【本紹介・感想】多様性を考えるきっかけに『レイラの最後の10分38秒』

感想(ネタバレ注意)

興味深い物語構成と登場人物

あらすじとも少し重複しますが、物語を振り返りつつ、感想を記させてください。

本書第1部「心」はレイラの心臓が止まった後、彼女の脳が自身の死にゆく現実をとらえたり、過去の出来事を回想したりするさまが描かれています。時間経過を経るごとにレイラの脳の活動は完全停止を迎える一方、読者はレイラのことを鮮明に心に刻むことになるのです。そのアンビバレントな構造は本当に見事でした。

そんなレイラの出生は不遇でした。それでも彼女は懸命に生きました。不平不満は言わずに、そんな暇があるのならできることをする、そういった力強い人でした。さらに彼女は不遇な過去を経験したこともあって、身の回りの人たちに寛容でもありました。そして、そんな彼女にひかれて集まってくる人もいました。

同郷の幼馴染、故郷を追われ、売春宿に住み着くようになった占い師、生まれながらの性別に違和感を覚え、地元に居場所がなくなってしまった人、難民としてうまれ、人生の大半が困難を極めた人等々。集まってくる人たちは自身のコミュニティに馴染めず、その地から逃げるようにイスタンブールへたどり着いた人たちでした。

彼女たちの間にはいつしか家族の絆以上のものができていました。親子の絆が強いと多くの人は言いますが、誰もがそういう環境に生まれてこられるわけではありません。この小説に出てくるレイラや他の登場人物もそうでした。それでも、絆を作ることはできます。彼女たちは身の回りの人たちに寛容でいてお互いに認め合ってきました。そして、いつの間にか親子の絆に勝るとも劣らない絆ができていました。

そんなかけがえのない絆を持った彼女たちにとってレイラの死は衝撃的なものでした。さらに受け入れがたかったのはレイラの遺体の扱いです。そんな扱いに対して周りの親友たちは立ち上がります。第2部「体」以降はそんな親友たちが迷いながらも、決意を示してレイラの体を取り戻すさまを描かれています。それはまるで冒険譚のようで、とてもエキサイティングでかつ感動的でもありました。

やがて本書内でレイラが殺された事件の真相も判明しますが、こちらは現実的な着地を第2部「体」と第3部「魂」で迎えます。この物語ではレイラに関与した関係者が幸せになる、ということはありません。しかし、レイラの体を取り戻し、彼女の魂を誠意をもって見送ることができたため、彼女たちもまた新しい日常を踏み出せるようになります。不条理な世の中にあっても、せめて親友の間では誠意をもって接し、誇りをもっていきる、それは間違いなくかけがえのないものだと映りました。

でも、同時に色々なことを考えさせられることも事実です。レイラに対して生前に何かできなかったのか。ほかの職業をあっせんできなかったのか。あの日の行動を止めることはできなかったんだろうか等々。

この本はフィクションではありますが、登場人物たちのように日々追い詰められている人たちがいることを築かせてくれる本でもあります。そんな人たちに対して、自分に何ができるのか、そういう自問を促してくれる本なのかもしれません。

地域独特の文化・慣習と普遍的な価値、そして守られるべき権利

レイラの同年代の人々が希望を求めて共産主義革命を目指しました。しかし、参加者の抱く思いは千差万別であったことが本書からもよくわかります。そしてそのような祖語は世界各国の共産主義活動の中にもあったんだろうと思わざるをえません。

前段で話した通り、この本はレイラの人生とともにあります。それは西洋文明とイスラム文明の間で常に揺れ動く戦後のトルコでマイノリティとして生きるということの難しさを教えてくれるものでもありました。

家の継続を大事にする一家に、内縁の妻の子ども、しかも女児として生まれるということ、家庭問題について宗教的な解決策を求めることがどういう影響を家族に及ぼすかということ、男性社会の中で女性の訴えがいかに無視されてきたかということ、また彼女が救いを求めた都市部には必ずしも希望ばかりではなかったということ。。。

レイラの人生を体験するだけでも心がくじけそうになるのに、レイラの身の回りに集まってきた友人たちも同じくらいひどい扱いを受けてきたことが回想から徐々にわかります。閉鎖的なトルコの地方都市でマイノリティとして生きてきたもの、古い風習が色濃く残る南東アナトリアで夢を追うということもできないこと、そして周辺国のソマリアや北レバノンでそんな選択肢すら与えられない友人たち。

どのエピソードにも何重にも積み重なった宗教や慣習、そして地域特性や伝統から生ずる問題が絡みます。一方で、読者はそれらの諸問題を自身の宗教観や価値観をベースに読み進めることになります。そのため多く読者にとって描かれているエピソードを悲惨に感じ、何らかの改善が直ちになされるべきだと思うはずです。

