【本紹介・感想】自分の生き方を貫く格好良いおじさんの物語『新聞記者、本屋になる』

【内容】

浅草線田原町駅から徒歩3分のところに”Readin ‘Writin’ BOOKSTORE”があります。今日ご紹介する本はこのお店のオーナーである落合博さんが書かれたものです。

そんな落合さんですが、前職は大手新聞社の論説委員。世間的に見れば、地位も名誉もあって、定年まで勤めあげれば、悠々自適な年金生活が待っていたはず。それなのに、落合さんは途中退職し、セカンドキャリアとして斜陽産業といわれて久しい本屋さんを開くことに。

この本には落合さんが経験した職場での葛藤、そしてそこからなぜ本屋へたどり着いたのか、さらに本屋になると決めて準備したこと、過去の職場の経験の何が生きて何が生きなかったか、本屋になってやり続けたこと、後へ続くかもしれない人たちへの真摯なアドバイス等、貴重な情報がたくさん書かれています。

本屋さんになりたい人、仕事に悩んでいる人、セカンドキャリアへの準備に不安を抱く人、何をすればよいのかわからない人、こんな不確かな時代だからこそ、色んな人にお勧めしたい一冊です。

新聞記者、本屋になる (光文社新書)

新聞記者、本屋になる (光文社新書)

落合 博 光文社 2021-09-15

【内容を振り返りながらの感想】

記録をたどれる中で残っていた写真がこれです。2017年9月16日。今では許可されているか存じ上げないのですが、この時に本を購入するタイミングで店内の写真を何枚か記念に撮ってよいか、と伺ったところ、許してくださいました。以下、写真は当時のものです。現在の店内の様子とはだいぶ違いますが、今でもその雰囲気は存分に味わえると思います。ちなみに一番変わったのは本の多さだと思います。

第1章

本の構成は第1章に落合さんがどういう想いを持って新聞記者になり、どういう現場をかけまわっていたか、また当初の想いと徐々にかけ離れていく仕事とどうやって折り合いをつけていたか、またはつけられないで心に抱えていたか、様々な葛藤が書かれています。落合さんは本屋さん開業までに2度転職を経験されていて、それがどのようにキャリアへ、そして本屋運営に役立ったかにも触れています。何かしらのかたちで独立を考えている方はご自身のキャリアと比べたりすれば、とても参考になる章だと思います。

このパートは、いわゆる世間ではよく聞く夢を抱いて社会人になった若者が悩み苦しんでいるところではあるのですが、やっぱり読んでいて苦しくなってしまいます。その中でも随所に落合さんが育んだ心というか、捨てられず、ずっと持ち続けた優しさが感じられます。もちろん、それは後の本棚づくりのコンセプトにも繋がるわけですが、とにかく著者の人となりがよくわかる章でした。そして、どんなに人が羨むような職場であっても、人には見えない苦悩というものがあるんだということを改めて気づかさせてくれる章でもありました。

そして、本屋さんへの転職を決める経緯は、きれいごとではなく、またその決断は家族を否が応でも巻き込むことになります。その際の気持ちについても書かれています。そこには格好良さも理想もないけど、ただ新たな信念をもってやっていこうという熱意がありました。本屋さんに限らず、脱サラして商売を始めたいと思う人は一度読んでおいて損はないんじゃないかと思わせる章でもありました。

第2章

第2章は本屋の開業準備が中心です。具体的な数字を交えながらどのくらいの費用がかかるか、等はあまり知られることのない情報だと思うので興味を持って読み進めることができると思います。また、それらに加えて開店準備に際して、具体的には通ったセミナー名、そこで得られた知識、必要不必要、作ったコンセプト案等、本当に有意義な資料が並びます。特に巻末にある線表(オープンまでの歩み)と見比べながら読み進めるといいのではないかと思います。

ちなみにこの章の冒頭で先ほど言った奥様を巻き込みはじめるわけですが、著者の自分勝手だけど何とも憎めない人柄が全開します。でも、文章からも伝わる、憎めない感やそれ以上の魅力が、読んでいて何とも癖になるところでした(笑)。

第3章

第3章ではどんな心構えでお店を運営しているか、選書の仕方やその際に参考としているもの、SNSとの向き合い方等、いわゆる企業秘密といった濃い情報が詳しく書かれています。そして、それと同時に昔ながらの本屋さん像を否定される章でもあると思います。昔ながらの受け身の本屋ではなく、こうもアグレッシブな職業に変貌したんだなと驚きました。もちろん、これは一つのモデルケースであって、全員がそういう役割を求められるわけじゃないでしょうけど、それでもこういうモデルの出現は興味深かったです。

