アメリカとヨーロッパのスペシャルティコーヒー協会(SCA)が発表しているコーヒー価値評価(Coffee Value Assessment、( CVA))についてはその作成精神の前提もしくは背景となる白書がいくつかあります(CVAについては別記事を参照ください)。
ここではその一つである2021年9月26日にSCAによって発表された「Towards a Definition of Specialty Coffee: Building an Understanding on Attributes (スペシャルティコーヒーの定義について:属性の理解を構築する)1」に書かれていることをまとめるとともに、その考え方について補足していきます。
【前提】
世間ではスペシャルティコーヒーの”スペシャルティ”について様々な解釈がされています。普通の消費者であれば文字通り”特別な”というふうに解釈するでしょう。一方で、専門家やバイヤーの間では”カテゴリー1の欠点豆はなく、カテゴリー2の欠点豆は5以内に収まっている、または100点中80点を超えたコーヒーのこと”などと理解されることもあるでしょう。
これらはスペシャルティコーヒーが何かについて語るにはあまりにも広すぎたり、狭すぎたりします。そういった状況にもかかわらず、また世間から要請を受けようとも、SCAは長らくスペシャルティコーヒーを公には定義してませんでした(よく言われる上の二つ(欠点豆の数とカッピングスコア)はあくまで区分(グレーディング)であって、それがそのままスペシャルティコーヒーを意味しません。なお、日本スペシャルティコーヒー協会は独自の定義を持っています(参考リンク))。
SCAはコーヒー価値評価をするにあたって、その前提となるスペシャルティコーヒーを定義する必要があると考え、以下の流れで検討を始めました。
品質は一つか、複数か?
まずSCAは”スペシャルティ”が持つ本来の意味を考えるところから始めました。すると”スペシャルティ”の定義について多くの場合、”Quality(品質)”の意味が含まれていることを発見します。例えば、SCAが過去に行ったスペシャルティコーヒーの説明にも『”スペシャルティコーヒー”は最も品質の高い生豆が、その風味のポテンシャルを最大化するよう焙煎されたもの(“The term ‘specialty coffee’ refers to the highest quality green coffee beans roasted to their greatest flavor potential.”)』とあります。
そこで改めてSCAは”品質”についてOxford English Dictionaryで調べたところ、以下のように定義されていました。
名詞:1.類似の他のものに対して計測される基準の何か。何かが優れている程度を示す程度。( the standard of something as measured against other things of a similar kind; the degree of excellence of something.)
この定義は一見良さそうなのですが、一つの問題点があります。この品質の定義をもとに、品質の計測をしようとした場合、基準をどこに置くかが、コーヒーのような複雑性を含む製品になると難しくなる点です。
また、(他より)優れている程度の計測も難しくもあります。例えば、個人Aがあるコーヒーを優れていると評価しても、個人Bにとってそのコーヒーは飲むに値しないと評価してしまう場合もあるからです。辞書にはもう一つ定義がありました。
名詞:2.誰かもしくは何かが持つ異なる属性や特性(a distinctive attribute or characteristic possessed by someone or something.)
ここで2.のほうが、コーヒーのような複雑な特性を持った製品を表すのには的確だとSCAは考えました。
つまり、品質には複数のattribute(属性)があって、全ての属性をまとめることによって、品質が表されるということです。ではここでいう属性とは何でしょう。
属性とは”誰かまたは何かの特性または固有の部分とみなされる品質または機能(“a quality or feature regarded as a characteristic or inherent part of someone or something,”)”として定義されています。そのため、属性=何かの特性であるプロパティと推測でき、製品(ここではコーヒー)は属性の集合と考えることができます。
すでにコーヒー以外の製品の購買行動を決定する属性、もしくは消費者が製品の価値を決定する属性に関する多くの先行研究があって、そこでは属性を要素分解することで製品をより理解できるとありました。そのため、SCAはコーヒーの属性を分解・整理することに。
属性を整理する
上述のように異なる”属性”を大別する必要があります。その一つの方法が本来備わっているIntrinsic(内在的)なものと付帯情報としてもたらされるExtrinsic(外在的)なものに分ける方法です。
コーヒー豆の場合、Intrinsic attributesもしくはmaterial constituents(内在的な属性もしくは本質的な要素)はカッピングスコア、豆づら(見た目)、大きさ/等級、焙煎度、栄養素等の情報などが該当します。つまりコーヒー豆そのものが持つ情報のことを言います。
一方、Extrinsic Attributes(外在的な属性)は産地、農園名、ブランド、各認証取得の有無等がそれらに該当します。
このように情報を整理しつつ、項目を顕在化することでコーヒー豆の属性はどういうものがあるかについて理解が進みます。この属性全体が品質を構成していることとなります。
属性は計測可能
各属性の集合である品質が計測困難なのに比べて、よく定義された個別の属性は様々な手法を用いて計測が可能です。
例えば、Allison L. Brown, Drはprojective mapping(上の図)を用いて、消費者研究に基づく属性のマッピングを行い、既存の研究結果より精度の高い、購買行動へつながる3つの属性(価格、入手のしやすさ、パッケージ)の特定に成功しました2。この研究によってチョコレートの属性をより正確に把握できるようになりました。
このprojective mappingの手法はSCA Coffee Taster’s Flavor Wheel(フレーバーホイール)の作成時に使われ、現在でも多くのカッパーによって活用されているところです。このほかにも様々な方法を使って属性を計測することができます。
属性を経済的価値へ転換
