内容を振り返りながら感想
全体を通して
全体を通してとても読みやすい本でした。物語的な自伝のようであり、克明な描写を含んだドキュメンタリーのようでもあり、波乱万丈な企業小説の側面もありました。
また、著者のスティーブ(敬称略)はビール醸造に対するパッションはあふれているものの、同時に企業家としてどのように会社を運営していくかについて、常に情熱を燃やしていました。その際、自分たちの商品がきちんと受け入れられるように手順を踏んでいるあたりが、(少なくとも私には)物語を理解しやすくし、納得感のあるものにさせてくれました。
特に会社のブレイクスルー時に披露されるエピソードはどれも目を引くものでした。詳しくは口述しますが、誰もが知るアーティストや市長の登場は読むものを引き込むに十分です。あえて言うならば、この辺でどうしても大枠の流れと企業の拡大の時系列が行き来するところがあるので、少しだけ読みにくかったかも。それでも、それを補うだけの物語の推進力がありました。
そして、本の作り(構成)も良かったです。ところどころにビールの歴史や現在の商品ラインナップ、関係者の写真やロゴデザイン等々。ビジュアルもポップで雑誌感覚でも読める本でした。実際、読むのにかかった時間は驚くほど短く、中断しながらでも半日で読めました。それなのに、読後にはビールに関する濃密な知識と色んなことに挑戦してみたいという高揚感にあふれていました。ビール好きやNY好き、もしくは観光に訪れる人たちに薦めたくなる一冊です。
さて、個人的に注目して読んだ個所をいくつか紹介したいと思います。
筆者キャリアと自家製ビールとの出会い
どの製品であろうと食品であろうと、そのものとの出会いは必然性を秘めていたり、センセーショナルだとそのブランドを覚えやすいですよね。筆者のスティーブとビール造りの出会いもとてもキャッチ―なものでした(この辺についてはブルックリンブルワリーのwikiサイトにもある程度書いてありますので実は本書を読まずとも知ることができます(参考リンク)。ただし、詳細は書かれてないのでこれを読んで面白そうと思ったらぜひ本書を手に取ってみてください)。
スティーブは最初からビール会社を立ち上げたわけでも、ビールを扱う仕事にもついていませんでした。彼はローカル新聞社で記者として職を得て、AP通信の外国特派員といったキャリアを歩んでいます。そして激動の中東でバリバリ取材活動をすることとなります。
この土地でスティーブはビール造りの楽しさ、そして奥深さに出会います。スティーブが訪れた中東では酒の販売を禁止していたり、国内への持ち込みを禁止している国がありました。そこで欧米からの駐在員の中には自宅で酒類を醸造する人がいたそうです。そして、彼らと交流する中で自家製ビールを試す機会があったとのこと。やがてスティーブ自身もペールエールを自宅で作るようになり、成功と失敗を繰り返しながらも、ビール醸造の魅力に魅かれていったとのこと。本の中では、そんな試行錯誤の中作りだしたビールの味は市販のものと一線を画したとも。
その後、持ち前のチャレンジ精神や家族の事情を勘案してビール醸造の道を歩むことを決めます。そのキャリアの紹介だけでも、多様な道があるんだなと思うと同時に自分もやってみたいと思わせました(厄介な誘惑です(笑))。
ちなみにスティーブが起業を決めた頃、ブルックリンのSOHOで数少ない成功を収めていたのが、ソーダの製造・販売をする会社だったそう。ここで、日本では逆にクラフトビールに続き、クラフトコーラが人気になっていることをふと思い出しました。この本を隅々まで読むとそんなビジネスのヒントが見つけられるかもしれないと思ったりもしました。
ブルックリン・ブルワリーの名のもとに
この会社には多くの優秀な人たちが関わっていくことになります。
もちろん著者のスティーブはその筆頭格に違いありません。中東を渡り歩いて得たフットワークの軽さと多彩なネットワーク、そしてチャレンジスピリッツやコミュニケーション能力は至る所で発揮されています。
そしてパートナーであるトム・ポッター氏。トムは名門大学を卒業した上、MBAまで取得、投資銀行に勤めていました。トムは、大学でビール業界がいかに大規模化が進んでいて競争の厳しい業界か学んでいました。それにもかかわらず、スティーブの説得に応じて共同創業者となります。結果、トムとスティーブが会社の両輪となったのは言うまでもありません。
