今へと連なるコーヒー知識がぎっしり『珈琲、味をみがく』

序章としての歴史パート

最初は歴史パート。ここでは生物学的なコーヒーノキに触れるよりは、摂取・飲用する時代から紹介が始まります。イスラム僧侶が夜を徹しての祈りの際に眠気覚ましの用途として飲み始め、その後民衆にも広まり、コーヒーハウスができ始めたこと。以降、コーヒーの受難の時代に触れつつ、その後ヨーロッパへ、そして世界へと伝わっていく様は簡潔で読みやすいものでした。

一方で本書のさらなる特徴でもあるのは、国内におけるコーヒー史です。日本人のコーヒーとの出会いが長崎の出島からということは当然に、当初、コーヒーの味に日本人が馴染みなく、蜀山人がコーヒーについて好ましい味と思っていないこと、そして対する宣教師も日本人との味覚の違いが著しいことを丁寧に紹介しつつ、海外との接点を持った人たちがどうやってコーヒーを国内に広め、そして明治・大正、そして昭和にどのようにコーヒー文化が花開いたか丁寧に解説されていました。

この部分を読むと、著者の星田さんがなぜコーヒーと文化を一緒に語ろうとするのか、よくわかる気がします。

コーヒー豆について求められる情報と品質管理

歴史パートのあとはよりコーヒーそのものに目を向けていくこととなります。そして、この章ではコーヒー豆に対する評価基準や背景となるニーズが時代によって変わっていくということがよくわかります。

というのも、この本は平成1年(1989年)に刊行され、以降改訂はされつつも、ベースはその当時の情報となっています。

この当時、今主流となっているシングルオリジンという言葉がなく(すくなくとも本書ではストレートと表現lしています)、コーヒー豆について下流の消費者が知ることのできる情報は「国名(産地)・輸出港・品種(アラビカ・ロブスタ)・等級・輸出業者」の中から、組み合わせたものだったようです。

今であれば、国名はもちろん、農園もしくは農協、ウォッシュステーション名がわかったり、品種もより詳細な栽培品種までわかることもしばしばあります。そう考えると追うことのできる情報は格段に多くなったんだなと感慨深く感じられました。また、この章でも書かれていましたが、これらの商品の産品名は重要といえど、必ずしもそこまで信頼のおけないものだったとしています。それは都市レベルや輸出港レベルでブレンドされていたなのかなと思ったりもして、当時の輸入者やロースターは安定しない品質に今以上に苦労を強いられたんだろうと文章から想像してしまいました。

時代によって変わるコーヒー生産国の名前

また、このパートで興味深かったのは例示としてあげている生産地の違いです。例えば、下表は本文に掲載されている品種比較表です。

 品種アラビカ種ロブスタ種リベリカ種
生産量世界生産量の70-80%世界生産量の20-30%僅少
栽培適地500-1000m500m以下200m以下
気温条件高温、低温に不適高温に強い高温、低温に強い
主要生産国ブラジル、コロンビア、その他の中南米諸国、エチオピア、アンゴラ、モザンビーク、ケニア、ハワイ、フィリピン、インド、インドネシア等熱帯アフリカ各国、ハワイ、インド、インドネシア、トリニダード・トバゴ等リベリア、スリナム、ガイアナ、インド、インドネシア等
Page34の表を一部抜粋したもの

この本が発行されたのは1989年。特筆すべきはロブスタにベトナムの国名がないことでしょうか。ちなみに90/91のベトナムのコーヒー生産量は1310(60kgバッグ)*でごくわずかですが、19/20になると30,487(60kgバッグ)まで生産が拡大します(ちなみにベトナムのコーヒー生産量の9割以上がロブスタ)。

一方でフィリピンが表に入っているのも興味深くあります。フィリピンのコーヒー生産量は90/91時点で974(60kgバッグ)で当時から少なく、19/20になると307(60kgバッグ)まで落ち込んでいます。そんな中、比較表に入れるのは当時日本へ一定量のフィリピンコーヒーが入ってきていただろうかと考えるばかりです。さらに、ロブスタをほとんど、というか生産していないと思われるハワイがロブスタ種の表にあるのはどういったものなんだろう、と思ったりもしました。まぁ、この辺はこの本に限らず、自身でも探してみるといいのかなと思ったりします。

*データはIOCのTotal Production by all exporting countriesを参照したもの(リンク

産地名も一定ではない?

もう一つ表現が大きく変わったのが生産地名だと思います。この本では各国の生産地についても触れられています。

例えば、グアテマラについてはサンマルコス、ケサルテナンゴ、コバン、アンティグアの順で紹介しています。本書でもアンティグアについてはその品質の良さについて触れていて、それは今もそうなのですが、それ以外の産地でアカテナンゴ、ウエウエテナンゴとかの紹介はありません。確かにアナカフェのカタログをみれば、本書内で書かれている産地についても触れていますが、少なくとも一番最初にくる名前にはなっていません。日本で、そして世界で注目される生産地も変わっていくんだなと思った瞬間でした。