ただ、物事は単純ではありません。本書はマイノリティ側の視点が中心になっていますが、加害者側の行動背景についても触れています。加害者側の理不尽に思える屁理屈も、彼らにとっては理屈として通っているのです。過去からの慣習や文化的な積み重ねを理由に自責の念に駆られながらも受け入れてしまう。間違いなく強者であるはずの加害者が、その実、弱者でもあるということを教えてくれるんです。

だからといって、彼らが救われるために人々の自由や権利を侵害していいということには決してありません。ここで言わんとしているのは、人を責めたり、糾弾するのではなく、そういう人とも寛容をもって話し合わないといけないのではないかということです。この本で描かれているレイラとその友人たちの生き方はそういうふうに語り掛けているのではないかと、個人的には思えました。

レイラの話は中東ならではの話のようにも感じられますが、その実、私たちの身の回り、しかも今でさえ一部の事柄については似たような事柄をニュースでしばしば聞きます。だからこそ、この本を地域的な事柄をとらえるにとどめず、自分の身の回りのこととしてとらえて物事について考えれば、よりよい世界に一歩近づけるのではないかと考えています。そういう気付きを与えてくれる本でもあると思います。

皆さんはどんなふうにこの本を読んだでしょうか。もしよければあなたの気づきをおしえてくださいませ。

本の概要

個人的に北田さんの翻訳には引き込まれるものがありました。今後、北田さんの訳したものをおうのも面白いかもと思うほどに。あと、印象的だったのが千海さんの表紙絵。手に取った時に印象に残る表紙で、かつ読み終わったときになんとも言えない気持ちにさせてくれ、いつまでも余韻を残してくれるものでした。千海さんは個人の活動についてtwitterで発信もされているので、同様に興味を持った方はそちらもご覧になってみてください。

関係サイト

ペンギンブックスが行ったインタビュー。本書の概要説明と共に、書くきっかけとなった出来事等について解説がなされています。

オフィシャルサイトには過去作の紹介と共にSNSアカウントへのリンクがありますのでご覧になってみてください。また、サファクさんのインタビュー動画等へのリンクもあります。

ちなみに巻末の訳者あとがきはとても丁寧にこの本及び著者について説明しています。TEDやその他のカンファレンスで講演を行ったことについても触れてありますのでこの辺を参考にして情報を得るのもいいと思います。とても熱がこもったあとがきで訳者の想いが伝わってくるようでした。

次の一冊

翻訳本がでてないのが難点ですが、スリランカに関係する二人の女性の物語です。インド洋に浮かぶ平和で美しい国のスリランカでも宗教や民族に関する問題がありました(す)。それらの問題を二人の女性の人生を通して体験できるのが本書です。

Island of a Thousand Mirrors: A Novel (English Edition)

Island of a Thousand Mirrors: A Novel (English Edition)Munaweera, NayomiSt. Martin’s Press2014-09-02

欧米では日本に比べて多種多様なマイノリティに関する本が出版されています。自分の知りたい分野があったら、まずは検索してみるのもいいかなと思います。また、個人的にもこのサイトで日本未発売でも何となく知りたいなと思った本と出合ったら積極的に取り上げていきたいと思います。

ドイツの国営放送ドイチェ・ヴェレ(DW)のYoutubeチャンネルでは良質なドキュメンタリーを多く見ることができます。

また、次の一冊ということではありませんが、YoutubeやNetlix等のドキュメンタリーもおすすめです。色んな角度から各国におけるマイノリティの状況にも知ることができるし、各国の状況を踏まえた報道の仕方もあって興味深いです。

雑な閑話休題(雑感)

この文章を書いているとき、スイスの公共空間でのブルカ着用禁止に関するニュースが飛び込んできました。

また、スリランカでも同様に国家の安全を理由にイスラム学校とブルカの着用が禁止され*、論争が生じています。一方で、インドネシアでは宗教の自由を謳っているにもかかわらず、とある学校でヒジャブ(jilbab/jilbaab)の着用を強制させられたという話もありました**。

私自身は確固とした宗教観を恥ずかしながら持っていませんし、そこまで注目していなかった宗教の服装に関することだったので驚きをもってこれらのニュースを受け止めました。ただ、特定の宗教を信仰する側も信仰しない側も、こうも簡単に自由は制限を受けるのかと感じました。今回ニュースとなったのは法律や行政機関が実行したために可視化され、多くの人が知るところとなりましたが、この本で行われていた多くのことが実際に個人レベル、もしくは部族レベルでも多くのことが行われているんだろうなとも思うと難しい気持ちになってしまいました。

もちろん、国ごとによって色んな事情があるとは思いますが、最低限の個人の自由が謳歌できるそういう国が一か国でも多くなることを願うばかりです。そして、それに対して何ができるのか少しずつ考えてみたいと思う次第です。

*’Sri Lanka to ban burqas and shut Islamic schools for ‘national security’ – CNN, dated March 15, 2021

**Indonesia: Dress Codes Discriminate Against Women, Girls, dated March 18, 2021

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