【本紹介・感想】理不尽な戦争に翻弄される少年とその家族を描いた『Stay where you are and then leave』

『Stay where you are and then leave』装丁

あらすじ

5歳の誕生日を迎えたアルフィーは父と母と3人でロンドンの郊外に住んでいた。父親は牛乳配達の仕事をしていて、その手伝いをしたくてしょうがないアルフィー。決して裕福ではないものの、幸せであたたかな家庭だった。

しかし、そんなアルフィーの周囲には不穏な空気がすでに漂っていた。ドイツが各地に進出した結果、イギリス国内に好戦的な雰囲気が高まっていたのだった。そして、とうとうイギリスも参戦することとなった。

父親はアルフィーに対して決して離れないと約束したが、すぐにフランスの前線へ赴くことになり、それ以来アルフィーは父の帰りを待つ生活が始まる。

アルフィーの楽しみは父から送られてくる週に一回の手紙。ただ、その手紙がいつのまにか届かなくなってしまう。母に聞いても父は特別な任務についていて情報のやり取りを制限されていると頼りない回答をするだけ。

だけど、9歳になったアルフィーにはそれでは十分でなかった。すぐに父はこの世にいないのではないかと疑うようになる。そんな状況でも一所懸命に家計を支える母の手助けになろうと、アルフィーは内緒でキングス・クロス駅で靴磨きのバイトを学校の合間にするようになる。

そして、そこで衝撃の事実を知ることになるのだが…。アルフィーの真実を求める任務が始まる。

果たして父親はどうなってしまったのか。これは戦争に翻弄され、それでも必死に生きる少年とその家族の物語。

Stay Where You Are And Then Leave

Stay Where You Are And Then Leave [ペーパーバック]John BoyneCorgi Childrens2014-07-03

感想(ネタバレ注意)

平和な家族に忍び寄る戦争の影

Lewisham High Street, Early 20th century

これが児童文学書というのは驚きだというのが読み終えた後の率直な感想でした。それほどに入り込める内容でした。

冒頭、アルフィー・サマーフィールドがどういう性格の人間かを描きながらも周りの空気を伝えます。

第一次対戦前夜のロンドン近郊は忙しなく、駅を行き交う志願兵もいれば、戦争に反対する近所の住人もいます。そしてヨーロッパからの移民者は周りからの視線に怯えながら日々の生活を送っています。それらが5歳だったアルフィーにどう映ったのか。

仲良しで聡明な友達カリーナは世を変えるために将来は首相になりたいといいます。でも、周りの大人たちはそれを鼻で笑います。彼女は移民の子供で女性だったから。時代を物語っているエピソード。それをアルフィーはどうとらえたのか。

そして、父がフランスへ出征してしまいます。近所の雰囲気は悪化の一途をたどります。アルフィーに優しかったカリーナの一家は政府によって収容されてしまいます。父親は移民でもカリーナはイギリス生まれなのに。しかも家族はどう考えても無害と思われたのに。

やがて週一でやり取りしていた父親とも音信不通になり、いつのまにか4年の月日が経ってしまいます。

私たちは第一次大戦がいつ終焉を迎えたか知っているので、その年月が重要なことを知っています。一方で、小説の中は初期のころの雰囲気とは違い、厭戦ムードが高まっているのがとてもよくわかります。

毎年クリスマス前には戦争は終わるとうわさが流れ、それが裏切られていく。大切な人は戦地に赴き、いつ帰れるともわからない。軍の高官を乗せた車が近所に来ると頼むからうちに悪い知らせを持ってこないでくれと家に閉じこもる。。。

戦争によって多くの未亡人や戦争孤児が生まれ、その結果生活が困窮していっている様子がアルフィーの視線を通してよく絵が描かれていました。また、カタリーナのお父さんが哀愁を込めて語る故郷の様子も克明で頭にその光景が浮かぶほどでした。

靴磨きで家計を助けるアルフィー

Embed from Getty Images

そんな状況下、アルフィーは靴磨きを始めることで多くのことを学びます。息子が戦争に行ったという銀行員、戦争で足を失いながら後方支援の事務仕事を続けている人、文学好きな医者。誰もが色んなことを吐露していく。靴磨きである自分が誰かなんてほとんどの人が気にしない。でも、みんな誰かに何かを愚痴りたくてたまらない。

一方、ある日アルフィーは母が父親からの今のカーペットの下に隠していることを知ってしまいました。父の手紙に書かれている内容は支離滅裂でよくわからないものでした。そう、戦地で父の精神は蝕まれていったのです。ただならぬ雰囲気を悟りながらも、状況がよくわからないアルフィー。