さらにはブルックリン・ブルワリーの核となっているロゴのデザイナー。それをデザインしたのが、あの『I♡NY』のロゴで知られるミルトン・グレイザー氏です。彼を口説き落としたことで間違いなく多くの人がスティーブに、そしてブルックリン・ブルワリーにかけてみようと思ったに違いありません。しかもその際に報酬としたのが未公開株だったのが、なんともアメリカの起業物語っぽく、またスタイリッシュだなと思わずにはいられませんでした。
加えてブルワリーの味を支えることとなる人材。それはアメリカの醸造師の間では伝説的な人物でしたが、ほかの人たちに及ぶべくもありません。ただ、スティーブがの彼に対するリスペクトと信頼が本のいたるところから伝わってくるため、もうすぐに彼の虜になってしまうんです。そんな信念を持つ彼のビールの味はどんなものなんだろうという感じで。
他にも多くの関係者が発展段階で関わってくるのですが、中でもシンボリックなのが当時ニューヨークの治安向上と再開発に尽力していたマイケル・ブルームバーク市長の存在でしょう。ブルックリンでいよいよ自社の醸造所を開く際、彼は開所式に参加してブルックリン・ブルワリーのことをブルックリンの再興のシンボルといってくれました。これでメディアは多く取り上げ、さらなる会社の飛躍となったと言います。そういうエピソードの一つ一つが企業としての財産になり、アピールになっていくのは間違いありません。
ブルックリン・ブルワリーに人が集まってくる様子は一つ一つがとても魅力的で、それが連なると、さながら『アベンジャーズ』を彷彿とさせます。
スティーブのブルックリンとビールにかけた思い
最終的にこの物語の主役はやっぱりスティーブ何です。彼ほど魅力的にビールを語り、そしてビールを通じた未来を話せる人は少ないんじゃないでしょうか。
スティーブの仕事は会社経営者として大方針を掲げ、周りの人たちを納得感をもって巻き込んでいくことです。これには記者としての培った”ストーリーを組み立て、人びとに納得して取材に応じてもらうための企てが必須の仕事(P23)”が大いに役立っています。
その能力によって共同創業者のトムを口説き落とし、門前払いされていたミルトンとの面談を実現し、そして、抜きんでた醸造技術を持ったギャレットを迎え入れました。そして何より投資家に対して説得力のある事業計画を説明し、夢を実現させる資金を拠出してもらいました。
その夢物語の説明が、この本では本当に心地よく描かれているんです。ちなみに出資者はスティーブの熱意とブルックリンにもう一度醸造の灯をというキャッチコピーにひかれて投資した結果、きちんと配当できるという段になってびっくりされたと書いてありました。そう、彼らは投資が回収できるなんて思ってもなかったんです。それだけ彼らと一緒に夢を見たいということだったんでしょう(まぁ、この辺は話半分に聞いたほうがいいですが、美談が好きな私はよだれを垂らしながら読んでいました(笑))。
この才能はやがてブルックリンの身らず、多くの人を巻き込んでいくこととなります。NYの再開発事業にも関与し始め、そして海外に新しいビール文化を広げていくこととなります。そう、本は後半になると、だんだんと現代、そして未来の話に移っていくんです。
スウェーデンの販路開拓、韓国での醸造所の建設のサポート、そして日本での販売。この本を読んでてどうしても日本人としてうれしくなるのが、スティーブが成長のパートナーと選んだのが日本のビールメーカー・キリンだったことです。その各所に対する真摯な対応は読みどころの一つだと思います。
ラップアップ
最後に、もちろん、この本ではビール流通に際して重要視したマーケティングのこと、そして新旧のメディアを使った宣伝手法、さらにはショーレースやティスティング会やレストラン商品とのマリアージュ等々、今となっては色んなところで見られる顧客の囲い込み手法が書かれています。それをスティーブやトムが丁寧に実践してきたことを考えると、ブルックリン・ブルワリーの成功は偶然ではなく、必然だったんだなと思えます。そんな彼らの惜しみない情熱を確認できる本でした。
本の概要
- タイトル:ビールでブルックリンを変えた男-ブルックリン・ブルワリー起業物語-
- 著者:スティーブ・ヒンディ(Steve Hindy)
- 訳者:和田 侑子(ferment books)
