【本紹介・感想】黎明期を知ることができる『スペシャルティコーヒーの本』

【内容】

本書は堀口珈琲(旧珈琲工房HORIGUCHI)の創業者である堀口英俊さんが2005年に、当時のスペシャルティコーヒーを取り巻く環境についてまとめたものです。

今でこそスペシャルティコーヒーという言葉は消費者の間に浸透しましたが、2000年代前半の日本国内といえば、スターバックスやタリーズといったシアトル系カフェが高品質なコーヒーをうたって規模拡大しているような状況でした。それと同時にアメリカではこれら大手チェーン店に対するアンチテーゼとして登場したスタンプタウン、インテリジェンシア、カウンターカルチャーなどがサードウェイブとして認識されつつあった状況です。

この本ではそんな当時の状況下、どのように堀口珈琲が他社に先んじてスペシャルティコーヒーに注目し、世界中の生産地を訪れ、コーヒー豆の買い付けを行いつつ、他国のバイヤーとの交流や現地への技術支援(指導)を行っていた様子ががどういう形で行っていたかが詳しくまとめられています。

また、そういうコーヒーの歴史探訪の記録があるかと思えば、スペシャルティコーヒーに関するいろは、具体的には当時の国内外のコーヒーを取り巻く環境だったり、覚えておくべき用語、各国のコーヒーの特色等々、基礎的な知識も並行して記載されています。それら知識は20数年たった今でも通用する知識で、タイトルに恥じないスペシャルティコーヒーを網羅的にカバーする本となっています。

もし、これを読んでいるあなたが将来的にコーヒーショップを開業したいと思うなら、具体的なイメージを膨らませるのに適した本だと思います。そうでなくともコーヒーに関連した色んなヒントをくれる一冊に仕上がっている本になっていると思います(本屋にはまずないと思うので古書店や通販で手に入れてみてください)。

スペシャルティコーヒーの本

スペシャルティコーヒーの本

堀口 俊英、旭屋出版、2005-08-01

【内容を振り返りながらの感想】

Cup of Excellence HPより。現在までに15か国以上の国で生産者支援とコーヒーオークションを実施ている団体

1章

1章ではアメリカから始まったスペシャルティコーヒーの流れについてまとめてあります。各国に次々とできたスペシャルティコーヒー協会やコーヒー生産国で開催されるカップ・オブ・エクセレンス(COE)やQオークション(現在、休止中)といった当時最先端のオークションについても説明がなされています。また、当時としては珍しいであろう、アメリカスペシャルティコーヒー協会(SCAA、現在はヨーロッパの協会と統合されてスペシャルティコーヒー協会(SCA)となっている)が行った大会や生産国への出張記録なども公開されています。

2章

2章では当時の日本国内のコーヒーに関する流通事情を簡単にまとめ、スペシャルティコーヒーの入手が非常に難しい状況だったことについて触れています。また、そのことについて、SCAAの2004年のアトランタ大会で発表しており、その際のスピーチ原稿も掲載されています。

3~4章

3,4章では著者が考えるスペシャルティコーヒーに対する評価基準と、世間でスペシャルティコーヒーを語るうえで理解すべきキーワードが紹介されています。このキーワード、具体的には①トレーサビリティ、②サステイナビリティ、③テロワール、④キャラクター、⑤シングルエステート、⑥在来種、⑦有機コーヒー、⑧アペラシオン(フランス語で「略称」を意味し、原産地を保証する表示。ワインでよく使われる用語です。)で、これらは今でも通用する知識です。

5~6章

5,6章では上述したコーヒーの品質の向上に取り組んでいるNGOやNPOやインターネットの普及とともに広まったオークションや現地における競技会の様子がまとめられています。

7~9章

7,8,9章ではコーヒーの精製・流通工程を整理しつつ、当時注目されていた品種を紹介されています。

興味深いのは現在本をまとめるうえでは避けられないゲイシャ種やSL種に関する項目はなく、伝統的な品種(ティピカ、ブルボン、カツーラ等)を中心に、少しムンドノーボやパカマラに触れられる程度でした。そのため、生産国についてもパナマについてはページが割かれていません。非常に興味深いところです。なお、各国の各農園における香味についても言及がありますが、この辺は現代でも通用するものが多いと思います。ちなみに各国で紹介された農園は以下の通り。当時からこういう農園に食い込んでいたと考えると、後から参入するロースターが苦労するのもよくわかります。

国名農園名
ケニアMUNENE農園、KENTMERE農園、MTARO農園、GETHUMBWINI農園
タンザニアMONDUL農園、MANYARA農園、MRINGA農園、KIFARU農園、BLACKBURN農園
パプアニューギニアSIGRI農園
ブラジルマカウバデチーマ農園、BOA VISTA農園、CACHOEIRA農園 等
コロンビアOSWALDO農園
グアテマラSANTA CATALINA農園、CARMONA農園、EL INFERTO農園 等
コスタリカLA LAGUNA農園、SANTA ANITA農園、DOTA農協、等
エルサルバドルMONTECARLOS農園、BATRES農園 等
本書で紹介されている農園を一部抜粋して表にしました。そのほか、本書内にはニカラグア、ハワイ、インドネシア、エチオピア、ジャマイカ等についてコンタクトのあった農園や生産されるコーヒー豆がどういうものだったかに関して言及があります。