第4章と第5章

そして4章と5章では著者が思うこれからの本屋の姿だったり、本屋さんを営んでいる際に直面する日々の出来事が書かれています。また、自身の本屋で行うイベントの選定、コロナの前後にチャレンジしたこと、そして棚を通してお客さんに届けたいもの、さらには同業やこれから本屋を始めようと思っている人たちに対するメッセージもあります。この章も個人的にはとても好きな章です。本屋さんとしての理想と現実に悩みながらも、ここではだいぶポジティブなスタンスで向き合っていて、それは第1章とはだいぶ違いました。もちろん、紹介される問題のどれもが難しく、長期的な課題となりそうなものばかりですが、がっぷり四つで問題に向き合っている様には読者も勇気をもらえるような気がしますし、それは読後の爽快感にもつながりました。

大まかにはこんな内容と感想を持てました。とにかく、この本を読むと著者のお店の棚の作り方(選書)がよくわかります。この本を買う前から、とにかく純文学、趣味、児童書といったカテゴリー以外についても共通項をもって選書しているんじゃないか、と思いながら眺めていましたが、この本を読んでそれが明確にわかりました。それと同時に、そういうコンセプトなら何を買っても安心だなと思うほど。

そして、そんな思いを確認できたから、またお店へいきたいな、とも思えるようになる本でした。

本の概要

関係サイト

Readin’ Writin’ BOOKSTORE:http://readinwritin.net/

twitter:@ochimira

twitterでは本書で紹介されている”♯今日最初にお買い上げいただいた本”もつぶやかれています。ぜひチェックしてみてください。

次の一冊

書店主さんが自身のお店の開業経緯について書かれる本はいくつかあります。有名なのは荻窪のTitleを経営されている辻山良雄さんの”本屋、はじめました”、三軒茶屋、というか西太子堂の駅近くにあるCat’s Meow Booksを経営されている安村正也さんの”夢の猫本屋ができるまで Cat’s Meow Books”(ただし、こちらは井上理津子さんが執筆)でしょうか。いずれも次の一冊にお勧めです。もちろん、ご自身が興味ある分野の開業日記を買いている人は絶対いると思うのでそういう本を探すのもいいかも(今はYoutubeとかにもそういうのを投稿する人がいますよね)。

本屋、はじめました 増補版 ──新刊書店Titleの冒険 (ちくま文庫)

本屋、はじめました 増補版 ──新刊書店Titleの冒険 (ちくま文庫)

辻山良雄, 筑摩書房, 2020-05-29

でも、この本を読んだ後に一番してほしいことは実際にお店を訪れて、一冊手に取ることです。この本に書いてあるコンセプトの本は落合さんのお店に並んでいます。もちろん、落合さんの本屋さんが遠いという方もいらっしゃると思います。であれば、お近くの本屋を訪れてみてください。そして、そのお店が大事にしているコンセプトを感じ取ってみる、なんてのも面白いと思います。そして、さらにできればご自身の感性に従って一冊選んでみてください。きっと後悔のない出会いがあると思います。

【雑感】

実は本屋さんやカフェの紹介をしてみたいと思い立ってこのブログを始めた経緯があります。ただ、紹介するにはお店を知りたくなって、何度か通ううちに紹介するタイミングを逃したりしていて、なかなか進んでいないのが現状です。今回は本屋という切り口ではなく、本という切り口があったので、写真を使ってみました。ただ、全景がわかる写真ではないし、だいぶ古い写真なので、少しだけお店の雰囲気にも触れてみたという感じです。

ちなみにここに掲載されている写真は上でも書きましたが、このお店を最初に訪れた時の際にお願いした写真です。偶然居合わせたお客さんが写真のお願いをしていて、私も会計時にお願いした感じだったと思います。。とにかく、その初訪問以来、何度か伺うようになりました。

時には2階でコーヒーをいただいたりしました。じつは、このお店では四国のaalto coffeeから仕入れたコーヒー豆を落合さんが自らハンドドリップで淹れてくれます。ただでさえ好きな本屋さんなのに、少し深煎りのコーヒーの香りが店内にあふれると、さらにテンションが上がってしまう瞬間です。

ちなみに、コーヒーやお茶をはじめとした飲食関連の本も充実していて、コーヒー好きにはそういった意味でお勧めしたい本屋さんでもあります。そうそう、『STANDART』というコーヒーカルチャー雑誌もレジ下においてあって、お店の雰囲気ともマッチしています(ちなみに『STANDART』については本書第3章P102で触れられています)の人にも2階から店内を眺めると、本好きにとっては至福のひと時になると思います。

私の住むところから遠いということもって、なかなか頻繁に訪れることはできていませんが、折をみて足を運びお店であることは町がありません。ちなみに上野周辺には色んな素敵な本屋があって、やっぱりそちらにも足を延ばしたくなっちゃうところが難しいところです。それと同時に積読、少しでも減らさないといけないなとも思うわけで。

最近、少し積読状態の本も減ってきたので久しぶりにお店へ行ってみたいと思います。

今日も最後までお読みいただきありがとうございました。また次の記事でお会いできるのを楽しみにしています。

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