そして靴磨きの仕事中にとある情報を得て父の消息を知ることになります。そこから、父の秘密任務を引き継ぐかのようにアルフィーのミッションが始まります。

真実を知るアルフィー

塹壕と兵士、Image by Bruce Mewett from Pixabay

【ネタバレ注意

アルフィーがいつものように靴磨きをしていると、客であるお医者さんがアルフィーの父親のカルテを偶然にも落としてしまいます。結果、アルフィーは父親が病院にいることを知ります。ただ、どういう病院かはわかっていません。

病院はロンドン郊外にあり、電車を使わなければいけないようなところにあります。そのため、靴磨きで得たお金から捻出しようと頑張ります。やがてお金がたまり、病院へ行くことになるわけですが…。

その病院は精神科病院だったわけです。父は戦争で精神を病んでしまったのです。そのためアルフィーが見つけた父からの手紙は支離滅裂だったんです。そして、アルフィーは変わり果てた父親と再会することになります。あまりの変容っぷりに現実として受け入れられないアルフィー。

そしてタイトルの意味を知ります。そう、それは上官が塹壕の中で一兵卒に対して指示していたもの”Stay where you are and then leave”。そこにとどまってタイミングを見て突撃をしろというもの。何気ないタイトルの言葉が急に恐ろしくなるんです。

その後、アルフィーは父を家に連れ帰ろうとします(この部分は本当にドキドキして見所だと思います)。その際、どうしても父と離れないといけない状況が生まれ、アルフィーは精神を患っている父に思わず”Stay where you are”といってしまいます。それはまるで上官のよう。そして父とはぐれてしまうアルフィー。アルフィーは自分を責めに責めます。でも子供らしく、現実逃避もしてしまう。そんなときにかばってくれた大人、それは近所にいた戦争反対論者で父のかつての親友でもありました。

本当に強い大人というのは誰なのか、戦争が一体何をもたらしたのか。いろいろと考えさせられる内容ではありますが、最後は読者に対して希望も与えてくれるものでした。

いずれにせよ、一応児童向けであるため平易な英語で書かれているので非常に読みやすいと思います。一方、内容はおもしろく、且つ色々と考えさせられるものでした。非常にお勧めの一冊だと思います。願わくは五日のタイミングで翻訳されるといいな、と思うばかりです。

(あっ、ちなみに蛇足ですが、アルフィーが靴磨きをしている場にとある有名人がお客さんとしてきます。ジョン・ボイン氏の作品には毎回こういうシークレットゲスト(全然シークレットじゃないけど)的な仕掛けがあって、そこはどうしても嬉しくなっちゃうんですよね。ぜひ読んでほしいなぁと思うばかりです。そして、コメントとかで盛り上がれたら嬉しいです。)

本について

本の概要

アジアでは、中国、台湾、タイで翻訳されているのに日本で翻訳されていない・・・。残念ですね。。でも翻訳本市場って小さいって言いますもんね。まだまだ知らない良書ってあるんだろうな、とこういうのをみると改めて思います。

関係サイト

著者オフィシャルHP: https://johnboyne.com/

ジョン・ボイン氏のtwitter: @john_boyne

一度停止していたSNSが復活していました。世界的に飛び回る著者の行動はもちろん、アイルランド・ダブリンでの生活ってこんな感じなんだ、と思えるシーンもしばしばです。そして何よりイギリスやアイルランドの文壇の様子が少し垣間見られます(彼はコスタ賞の選考委員の一人でもあります。)。

次の一冊

この本に登場するとある人物が『The Absolutist』に登場してきます。彼の作品の中ではクロス出演は多いのですが、とっかかりとしては嬉しいですよね。

本書が児童文学だったのとは異なり、『The Absolutist』は一般向けの小説なので少し難しいかもしれません。ただ、同時代の風景を大人の視点でより克明に描いているのでその雰囲気も感じてほしいと思います。

The Absolutist (English Edition)

The Absolutist (English Edition) [Kindle版]John BoyneTransworld Digital2011-05-12

雑な閑話休題(雑感)

この本に出会えたのはジョン・ボイン氏の『ヒトラーと暮らした少年(感想リンク)』の訳者原田勝さんのあとがきがきっかけです。

あとがきには『ヒトラーと暮らした少年』に登場したあるキャラクターが『縞模様のパジャマの少年』と本書に登場していますと紹介していて、よかったら読んでみてくださいと書かれていました。

それがきっかけとなり、そして『ヒトラーと暮らした少年』が面白かったこともあってアマゾンを通して海外から取り寄せてしまいました。本当は翻訳本、もしくは国内で取り扱い店にであればよかったのですが、いずれもみつからず。。。

ただ、上にも書いた通り、想像以上に面白くあっという間に読み切ってしまいました。その後もジョン・ボイン氏の作品は読み続けるようになったのでこのブログでも紹介し続けていきたいと思います。紹介するからにはできる限り本の魅力を伝えたいのですが、、、頑張らないと。。。

『Stay where you are and then leave』装丁
最新情報をチェックしよう!