【本紹介・感想】なぜクマは地方の中核都市にも現れるようになったのか・・・『クマ問題を考える-野生動物生息域拡大期のリテラシー-』

クマ問題を考える 装幀

内容

近年、クマの目撃情報やニュースが頻繁に報道されるようになった。しかし、そんなクマの生態について、あまり多く知られていないのが実情ではないだろうか。この本はそんなクマの生態について、多角的に研究してきた著者がまとめたもの。

まず、筆者はクマをはじめとする野生動物が日本国内でどのように生息しているかについてざっと説明する。そして、実際に近年クマを含めた野生動物がその生息域を拡大している事実を指摘する。

さらに、クマの生態を多角的に追う。季節によるクマの行動分析、農村部における伝承や歴史書調査等。多角的に追うことによって今までぼんやりしていたクマの像がはっきりしてくる。するとそれは必ずしもクマのみの事情ではなく、人間側の行動が大いに影響しているのではないかという推測へとたどり着く(著者は断定をさけ、きちんとした科学的な検証の必要性を説いています)。

それは高度経済成長を経て人口減少期を迎えている日本の地方で起こっている街・農村と山林等の構造変化、整備された野生動物に関係する法律、就業人口の移動や職業変化等の様々なことに触れながら、著者なりの見解を述べている。

最後にはクマをはじめとする野生動物と共に生きていくために都市空間がどのようにあるべきかについて著者の意見を簡単にまとめている。

本作はクマというシンボリックかつキャッチーな動物を題材にしているが、日本の都市が 新たな均衡へと向かうにあたって、どのようにあるべきか提言までしている意欲作。

クマ問題を考える 野生動物生息域拡大期のリテラシー (ヤマケイ新書)

クマ問題を考える 野生動物生息域拡大期のリテラシー (ヤマケイ新書) [新書]田口 洋美山と渓谷社2017-04-21

*2019年11月21日時点でkindle unlimited 対象本です。

内容を振り返りながら、時に感想

野生動物が都市に出没するようになった

Photo by Magda Ehlers from Pexels

平成は、昭和と違って様々な動物が再び日本人の前に姿を現せはじめたという衝撃的な事実から本書は始まりました。考えてみると確かに東京でもハクビシンやタヌキ、挙句の果てにはニホンザルが出没したというニュースがありました(実際に私が住んでいる近くにもハクビシンを目撃したことがあります)。また、地方に目を向けるとクマが出没して地元の猟友会の方が出動したというニュースもしばしば。

では、これがメディアによるセンセーショナルな取り上げによるものかというと、あながちそうでもないということを本書はデータを使って指摘します。1990年代初頭には10万匹を切ったとされるニホンザルの生息数は2008年には2倍増の22万頭になったといいます(ただし、 特定哺乳類生息状況調査報告書(平成23年)の推計値は14-16万匹だとしています。それでも回復傾向にあるのは間違いありません)。他のシカやイノシシも同様に大幅に増加しているそう。そして、これらの野生動物はその結果、生息域を徐々に拡大しているとのこと。

クマとの遭遇はいつ起こる?

第2章以降は、いよいよクマの生態へとフォーカスしていくことに。まずクマと人間の遭遇が多いのはいつかということ。それは予想通り、人間とクマが活動的になる春と夏。

クマも人間も山からの恵みであるキノコをはじめとする山の幸を手に入れるために活動します。その結果、クマとの出会いがしらの事故が発生するといいます。この際、一部のクマは人食いを行ったという記録が残っていますが、それが地域的なものなのか、時期的なものなのかは研究がたりていないとのこと。ただし、人食いクマの伝承が多い地域があり、また猟師やマタギの話を聞くと繁殖期の前にそういった事故が増えるとの情報もあり、何らかの因果関係があるのではないかと著者は言います。

一方、クマとの遭遇が人間による開発で狭まったものだという説について筆者は肯定も否定もしていません。

そして、自身の推測も含めて科学的に証明されていない以上、推測の域をでないとしています 。確認できる事実はクマが交尾を控えた春先と冬ごもりを備えた秋に人間の目撃情報が多いとのこと(著者は少数の事実から安易なストーリーを作ることについては非常に否定的。この本でも推測や仮説は述べていても、サンプル数や統合的な研究がなされててないということから結論を述べていないことがしばしばあり、このことが全体の話をより説得力あるものにしていました)。

ただ、クマの目撃情報はここ20年で着実に増えています。それは逆に言えば、クマも人間を目撃しているということの裏返しでしかないとも。その結果、人慣れしてきたクマは人間が生活している人里にも割と抵抗なく進出してきているのではないかと指摘しています。最も、その前提として人里には飼料や果物等の餌が豊富だということを知ってしまったからだとも言っています。

抑えられてきたクマと人間の歴史的な関係

Photo by Gregory Rogers from Pexels

では、かつてのクマと人間との関係はどのようなものだったのでしょうか。本書はそのことについてもきちんと触れています。

本書によれば、かつての山村は今より野生動物の脅威にさらされていたため積極的に対処していたそう。村には猟を主な収入源とする猟師が存在していて、彼らがクマを含める野生動物を狩っていました。その人たちのおかげで農民は農作に集中できたという。江戸時代にはそのような人たちに幕府が支援していたり、農村単位で招いていたりする記録が残っているという。

