【本紹介・感想】いつまでも残ってほしいと思わせる喫茶店『京都・六曜社三代記 喫茶の一族』

あらすじ

京都市の河原町三条にある「六曜社珈琲店」。1階の喫茶店と地下に、日中はカフェ、夜はバーになるお店です。今では京都に古くからあるお店として多くのガイドブックに取り上げられ、国内のカフェ好きはもちろん、国外からもファンが訪れるほどの人気店です。そんなお店の内幕を知りたい人もきっと多いはず。この本には歴史ある「六曜社珈琲店」の創業前夜から今に至るまでをオーナー3代の目線で書かれています。

そんな六曜社の開業は戦前にまで遡ります。ただ、この頃の六曜社は場所こそ同じなれど、現在の六曜社とは異なるお店です。現在の六曜社の創業者である奥野さんは終戦まで満州で過ごしていました。そして、戦後の混乱した満州の地で周りの木材でつくった小屋に「小さな珈琲店」という看板を掲げ、開業していたんです。

店はそれなりに繁盛したようですが、最終的に満州から引き上げることになります。帰国後、奥野さんは京都でよさげな居ぬき物件を発見し、以前そこで営業していた「コニーアイランド」の看板を引き継ぎ、営業します。努力のかいもあって人が集まるようになりますが、ひょんなことから追い出され、隣の建物ですでに廃業していた「六曜社」の場所でようやく開業したんです。

そんなふうに始まり、六曜社創業当時のコーヒー豆の調達、他店との競争、サービスへのこだわりゆえの経費拡大、そしてそれらを副業での赤字補填したこと、いろんな苦労話が披露されていきます。

打って変わって2代目の奥野修さんの時代は高度経済成長期にもあたり、六曜社の周りもよい意味で混とんとしていました。修さん自身、ミュージシャンとして、焙煎士として、多才な人でした。この時の六曜社の勢いはとても読みごたえがあります。早川義夫さんや豊田勇造さんの名前が次々登場するに、これは音楽雑誌に寄せられた文章だったかと錯覚するほど。先代から著名人が集まる知る人ぞ知る名店だった六曜社を全国区のものにしたのも彼の才があったからに違いありません。

そして、3代目の薫平さんの前には様々な困難が待っていました。多くの喫茶店が代替わりを迎える中、廃業を選ぶお店が少なくありませんでした。そしてシアトル系カフェや大手喫茶店が進出してくる中、六曜社も存続か廃業かの選択を迫られていました。薫平さんの時代は過去から伝統を受け継ぎながらも、次の時代へと確実に橋渡しをするための施策を多くうっていく時代となりました。生まれた時から六曜社とともにあった彼だからこその見える風景、それがこの本でも垣間見られます。

この本には六曜社の歴史、そしてそれらを陰で支えた人たちの歴史が丁寧に描かれています。。そんなこの本は、好きな喫茶店で、好きなドリンクとともにリラックスしながら読むのにお勧めです。

京都・六曜社三代記 喫茶の一族

京都・六曜社三代記 喫茶の一族京阪神エルマガジン社2020-08-31

感想

軽快な文章で語られる時代の変遷(全体について)

六曜社
六曜社珈琲店、河原町商店街振興会より(https://www.kyoto-kawaramachi.or.jp/shop/rokuyousha/

本屋さんでこの本を購入して、その日のうちに読んでしまいました。実際、イラストや写真も収められていてどんなにゆっくり読んだとしても半日もあれば読み終わっちゃうんじゃないでしょうか。だからといって、内容が薄い本では決してありません。筆者の語り口は平易ながらも、その時代の雰囲気をよく捉えていて、六曜社とともに生きる人たちの躍動感あふれる生活をよく伝えていました。

創業期は少し古風かつ厳かに、二代目の時は勢いとポップに、そして三代目の時には悩まし気に。語られる内容も起伏に富んでいてまるで朝の連続テレビ小説を視聴しているかのようです(実際、スタジオセットまでイメージできるほど)。そういう意味でも読み進める推進力が最後までありました。

喫茶店業、そして家族経営のお店の苦悩がわかる

この本を手に取っている多くの方は何らかの形で六曜社を知っている人が多いと思います(もちろん、知らないに人は何から何まで楽しめる本なので安心してください)。ただ、そのイメージは、勤め人や学生にとっての憩いの場としての喫茶店として、美味しい自家焙煎の珈琲豆や自家製ドーナッツを提供するカフェとして、そして文豪等の著名人が集うサロンのような場所として等、人によって思い描く六曜社は異なると思います。ただ、いずれも店内はお客さんでにぎわっているイメージを持つ方が多いのではないでしょうか。そんな六曜社も、この本を読むとその舞台裏は必ずしも順風満帆なものではなく、お店もオーナーもいくつもの荒波を乗り越えてきたことがわかります。

例えば、創業者の奥野寛さんは六曜社をオープンする前に満州で一つ、そして京都の隣接する場所で喫茶店をひらいていたということ。さらに六曜社では利用者がコーヒー一杯で数時間過ごしても手厚いサービスを提供していますが、そんな体制へ至る喫茶店への想いとその体制おw維持するために、寛さんの不動産仲介等の副業による補填があったことなど。目からうろこのエピソードの数々がありました。

他にもコーヒー好きにはたまらないであろう、六曜社のコーヒー豆のルーツの話、小川珈琲から豆を仕入れていたこと、修さんがどのような経緯でお店のカウンターに入るようになったか、またどうしてカフェバッハに修行にいって、自家焙煎をするようになったかなどについても事細かに、時代の空気とともに記述がなされています。中には当時のカフェパウリッサやイノダコーヒーをどのように捉えていたかがわかる記述も。専門家や利用者の述懐ではなく、同業者の回想は興味深く読めました。

