家を輩出し、文化的に成熟している国、それがオーストリアのイメージではないでしょうか。逆に言うと音楽家やウィンナコーヒー、それにハプスブルク関連の歴史的建造物やコンサートホール以外のイメージをあまり持っていない方も多いのでは?かくいうわたしもそこまで詳しくはありません。ただそんなオーストリアですが、経済的に成功している国の一つでもあります。本書が書かれた2011年の名目GDPは約5万ドルで世界11位で、日本のそれを大幅に凌駕しています。失業率もEU加盟国中最低の4.2%だといいます。
その強固な経済基盤についてNHK取材班は国家をあげて森林資源を使った自立した経済を築いたことにあると指摘します。国土は北海道くらいで、森林面積も日本の15%に過ぎないこの国がなぜ森林先進国になったかが2章に詳らかに明かされていきます。
そもそもオーストリアのエネルギーは中東の石油とロシアの天然ガスが主なものでした。それがたびたびの石油価格の高騰やロシアによるパイプライン外交によって多角化することが求められていました。さらにそこに起こったのがチェルノブイリ原発事故。これによって自然エネルギーへの注目が一挙に高まったと言います。その後、1999年にオーストリアは憲法に脱原発を掲げ、国全体となって再生可能エネルギーの比率を高めようとしています。
その中、注目されたのが豊かな森林資源を使ったバイオマス発電でした。そこで政府はバイオマス発電所の建設を推進するとともに、森林資源を使った持続可能な発電を可能にするために関係する分野と人材の環境整備に取り組みました。
まず第一に林業従事者に対する教育を義務化。この結果、林業関係者の知識水準の底上げがなされ、山林での事故が減ったと言います。結果として国民の林業に対するイメージアップへとつながりました。
第二に国を挙げて林業への投資をした結果、林業界の体質改善へとつながり、儲かる産業構造が出来上がりました。もともとオーストリアは気を使った工芸品が多く作られ、木造建築物も多数ありましたが、バイオマスや硬質木材等のより幅広い産業ができたのです。これによりさらなる雇用が創出され、若者の就業機会も増えたそう。
そして第3の取り組みが高度知識人材の体系化です。山林保持者に対する林業の資格取得の義務化等を行いました。それは企業も例外ではありません。結果としてそれらの人材は高度知識人材となり、よい処遇を受けるようになります。また、林業の高度化が進んだ結果、新しいベンチャーも起こり、そこにも高度な経営や管理知識をもった人々が参入してきました。結果として林業全体のイメージがよくなりました。オーストリアでは以前は牧歌的なイメージのあった林業従事者のそれはもうないという。逆に若々しく希望溢れるスマートな若者もあつまるイメージが持たれるようになったと言います。
もちろん、オーストリアでは木質ペレットの普及にも取り組んでいます。ギュッシングという地方都市では街中に大規模なバイオマス発電所が3つあり、関連施設も30もあるという。また、ギュッシングの家庭用熱源として採用されているのがバイオマス発電時に発生する熱を使ったコジェネシステムです。これは発電時に発生する熱をパイプライン等を使って各家庭に送るものです。これによって町の域外からの電力異存は3割を切ったと言います。その結果、この街は環境取り組みの先端都市として多くの企業や行政機関からの視察依頼が来るようになりました。もちろん、これに関連する産業が興ったのは言うまでもありません。
また、ギュッシングのようなコジェネシステムを持たない地地域ではタンクローリーの供給車が巡る光景もみられるそう。そして、木質ペレットの研究を進めた企業の担当者は燃費効率で灯油ストーブにも勝るものになったと豪語するに至っています(windhager)。
そして、これまた先を行くのがCLT工法を使った建築。石材建築が多くなる前、オーストリアでは木材建築が主流だったという。だから、木材に対するアレルギーはなく、法律も少しずつ改訂されたと。現在、オーストリアで木材建築で9階建ての建物も存在するそうです。
日本は一時期猛烈な勢いで西洋の良いところを取り入れ経済を強化できたかもしれません。しかし、それを追い求めるだけでは限界があるということをしりつつあります。このオーストリア、そして真庭市の取り組みは私たちに何かを示唆しているのかもしれないと思える内容でした。
冷静に補足していく中間総括
1と2章で紹介された素晴らしい成功事例。でも、少し地方や再生エネ関連をかじったことがあれば多くの疑問や突っ込みがあったと思うんです。これについて冷静に補足していくのが藻谷さんが書いた中間総括です。だから、この本についての判断を最初のほうだけ読んで下してほしくはないと強く思うのです。
まず真庭市で展開される木質ペレット等を使ったエネルギー転換事業について補助金なしでは展開できていないこと、また製材工場があって廃棄物としての木質ペレットがあるためにエネルギー原料としても採算性が確保できているものの、この木質ペレットを生産目的とするとする事業として成り立っていないことなどを指摘します。そのため、この自治体単位のクローズドな循環システムは真庭市ならではのものではないかと。
さらに国単位で取り組んでいるオーストリアの事例についても、国の規模感や立地、さらにはオーストリアならではの産業構造等を指摘し、そのまま日本に置き換えることはできないとも。
ただ、森林の材、木質ペレットだって、木材や食品についての可能性にもっと目を向けるべきだと指摘しています。もともと、効率を優先した経済合理的なものが海外に目を向ければあったかもしれません。ただ、今そのバランスは崩れつつあります。石油エネルギーをはじめとした化石燃料の不安定化や肥大化したエネルギー供給網の有事の際の脆弱性は否定できませんでした。また、原子力発電についても万能な答えではなかったことがわかっています。であれば、より近くにある資源にもっと目を向けるべきで、それがあるのが里山だというのです。
それでも、「里山資本主義」について安直に見ていません。現時点ではあくまでも「マネー資本主義」を補うサブシステムとして構築していけばいいのではないかと提言しているんです。「マネー資本主義」が効率化や貨幣化を前提にしたものに対して、「里山資本主義」には一部で効率性を度外視し、また貨幣価値がつかなかったもの、もしくは負の値がついていたものの価値を見直すところにあります。里山を川上にサプライチェーンを構築し、全国津々浦々に輪がたくさん出来上がれば、それは海外からのエネルギー調達が一時的に機能しなくなった場合も、代替機能として役割を果たして、結果としてしなやかでとても強い日本を作るともこの点については本書の後半でNHK取材班も触れています。
個人的にもやはり真庭市のケースにせよ、その他のクリーンエネルギーに取り組む地方都市にしろ、都市部からは切り離せない関係にあると思います。
真庭市のケースでは中央省庁からモデルケースとして取り上げられ、制度に基づく資金投下がなされています。さらにNEDOなどの研究調査等のサポートも実施されています。これは真庭市が先んじて事業を軌道に乗せた成功ケースだからで誇ることですが、単独の資金で行われていないことについては留意が必要だと思います。また、これは多くの地方都市にもいえますが、真庭市の財政が地方交付金等に大きく依存している状況は変わっていません。いうまでもなく、この原資は国庫であり、それこそマネー資本主義から得られた企業の売り上げから税金として回収しているものに他なりません。
真庭市はモデルケースなのだから引き続き様々な資金を活用しながらトライアルを重ねるべきだと思います。そして少しずつこのような取り組みを進めれば、域外への支払いへ減少して、街は色んな意味で健全性を取り戻すのではないかな、とそんな夢を抱けるような内容であったことは間違いないと思います。
NHK取材班の取材を信じて、自分なりのサポートをしてみたい、と思わせるのに十分なサポートを藻谷さんがまとめた中間総括にはあったように思えます。
次のページで後半部分に少しだけふれ、ラップアップします。