10~13章

SCA カッピングフォーム

10章ではスペシャルティコーヒーを味わうにあたって一般的な抽出方法がどんなものか、焙煎度合いは何がおすすめか、そしてなぜ堀口珈琲においてブレンドを大事にしているか(味の安定性や香味の掛け算だったりしますが、詳しくは本書でご確認ください)、さらっと触れられていますが、きちんとそれらの必要性について言語化して語られているとても重要な章になっています。

11章ではスペシャルティコーヒーの評価方法について触れらています。一般的なカッピングフォームの使い方やそれと少し異なる堀口珈琲研究所の評価基準の差異の紹介やカッピングフォームの考案者であるマネー・アルベス氏との回顧録もありました。

12章と13章は各々堀口珈琲研究所で行っている活動と堀口さんが作ったコーヒー生豆の共同購入団体であるLeading Coffee Familyの紹介がなされています。これらの名前は日本のコーヒー好きなら興味がある人も多いのではないでしょうか。しかしながら、これらについて表立って説明されることは少なく、ここでの説明は非常に貴重なものになっていると思います。

最後にまとめと感想

スペシャルティコーヒーの黎明期にまとめたものとは思えないほど詳細な情報がまとまっています。なにより情報が整備されていなかった当時にあって、これだけの情報を網羅的にまとめた本が出たのは画期的な出来事だったんだろうな、と容易に推察できます。本書の情報については少し情報のアップデートは必要かもしれませんが、上でも述べたとおり、ほとんど今でも通用する内容だと思います。

加えて、当時のSCAA要人との面談記録や生産国等への出張記録において重ねられた議論や各種テーマ設定は小さなロースターが社内体制を整えようとするのに参考となると思います。もちろん、これらの議論はすでになされているわけで、これから成長していこうとするためにはより先進的でかつチャレンジングな内容にすべきだとは思いますが…。いずれにせよ議論のベースにはなるはずです。

特定のテーマを扱った本は一定期間を経ると情報が古くなるため、あまり手に取ることがなくなります。しかしながら、きちんと企画・詳述された内容は色あせることなく、いつ読んでも有意義なものだなと、本書を読んで感じられました。すでに絶版になっていて市場にある本は少ないかもしれませんが、出会う機会があったらぜひ手に取ってみてください。きっとコーヒーに関する何かしらのヒントを得られると思います。

本の概要

  • タイトル:スペシャルティコーヒーの本
  • 著者:堀口 英俊
  • 発行:旭屋出版
  • 印刷・製本:株式会社シナノ
  • 第1刷 :2005年8月9日
  • ISBN978‐4-7511-0530-6 C0077
  • 備考:

関係サイト

堀口珈琲研究所セミナー予約:https://reserva.be/coffeeseminar

堀口珈琲研究所ではカッピング(テイスティング)を中心に、抽出やセミナーが行われています。2024年以降は、官能評価について新しい軸を持ち込もうと新しい評価軸のトライアルを実施するとのこと。

次の一冊

本書の著者である堀口さんは2023年末現在、テイスティングに関する本を執筆中とのこと。市場にでるのは2024年を予定しているそうで、それまでにかつて出された『コーヒーのテースティング』を読み直すというのはどうでしょう。

テイスティングに関しては大きなくくりとしては当初設定された考え方から現在まで変わらることなく、実施されてきました。そういう意味で、この本はその基本姿勢に基づいた本で、非常に読み応えのある本だと思います。一方で、アメリカを中心としたコーヒーに関する各機関が目下、テイスティングに関するフォームやトレーニング方法等をいじろうとしています。何が変わるのか、どうして変わるのか、そういう背景を探るうえでもこの本を読んで基本を押さえておいて損はないと思います。

コーヒーのテースティング

コーヒーのテースティング

堀口 俊英、柴田書店、2000-02-01

雑な閑話休題(雑感)

COFFEE FARMER

コーヒー業界では様々なところで世代交代が進んでいるます。バブル後に脱サラして喫茶店を始めた層は店を次の代に渡したり、閉めているそう。スペシャルティコーヒーの黎明期をリードしてきた著者も現在は会長職で、現場に出ることはほとんどありません。

一方のスペシャルティコーヒーの生産現場でも世代交代が起こっています。スペシャルティコーヒーの黎明期を生きてきた人たちは引退して、現在では子供たち、もしくは孫の世代がその生産の中心を担うようになってきています。この世代はきちんと教育を受け、中にはアメリカで大学や大学院を卒業している人もいます。結果、コーヒー生産のボラタイルな現場に見切りをつける人もいるといいます。その場合でも、良い農園の場合は誰かが手を挙げて生産が続けられます。ただ、その場合、長い年月をかけて行われる現場の知恵の引継ぎは十分になされないこともあります。もちろん、大学等で学んだ知識は各地域のベストプラクティスが集まっているわけで、それで十分なわけですが、先人の知識が途絶えてしまうのは非常に残念に感じます。願わくは、こういう本が現地側でもきちんと保存・継承され、いつの日にか日の目をみるといいなと、そう願わずにはいられません。

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。また、次の記事でお会いできるのを楽しみにしています。

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