【本紹介・感想】理想のコーヒーへ科学的アプローチ『The Study of Coffee(ザ スタディ オブ コーヒー)』

内容

この本は主にハンドドリップを通し、コーヒーの風味の「多様性」を知り、新たな「おいしさ」を発見し、自分自身の最良の抽出チャートを完成することを最終目標に設定しています。

そのため、すべての章がその実現に必要な知識やノウハウの習得を意図して構成されていています。テーマを絞っているため、他のテキストより理解しやすい面が多くあります。例えば、コーヒーのルーツやトレビア的なエピソードについては特にページが割かれていません。一方で、各ドリッパーにどのような特性があり、どういう味が実現できやすいかにページを割き、ハンドドリップではどのように抽出時間を変えればどのような味になるのかわかりやすく説明がなされています。また、入門書ではわすれられがちな、コーヒーの栽培品種の説明や精製方法がいかに風味に影響を与えているか、省略することなく、きちんと説明を試みています。

そして、この本が特徴的なのはこれらの説明について定性的な解説にとどまることなく、また単にグラムや抽出の秒数にとどまることなく、家で実現可能な理化学的なアプローチに努めようとしているところです。「強い・弱い酸味を感じる」ではなく、PH(水素イオン濃度)で具体的な数値を。「濃厚・淡泊な味わい」ではなく、Brix(TDS(総溶解固形成分))や抽出率で解説。そしてこれらの数値の意味するところと活用方法を簡単に説明したうえで、自身で検証可能なコーヒーチャートの作り方を教えてくれます。そして、このコーヒーチャートを埋めていくことによって、自身にとって最良のコーヒーが何なのかを教えてくれることでしょう。

家に滞在する時間が再び多くなりそうな昨今、この本を読んで、じっくりコーヒーと向き合ってみてはいかがでしょうか。

THE STUDY OF COFFEE

THE STUDY OF COFFEE俊英, 堀口新星出版社2020-10-29

感想

全体感想

『珈琲の教科書』に次ぐバイブルになるかも
珈琲の教科書
前作『珈琲の教科書』は手元に置いておくと便利な一冊です。ちなみに改めて眺めると表紙は堀口珈琲では使っていないネルドリップだったんですね。

著者の堀口英俊さんは東京の千歳船橋に本店を構える堀口珈琲の創業者で、2000年代に国内のスペシャルティーコーヒー普及をけん引してきた一人です。その堀口さんが2010年に書いた『珈琲の教科書』は、当時まだ少なかったスペシャルティコーヒーの専門書として、コーヒー初心者から熟練者まで幅広い支持を集めています。

2002年にはコーヒーの栽培、精製と風味の関係を研究するために堀口珈琲研究所を立ち上げています。そして、2010年代には“コーヒーの味を形作るものがそもそも何なのか”を追求するために、堀口珈琲の経営から退き、東京農大の大学院に進学、さらなる理化学的なアプローチで研究をされてきました。

この本ではそんな堀口さんの研究成果の一端が発揮されています。内容紹介にも書かれているとおり、従来感覚的だったり、定性的な表現が多いコーヒーの抽出方法に、定量的なアプローチが取り入れられています。一部、研究室で使われている高額な機器を用いた実験結果も教えてくれています。っそひて、その結果をしることができるだけでも面白いわけですが、それに加えて自身のコーヒーライフにも定量的なアプローチができるようにこの本では導いてくれていて、少しだけプロの現場を体験できます。そういうところが本書のだいご味であり、面白いところでもありました。

PHを参考にしながら、Brix(TDS)と収率を使ったチャートづくり

少しだけ上で話した定量的なアプローチの内容について触れつつ、本の魅力を紹介したいと思います。

近年、コーヒーの品質を競う大会等で、よりフルーティーな、つまり、酸性度の強いコーヒーが評価されることがあります。では、どのくらいの酸性度なのか、その実態に迫っている本は多くありません。

コーヒーは他の食品に比べてどのくらいすっぱいものなのか、この本では具体的に流通しているコーヒー豆(スペシャルティ/コモデティ、焙煎度や産地別)の各々の酸性度はどのくらいなのか、PHを使って調べています(PH計測器は色んな値段のものがあります。これから始めようとしている方はアマゾンをチェックしてみてください)。