- 発行:DU BOOKS
- 印刷・製本:大日本印刷
- 初版 :2020年5月10日
- ISBN:978-4-86647-122-8
- 備考:
関係サイト
- ブルックリン・ブルワリーHP:JP、US
- twitter page: brooklynbrewery
ブルックリン・ブルワリー(日)のページではビールをオンラインショップでおーダすることや現地で飲める飲食店の紹介があります。どのお店も美味しそうなお店ばかりなのでビールを軸に選んでみてはいかがでしょう。また、米本国のサイトでは企業の歴史や文化が丁寧にまとめられています。また、プレス向けに一通りのキットがそろっています。さらには解説動画等もありますので、興味ある方はチェックしてみてはいかがでしょう(リンク)。
次の一冊
この本ではいくつかのビール関連本が紹介されています。これらを追っていくのが良いと思います。ビールのことについて知るのなら、ブルックリン・ブルワリーの知名度向上に貢献したマイケル・ジャクソン(散々こすられていますが、ジャーナリストのほうでking of popsの方ではありません)が書いた『世界のビール案内』は間違いない一冊です。
世界のビール案内マイケル ジャクソン晶文社出版1998-04T
もう少しブルックリン・ブルワリーについて学びたい場合は『The Craft Beer Revolution』がいいと思います。『クラフトビール革命』として日本でも翻訳され、同じDU BOOKSから発行されています(P159)。
クラフトビール革命 地域を変えたアメリカの小さな地ビール起業スティーブ・ヒンディDU BOOKS2019-08-09
さらに一歩踏み込んでブルックリン・ブルワリーの企業としての側面について学びたい場合は『Beer School: Bottling Success at the Brooklyn Brewery』を読んでみてはいかがでしょうか。」
Beer School: Bottling Success at the Brooklyn BreweryHindyWiley2007-01-22
こちらは共同創業者のスティーブとトムの共著です。特にトムの視点は実務家としてのそれなので、この本では紹介しきれていない部分についての紹介がなされています。
あとついでに少し毛色は変わりますが、キリンビールの高知の売り上げを改善した物語として一時期脚光を挙げた新書がありましたね。これも物語としては申し分のない面白さがあると思います。
キリンビール高知支店の奇跡 勝利の法則は現場で拾え! (講談社+α新書)田村潤講談社2016-04-28
どの本もビールの奥深さや地域特性がわかるものだと思います。わたしも本を紹介しながら改めて読んでみたくなりました。そしてこのサイトでも紹介したいと思います(こんなことばっか書いていますね・・・)。
当サイト【Book and Cafe】では次の一冊に関する短い紹介文を募集しています。気になったかたはSNSや下のコメント欄もしくはお問い合わせ にご連絡頂けますと幸いです。
雑な閑話休題(雑感)
この本を購入したのは田原町にある”Readin’ Writin‘”さんです。このサイトで紹介している本は度々そこで購入しています。基本的には週末にこの店とほかの数点を起点としながら近場の散策をするのですが、それが楽しくて楽しくて。一時期は毎週のように通っていました。今は昨今の事情を考え、この地を訪れる回数もだいぶ減ってしまったのですが、事情が事情なのでその頻度は少し落ち着きましたが、それでも定期的に訪れたくなるお店の一つです。
店主さんは物静かに店内を眺め、本棚を整え、そしてお客さんから問われた本の相談に答える。なんだか理想のお店なんです。
以前はそんな店内でコーヒーやビールを気軽に飲むこともできました。特にコーヒーの香りが店内に漂うと、いろんなことが刺激されました。次来た時に買いたい本やそのあとの予定、週明けの仕事のヒントなども。どれもよい刺激。
ということで、前回購入した本も読み終えたのでそろそろ本のチャージに行かないといけないな、なんて思っています。
今日も最後までお読みいただきありがとうございました。また次の記事でお会いできることを楽しみにしています。
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