製品(コーヒー)の属性を特定したら、それらを数値変換して経済的価値を算出すればわかりやすくなります。例えば、Togo Traore, Dr の “What Explains Specialty Coffee Scores and Prices,”では内在的評価と外在的評価がどのようにCup of Excellence(権威あるコーヒー豆の品評会)の評価に影響を与えるかについて調べられています。この論文ではフルーティーという語彙属性が官能評価の中で一番価格への影響力があったということが指摘されています。
この方法を用いれば、多数のコーヒーの特性の把握や計測に役立つだけでなく、多くの人が興味のある市場における価値を測定することができます。
SCAがこの計測方法を確立するかは置いといて、今より多くの属性情報が手に入れられれば、各社レベルでより自由度の高い分析ができるのは確かなはずといえます。
スペシャルティコーヒーへの適用
この属性に基づく考え方をベースとして、もしコーヒーが属性の集合体で、あるコーヒーが”スペシャル”であるとしたならば、”スペシャル”は属性の違いから生じているはずです。
そして、コモディティコーヒーがスペシャルティコーヒーの対義語であるならば、その理由も属性の違いにあるはずです。
そもそもコモディティという単語は同一性や交換可能性を追求していることから、上の図のように説明ができるはずです。
つまり、コモディティコーヒーは品質を均一にし、差異を排除した属性を追求してきました。一方でスペシャルティコーヒーの歴史は均一なコーヒーでは確認できないフレーバーや産地情報等を評価してきたものです。そのため、上の図では破線でコモディティとスペシャルティを分けていますが、実際には上のグラデーションのように連続しているはずといえます。
これを踏まえると線で分けることなく、属性で判断すればよいことになりますし、この属性を担保することこそが透明性や追跡可能性を高めることへとつながります。逆にこれらの透明性や追跡可能性の属性を担保できない場合、内在的評価だけを行うことになり、左のコモディティコーヒーへと自然と分類されます。
カッピングスコアが大きなウェイトを占め、それによって価格の断絶を生んでいた頃とは根本的に異なる考え方をしなければいけないのが新しいスペシャルティコーヒーの概念でもあります。
スペシャルティコーヒーの属性を点数付けすること
各属性は定量化され、計測できるため、この属性に基づくフレームワークは点数付けとも相性が良いとされます。実際は、現在実施されている欠点豆の数やカッピングスコアに関する情報に加えて、外在的評価が加わることとなります。
つまり、消費者が何を望むのかについて現在より総合的なアプローチがとられます。結果として旧来の”狭義の品質”に特化したカッピング・スコアは行われなくなります。なぜなら、スペシャルティコーヒーは多くの属性の集合体であって、”狭義の品質”に基づくカッピング・スコアは必ずしも適切ではないからです。
これは既存の外在的評価を下げかねない”カップ内にあるものが重要だ(“it’s what’s in the cup that matters”)”という発想からではなく、属性の全てがカップに含まれるはずという発想が背景にあります。
多様性を受け入れる
このようにSCAは属性そのものに価値があることを認め、この属性に基づいたフレームワークでは普遍的な品質(世界基準)に力点を置かず、むしろ多様な市場において特定の属性が評価されることを望んでいます。
この背景にはスペシャルティコーヒーが世界的な現象となって広がっていることがあります。一方で、スペシャルティコーヒーの消費者の選好は地域によってバラバラです。例えば、韓国ではドイツよりもフルーティーなコーヒーが評価されていたり、スペシャルティコーヒーが普及して長いアメリカとヨーロッパですらいまだ其の選好は異なります。それどころかアメリカ国内ですら地域によって好まれるコーヒーがいまだに異なっているんです。であれば、その地域特性を加味することは自然だとSCAは考えているようです。
属性に基づいた新しいスペシャルティコーヒーの定義
スペシャルティコーヒーは特徴ある属性によって認識されるコーヒーもしくはコーヒー体験のことであり、これらの属性がある故に、市場において著しく特別な価値をもつもの
Specialty Coffee is a coffee or coffee experience recognized for its distinctive attributes, and because of these attributes, has significant extra value in the marketplace.
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SCAは今後の礎となるスペシャルティコーヒーについて上のように定義しました。この背景にはすでに言われているように、スペシャルティコーヒーの消費が世界へと広まっていく中で、人による好みに多様性があることの他に、コーヒー生産者の生活が引き続き厳しいこと、気候変動や労働力不足による生産体制の危機等があって、より持続可能で公平なコーヒーサプライチェーンを実現する必要があるという危機感があります。
SCA自身もコーヒー業界から賛否両論の意見があることを承知で、今回のような属性に基づく評価へと舵を切ったようです。また、CVAをリリースするにあたっても広く認知されているスペシャルティコーヒーの定義のままではだめだと思ってこのような新しい定義を導入したことは非常に納得感があります。
いずれにせよ、この定義をベースにコーヒー豆の評価方法を作成していたのが2022年以降の動きです。
次回(次々回かも)、カッパーの地域的な選好に関する白書の解説記事をアップする予定です。
- 作成および関与者は次の通り:Peter Giuliano: Conceptualization, Writing – Original Draft, Visualization Katie Jane von der Lieth: Conceptualization Mario R. Fernández-Alduenda: Conceptualization Yannis Apostolopoulos: Conceptualization Kim Elena Ionescu: Conceptualization Jennifer Rugolo: Writing – Review & Editing, Visualization ↩︎
- Understanding American premium chocolate consumer perception of craft chocolate and desirable product attributes using focus groups and projective mapping, Published: November 4, 2020 by Allison L. Brown,Alyssa J. Bakke,Helene Hopfer ↩︎