そして、さらに家族経営ならではの悩み、テナントとしての苦悩、そして喫茶店を代々継続するということの各々にとっての覚悟について記されていて、読者がどんな興味を読み始めたとしても、知らぬ間に没頭してしまう作りになっていました。

六曜社の未来を見守りたくなる三代目薫平さんの苦悩

六曜社
六曜社珈琲店、河原町商店街振興会より(https://www.kyoto-kawaramachi.or.jp/shop/rokuyousha/

個人的に読み入ったのは3人の悩んでいる姿でした。ただ、世代的なものなのかもしれませんが、寛さんの破天荒感、修さんのマルチな才能の上で描かれる悩みよりも、3代目の薫平さんが目の前に出てくる問題に対して悩みもがく姿が心に残りました。

業界で有名になりつつある六曜社の三代目として生まれ、でも親はお店を継がせないと考える中、右往左往する様は頼りなくもありながら、多様化する価値観の中で葛藤している現役世代そのものなんではないかなと思えたからです。もちろん、色んなところでミスもすれば、怒られたりもしています。中にはとんでもないポカもしています。それでも何とか家業にしがみついていこうとします。そして、多くの問題と対峙しながらも少しずつ薫平さんの特性を生かしながら、少しずつ形にしつつあるところは、とても身近に感じつつも、色んなところで学ぶところがありました。

最終的に修さんと薫平さんは六曜社を次の世代へリレーをつなぐべく、動きました。その結果、私たちは今も六曜社の姿を楽しむことができます。そして、この本のおかげでその背景の一部を知ることができました。これは同時代に生きている私たちだから得られる幸運な出来事なんじゃないかなとも思えます。

ただ、こんな混とんとした時代だから六曜社も安泰とは言えなません。私はこの本で六曜社の熱意やいろんな悩みを知ったからこそ、自分なりの方法で支えられたらと思いました。この本はそういう熱い思いを呼び起こしてくれる、そういう本でもありました。。そして、それと同じくらい近所のひいきにしている喫茶店やカフェも大事にしたいなと同時に思えました。

早くコロナが収まって喫茶店で何杯もコーヒーを気楽に飲める日がきますように。

本について

本の概要

  • タイトル:京都・六曜社三代記 喫茶の一族
  • 著者:樺山 聡(かばやま さとる)【fb
  • 写真:小檜山 貴裕【HPflInsta
  • イラスト:北林 研二 【Tum
  • ブックデザイン:横須賀 拓【HP・Tum】
  • 発行:株式会社 京阪神エルマガジン社
  • 印刷・製本:シナノパブリッシングプレス
  • 発行日:2020年9月1日(第1刷)
  • ISBN978-4-14-87435-629-6 C0095
  • 備考:

今回、デザイン関連のHPが豊富で色んなサイトを覗けました。特にブックデザインの横須賀さんの過去作にはあれもそうだったんだと思うものばかり。改めてそういうきっかけで本を買い足していければなとも思いました。あと、こんなタイミングでなければ、樺山さんがfacebookで告知していた六曜社でのイベントにも遠出して参加してみたかったなと思う限りでした。

関係サイト

六曜社以外は作中に登場する京都を代表するコーヒー店のリンクです(イノダコーヒーは本当に少ししか触れられていませんでしたが、個性的な本も出していたので並びにいれてみました)。

六曜社のサイトからコーヒー豆の通販ページにも飛べます。オリジナルブレンドの他に定番のマンデリンからキューバやインドの豆まで面白いラインナップになっています。遠くからだと現地を訪れるのも難しく感じる昨今、このページで六曜社の自家焙煎豆にチャレンジしてみるのも面白いかも。この本とお店の予習にも復習にもなると思います。

次の一冊

イノダアキオさんのコーヒーがおいしい理由

イノダアキオさんのコーヒーがおいしい理由猪田彰郎アノニマ・スタジオ2018-12-04

京都カフェつながりでいうとイノダコーヒーの本は外せないのではないでしょうか。海外から見ると日本のカフェ文化は独特でその様式や思想について注目されることがしばしばあります。この本を読むとその一端に触れられると思います。

雑な閑話休題(雑感)

東急目黒線の奥沢駅近くにある”カフェアランチャート”もカフェバッハ系列のひとつです。店主さんがカフェバッハのことを語る時にお師匠さんという言葉を使うのが何となく微笑ましくて好きだったりします。

本書にも出てくるカフェバッハに数度行ったことがあります。訪れた時の印象は鮮明に残っています。とても心地よい店内に程よい緊張感に包まれたスタッフさんがいる、いつまでもいたいような。それでいて自然と永井は憚れるという気持ちにさせるちょうどよいお店でした。こういう本を読むと改めて訪れたくなりますね(もちろん、六曜社に行きたい気持ちもあるのですが、なかなか気軽に行ける場所ではないので、共通点を探してしまうのです)。

さて、そんなカフェバッハには行けなくとも、六曜社のようにカフェバッハから巣立った人たちのお店には何度も訪問したことがあります。どのお店もどことなくバッハを彷彿とさせつつ、店主さんの温かみを感じられるお店でした。ちなみにインターネットを検索するといわゆる”バッハ系列”のお店を有志の方がまとめてくださっています。興味を持った方はぜひネットで調べてみてください。もしかしたらお近くのお店が実は・・・ということもあるかもしれません。そういう関係がわかると、また新しいカフェ開拓ができるかもしれませんね(ただ、深入りすると八方ふさがりになるのでほどほどが良いかもしれません~。楽しく訪れるのが何よりですから)。。。

ということで今日も最後までお読みいただきありがとうございました。また次の記事でお会いできるのを楽しみにしております。

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