また、コロンビアの産地についてはメデリン、マニサレス、ボゴタ、アルメニアなどがあると書かれていました。ただ、これらは近郊の都市名であって現在は産地として認識されていない気がします(もちろん、マニサレスとアルメニアはコーヒー三角地帯の一角を担う場所ではありますが、産地というより加工場所というイメージがあります)。各々、今でいえばアンティオキア、カルダス、クンディナマルカ、キンディオになるのではないでしょうか。また、コロンビアといったらナウリーニョやカウカ、マグダレナ等の名前がないのも興味深いところでした。

コーヒー 精製工程

また、精製方法についてもエチオピアのシダモやジマ地域のウォッシュドに注目されているという紹介はその時代ならではの感じがします。もちろん、今もクリーンなエチオピアウォッシュドは間違いなく絶品ですが、ナチュラル(ここではアンウォッシュド、もしくは非水洗式)も負けず劣らず、評価が高いのは、当時と比べて精製技術が向上しているからなのかなと想像したりしました。

このように時代に応じた違いを思い浮かべながら本書を読むと先人の努力が垣間見られて、大変ためになるものでした。

ネルドリップに魅せられた鎌田さん

コーヒー豆の特長や品質に関する考察以外にも、本書では(手網焙煎をつかった)焙煎の方法や生豆の選定などの紹介もしています。それも十分本書の特長ではあるものの、この本を際立たせているものは抽出方法の紹介だと思います。

ネルドリップを抽出方法の最初の頁に置き、20ページ以上を費やしているんですしかも、一部絵での図解はありますが、ほとんど文章です。そのいずれの文章もわかりやすく、丁寧に説明がなされています。そして、そんな文章からはネルドリップに対する並々ならぬ愛情が伝わってきます。それが情緒的かというと、そんなことはなく、一つの行為に対して科学的なアプローチがきちんとなされています。例えば、のの字で入れるという行為、これはハンドドリップでもよくいわれますが、この本ではコーヒー豆にあたる水の温度を均一にするためという観点で説明がなされています。他の方はコーヒー豆にあたるお湯を偏らないようという方もいますが、この辺はバックグランドが省略されたりしますよね。そういう細かいところにも触れていて、その結果のページ数です(笑)。もちろん、ペーパーやサイフォンについても丁寧に説明がなされていますが、ネルドリップの詳述にはかないません(競っていないのであしからず)。

そして最後に伝統的なアメリカンやカフェオレ、カフェロワイヤルの作り方。そんなん適当にやればいいじゃんと思うなかれ、きちんと作ってみると歴史を感じながら、コーヒーを楽しむことができます。コーヒー豆の産地指定もあるので、難易度はかなり高めですが、一度試してみてはいかがでしょうか。

本の概要

  • タイトル:珈琲、味をみがく
  • 著者:星田 宏司、伊藤 博、鎌田幸雄、柄沢和雄
  • 発行:いなほ書房
  • 販売:星雲社
  • デザイン:キャップ
  • 写真:岡田 豊
  • イラスト:伊藤 敏明
  • 第1刷 (記載情報):2019年10月5日
  • ISBN978-4-434-26550-1 C0077
  • 備考:本書は、平成1年(1989年)7月15日に、雄鶏社「日曜日の遊び方」シリーズ最初の巻の一冊として発行されたもの(本書、著者によるあいさつ文より)

関係サイト

本書の著者の一人鎌田さんが創業した喫茶店です。現在は大阪を中心に店舗があり、またネット通販もされているようなので本書を読んで、その雰囲気を味わいたくなってみたら一度訪れてみてはいかがでしょうか。私も大阪を訪れた際は立ち寄ってみたいと思います(ということで私自身は訪れたことはありません、すみません。。)。このお店に限らず、本書を読むとどうしてもネルでコーヒーを飲みたくなるんじゃないでしょうか。ネルでコーヒーを提供してくれる店は意外と近くにあったりしますので、ネットなどを利用して探してみてはいかがでしょう。

次の一冊

黎明期における日本珈琲店史

黎明期における日本珈琲店史星田 宏司いなほ書房2003-10-01

本書の発起人である星田さんは喫茶店の黎明期から今に至るまでを知り尽くした方です。その星田さんは明治、大正、昭和の喫茶店史を克明に綴った著作が『黎明期における日本珈琲店史』です。昨今はスペシャルティの系譜ばかり注目されますが、日本に独特なコーヒーの文化が定着して、今なおその恩恵に与ることができるのはこの時代があったからだということを認識させてくれる貴重な一冊です。

雑な閑話休題(雑感)

本文中でも少し触れましたが、最近は生産国や輸出港に限らず、農園名、そして品種まで追えるようになりました。また、まだ少数ではありますが、区画までトレースできるところも出てきています。そんな中、個人的に最近楽しく飲んでいるのがパナマのハートマン農園のコーヒー豆です。とあるところでゲシャ種をカッピングして、とても良いコーヒーだなと感じたのをきっかけに、追うようになりました。結果として都内をあっちへいったり、こっちへいったりしつつ、SL28種やカツーラ種を試すことができ、いずれも満足いくものでした。

ロースターへのロイヤリティもいいですが、たまにはコーヒー農園を中心にコーヒーショップを訪れるのもいいなと思った次第です。あぁ、そういえば、以前タリーズが販売していたホンジュラス・オスマンサス農園もそういうのがきっかけで探し求めたものでした。よかったら覗いてみてください。

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。また次回の記事でお会いできるのを楽しみにしております。

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