明治時代になると生活や就業形態が変わり、農家が狩猟を兼務するようになった。そして、狩猟をメインにする人たちは減ってくるものの、獣の毛皮等には需要があり、野生動物の狩猟はしばらく続いていた。

その後、毛皮の需要が減退しても、今度は林業やインフラ整備が進み、自然と野生動物をの山の奥のほうへと追い込むことになり、都市部と野生動物の距離はかつてないほど隔離されるようになります。一方、この過程で猟を生業とする人はほぼ存在しなくなり、日常的な間引き行為減ってきてしまったという。これが100年ほど前から20年ほど前までのこと。

しかし、近年では限界集落や耕作放棄地という言葉を聞くようになったほどに、日本の地方部は後退期に入っていると指摘する。その結果、以前は整備されていた土地が後退、森林が人間の住む場所のすぐ近くにも存在するようになり、野生動物との接触する機会が増したという。また、生息域を抑圧されてきた野生動物もその数を増すと都市部へ再進出しているという。

本書では他にもこれほどに一部の野生動物が多くなった理由について欧米から入った動物ほど精神に基づく関連法令や歴史的に厳しくなっていった銃器の関連法令について紹介していました。

ゾーンディフェンスとオフェンシブなアクション

最終的に筆者はクマや野生動物が人間に害を及ぼさないよう都市形態として以前あったようなバリア・リーフモデルを改良したような山村の形態を提唱しています。電気柵等を活用して人間の住む場所であることを主張(ゾーンディフェンス)しつつ、それだけだと電気柵沿いに行動回避を促すだけなので、草原等のオープンな場所を設けて野生動物が隠れることができない地域(オフェンシブ)を設ける。そうすれば、大半の動物はその地域にでてくることを嫌がるという。

ただし、最近の人間が作った環境に適応してきているクマはオープンエリアすら平気で活動する傾向があるため、この地帯にかつて人間が放し飼いにしていた犬を飼うのもいいのではといっています。犬が天敵でもあるクマは彼らのマーキングがあるエリアには容易に侵入しないという。もちろん、犬の放し飼いを行うのは現代社会的には難しいこともあるかもしれなませんが、なかなか示唆に富むものかもしれません。

本書で気づかされたこと

本書を読んで、①野生動物は想像よりもたくましく、その数を伸ばしているという事実の認識、②私たちは種として野生動物と競争状態にある、ということを再認識できました。これらは当然のことなのに、私自身は動物や森林保護という言葉に慣れ過ぎていたのかもしれません(だからと言って過激な意見をとったりすることはありませんのでご安心を)。

行政は現在進行形で野生動物の数量調整を行っていて、それは喫緊の課題だと思いますが、私(たち)もどういう地方であってほしいか考えていかないといけない時期に来ているのかもしれません。そのまま、野生動物の進出を許しつつ対応するのか、それとも様々な方策でそれぞれの場所で生きることを促すのか。また、行政はそのためにどのような方策がなされているのか、勉強していくのも面白いのではないかとも思いました。

一方で、筆者はこの分野において重要なのはマンパワーであり、ロボット等との親和性が低いといっていましたが、個人的に逆ではないかと思います。

AIで野生動物の行動パターンを学び、ロボットやドローンで人間との生活圏を分かつ牽制を行ったり、というのはむしろ得意とするところなのではないかなと思ったりもします。もちろん、これらは行政の支援や予算措置がないと実現が難しいかもしれませんので、そういう意味では親和性は低いのかもしれません。いずれにせよ、映画『ジュラシックパーク』のような管理の方法もあるかもしれません。まぁ、あれは壮大な失敗例でテーマパークも破綻するわけではありますが。。。

いずれにせよ、本作はクマ問題をきっかけに、野生動物全般との関係、国や地方都市の在り方、ライフスタイルの在り方等々、様々なことを考えさせてくれるきっかけとなりました。

本について

本の概要

  • タイトル:クマ問題を考える 野生動物生息域拡大のリテラシー
  • 著者:田口 洋美
  • 発行:山と渓谷社
  • 印刷・ 製本 :図書印刷株式会社
  • 第1刷 :2017年5月3日
  • ISBN978-4-635-51042-4 C0275
  • 備考:ヤマケイ新書(レーベル)

関係サイト

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次の一冊

本書ではクマ以外のイノシシやシカについても言及がありました。ただし、あくまでもメインの動物はクマ。ということでより広範な動物との共存について語った本として『野生動物と共存できるか』なんて、いかがでしょう。人間と野生動物との全体最適とは何なのかについて考えさせられる本になっています。

野生動物と共存できるか―保全生態学入門 (岩波ジュニア新書)

野生動物と共存できるか―保全生態学入門 (岩波ジュニア新書) [新書]

高槻 成紀岩波書店2006-06-20

雑な閑話休題(雑感)

Photo by Engin Akyurt from Pexels

最近、コーヒー豆と本って似ているんではないかと思ったりしています。どちらも興味があって買いたいと思うのだけど、在庫や積読になってしまうのが怖いということ。

だけど、買わないとその本が再販されない場合もある。コーヒー豆だって生ものですから二度と手に入らないこともある。そのジレンマとの葛藤を繰り返すことになるんです。

まぁ、何らかの趣味がある人にとっては同じ経験をすることが多いのではないかと思いますが。みなさんの趣味でこのようなことが起こるものってありますか?ふとそんなことを思いました。今回紹介した本に全く関係ない雑感でした。

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