アタゴ デジタルpHメーター DPH-2

アタゴ デジタルpHメーター DPH-2アタゴ

PHのサンプルを増やしていくと自身がどのくらいの酸性度のものか好みか、また、この程度の酸性値ならグレープフルーツ、オレンジというふうに、こんな味だろうとわかるようになります(実際、個人の経験としても産地や品種、焙煎度とPHは大いに関係がある考えています。ただしアナエロビック等の製法を用いた場合、発酵度による味が加わり、単純な酸味と酸性値との関係性は薄まるような気もします)。もちろん、上でリンクをはったようなPH計測器では酸の質や構成物はわかりません、ただそれでも議論のエントリーや個人の経験値の蓄積のためには十分だと思います。

そして、本書のだいご味でもある自身の味覚に合ったコーヒーを知るためのチャート作りにおいてはBrixと収率を軸に、官能評価との相関を試みたものとなっています。Brixは水に対してどのくらいコーヒー成分が占めているか、収率はコーヒー豆の成分がどの程度水に溶けだしているかというものです。

本書内でCoffee Control Brewing Chart(次ページにて紹介)とその理想とする抽出についても紹介したうえで、これらに必ずしも縛られることなく、自分なりのチャートと味を追求してほしいとして、その一例として上述したオリジナル抽出チャートを紹介しています。

アタゴ ポケットコーヒー濃度計 PAL-COFFEE(BX/TDS)

アタゴ ポケットコーヒー濃度計 PAL-COFFEE(BX/TDS)アタゴ

このチャートを作れば、他の人との議論に奥行きが出てくると思います。単純に濃度が異なるのか、それとも含有物のせいなのか、さらにはコーヒー豆由来のものなのか、そういうことを一つずつ因数分解していけば生産的な話し合いができるようになるし、自分の本当に好きなコーヒーがどういうものなのか、人に話しやすくなり、そういうコーヒーとの出会いも増えると思います。この本は多少ボリューミーで、書かれている実験の記録も面倒ではありますが、ここにかかれていることを実践すれば、定性的な実験に頼るよりも迷わずに自分にとって最良のコーヒーに出会えるはずです。

挑戦的な提案と今後への期待

著者はコーヒーセミナー等で、”本を書く際は業界の向こう10年を見据えたものを書きたい”と常々言っています。実際、前作は10年以上前に発刊されたにも関わらず、未だに多くの書店で取り扱われているのはそういう試みが成功しているからだと思います。

その想いはこの本にも反映されてます。この本では色んな議論のきっかけ、もしくは新しい基準作りを提案しています。上述のアプローチに加え、特に特徴的な二つについて触れたいと思います。

一つ目にスペシャルティコーヒーのフレーバーを表す際によく使われる表現をまとめたSCAA(現在はSCAEと統合してSCA)のフレーバーホイール。日本国内でも多くのコーヒー店でみかけ、業界のスタンダードとなっています。ただ、欧米の文化・慣習の中で得られるであろう香り表現がいくつか存在することを指摘し、日本独自の文化・慣習に基づくフレーバーホイールがあっても良いのではないかと指摘し、いくつかなじみ深い香りの表現を紹介しています。沢山のフレーバーホイールは混乱のもとになりますが、ブラッシュアップ、またはカスタマイズしてより生産的な議論ができるものにするのは良いことだと思います。

二つ目にSCA等で使われている官能評価の方法・項目・配点についても独自の考え方を示しています。これはSCAのカッピング基準が優れているものだと認めたうえで、少し硬直的になっている実情を指摘し、いくつかのカスタマイズを提案しています。具体的には製法や生産国の違いを無視して同一基準で行うのは難しいことや、各評価項目をウェイト付けして評価すべきではないかということで、これらは素人目に見ても十分にリーズナブルだと思えましたし、自分なりのチャート作りには個人の大事にしている項目があるだろうから、積極的に行ってもいいのではないかなと思いました。

これらはまだ業界のコンセンサスを得られていませんし、完成もしていません。ただ、たたき台(失礼な言い方ですが、ご容赦ください)を示して、議論を進めようとしています。実際にこの本を読んでわが意を得たりと納得する人もいれば、疑問に思う人もいらっしゃるでしょう。それでどんどん議論が進んでより良いものになれば色んなコーヒーを飲めるようになるのかなとも思います。。

ということで、この本はコーヒーが好きな人はもちろん、うんちくや科学的な分析が好きな人でも読み応えがある本になっているんではないでしょうか。とはいえ、学術論文ではないので難しい言葉等には十分気をつけているので気軽に手にとってほしい一冊です。

次ページからは備忘録的に、各章に何が書いてあったか簡単に紹介していきます。

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